「黒崎か」
「うん。俺が黒崎だよ」
「止まれ。動けば女を殺すぞ」
「へぇ、やれるもんならやってみな。その子、多分あんた達の手には負えないと思うけど」
「なっ………、?!」

わたしを羽交締めにした男の意識が、一瞬彼の方へ向いた瞬間。
隙を見て、履いていたヒールをその邪魔な足に食い込ませた。

「名前っ、!」
「っ……」

逃げる瞬間、微かに触れた刃物の先が着ていたシャツを傷付けたが、大事には至らず。

見れば、すぐ後ろで、わたしが逃げるのを待っていたかの様に現れた白石さんが、他の男達もあっという間に仕留めてしまった。

「……すごい、」
「だろ?お願いはちゃんと聞いてやったんだ。この礼は……」
「っ名前、!」
「きゃっ…、…!」

二人が現れてから、わずか数秒で片付いてしまった惨事に呆然とした。

しかし、そんな余韻に浸る間も無く、すぐに走り寄って来た彼から腕を引かれ、痛いくらいに抱き締められた。


「黒崎くん……」
「すぐに来られなくてごめん」
「ううん、」
「一人で、ずっと頑張らせてごめん。守るって言ったのにっ……、何も出来なくて、傷付けてごめん………」
「…………」
「ごめん……っ」

言葉が出なかった。

ごめんね、と謝りたいのはわたしの方。

ありがとう、と伝えたくても言葉に詰まって。

会いたかった。
思ってしまえば、視界が滲む。


「もう、絶対一人にしないから」
「黒崎くん………」
「あんなに酷い別れ方したのに、俺のこと……ずっと思っててくれてありがとう」
「っ……」
「名前、好きだよ」
「くろさきくんっ……」
「大好き」
「っ、……」

涙があふれて、目の前がぐちゃぐちゃに歪んだ。


好きで。
好きで仕方なくて。

大切で。
この人しかいないくらい愛しくて。

そんな彼の為に、最後になっても構わないと全てを掛けた。

もう会えなくても、こんな風に抱き締めてもらえなかったとしても。

彼が幸せなら、それでいいと言い聞かせてきた。


「名前……」
「くろさきくん、っ…」
「ん、」
「黒崎くん、っ……くろさきくん、」
「うん、」
「…っくろさき、く……」

名前を呼ぶ度、グッと腕の力を強くしてくれる彼の胸に頭を埋めた。


本当は、凄く怖かった。

攫われた時も。

目が覚めた時も。

もう二度と彼に会うことは出来ないと覚悟しながらも、ずっと、会いたくて会いたくて仕方なかった。

「……っ、からだ、動かなくて、…」
「うん」
「だれも、いなくて……っ」
「うん」
「っ、……くろさきくん、いなくて、」
「うん、」
「会いたくて、……っ」
「うん、俺もだよ」

一度口をついてしまえば、もう止めることなど出来なかった。

わずかに動く指先で、ぎゅっと彼の服を掴みながら声を上げる。

子どもみたいに、何度もしゃくり上げながら泣いた。

黒崎くん、黒崎くん、と。気が済むまで名前を呼んで、その胸に顔を埋めた。


「名前」
「ん、」
「ごめんね。大好きだよ……」

気付いた時には、そう言って切な気に笑う彼に見つめられながら、温かい布団の中にいた。

「もうどこにも行くなよ」
「ん、」
「これからは、ずっと一緒にいるから」

言葉と同時に、重ねられた唇に目を閉じる。

一瞬、軽く触れただけのそれはすぐに角度を変えてもう一度重なり、優しくわたしの唇を啄んだ。

「好きだよ」
「ん、」
「ちゃんと目が覚めたら、もう一回言うから」

おやすみ。

最後にそう言って、優しく頭に触れた手に目を閉じた。