大きな闇を相手にすれば、いつかはこうなると分かっていた。


「っ、………黒崎くん、」

物陰に身を潜め、耳に当てたスマホをぎゅっと握りしめる。

お願い。
繋がって。

一縷の望みを掛けて待つこと数秒。

結局、不在の案内とともに切れてしまった呼び出し音に泣きたくなった。


耳を澄ませば、微かに聞こえる複数の足音。

そこに、あっちだのこっちだの叫ぶ騒がしい声が加わり、必死に口元を押さえた。


















宝条の関係者である鷹宮に連絡をとり、その懐まで潜り込んだのは約2週間前。

「ほう、貴女が?」
「初めまして。苗字名前です」

大切な彼の仇であるその男に、どうすれば立ち向かえるのか。

必死に戦う彼の隣にいられなくても、何か出来ることがあるなら、少しでも力になりたかった。


「早速ですが、黒崎は今どこに?」
「海外に飛んでいます。場所はこちらで。おそらく貴方に正体がバレていることも勘付いているはずです。3週間……1ヶ月近くは帰って来ないかと」
「そうですか」
「ご心配なら、黒崎からのメッセージもお見せしますよ」
「いや結構。貴女のおかげで、黒崎の行動はこちらの手の中だ」

仕掛けたGPSは、もちろん彼を追うものではない。

しかし、事前の監視で、ある程度は彼の信頼を得ている間柄だと思われているのか。油断した警戒が功を奏した。

実際の渡航期間は1週間ほど。
この誤差が、彼を動きやすくするはずだ。

水面下で、今もこの男を食うために動いているであろう彼へ。

心の底から会いたいと願いながら、痛む頬に力を込めて微笑んだことは、記憶にも新しかった。



事が動いたのは、それから数日後。

予定通り日本に帰って来た彼は、宝条を釣り上げる為にある政治家を使った。

正確には、それが彼のした事である確証は何も無かったが、その政治家が宝条と金で繋がっているということを教えたのは、わたしだったから。

全てが彼の仕業だとバレるのも時間の問題だ。

宝条の元から引き上げる前に、やれる事はしっかりやっておこうと、ホテルを転々としながら、さらに数日経った頃だった。


「苗字名前さん」
「探しましたよ。宝条さんがお呼びです」

見知らぬ黒ずくめの男が数人、そう言ってわたしを取り囲んだ。

ここで大人しく着いて行けば、もう自由に動くことは出来ないだろう。

意を決して目の前にいた男の足を払えば、綺麗に転んだその男は尻餅をつき、わたしはすぐに地面を蹴った。


それにしても、タイミングが悪い。

並んだ彼からの不在履歴に、わたしからの履歴が重なること6件。

仕事で出られない状況だということは安易に想像出来るが、余りのすれ違いっぷりに泣きたくなった。


思えば、最後に会った日からずっとこんな調子だ。

自身でも気付かないうちに、わたし以外の誰かを受け入れ、安らげる場所を手に入れた彼に、それでもここまでしてしまうなんて。

悲しいくらい、好きで好きで仕方ない。


ずっと連絡できなくてごめんね。

通話を諦め、さらに数行メッセージを打ったところで、スマホの画面に影がかかった。

「………っ」

間一髪。
保存してあったファイルが送信されたことを確認し、スマホを地面へ叩きつければ、その瞬間口元を塞がれ、意識が遠くなった。


ついにここまでか。

壊れたスマホをヒールで踏み潰しながら、もう二度と会えないかもしれない彼を思い、目を閉じた。