「ねぇほんとに大丈夫なの?勝手に病院抜け出して」
「大丈夫でしょ。別に望んであそこにいたわけじゃないんだから」
「それはそうだけど……傷だってまだ痛むでしょ?」
「普通にしてたらなんともないよ」
「………」
「いっ、!」
「ほら!やっぱりまだ痛むんじゃん!」
「それは今名前が押したからだよね?!」

白石さんの協力の下、病院を出ると聞かない彼を、渋々外に連れ出した。

口では平気と言いつつも、明らかに傷を庇って歩く姿は普通ではない。

それでも、犯罪者という立場上、必要以上に誰かの目があるところに留まることを良しとしない彼にとっては、病院でさえ、居心地が悪かったのだろう。

目的地に着き、ゆっくりと歩き出す彼の体を支えながら、目の前にある"吉川"という表札の掛かった扉を開いた。





















「でもまさか、黒崎さんにこんな綺麗な彼女さんがいたなんてね。いつからお付き合いしてるの?」
「学生の頃からです」
「え、じゃあ……」
「知ってますよ。全部」

何がとは言わないが、このやり取りで全てを察したのだろう。

そう、と優しく笑ってわたし達を受け入れてくれる吉川さんのお母さんの姿に、じんわり胸が温かくなった。

「いいわねぇ、仲良さそうで」
「はい。吉川さんご夫婦に負けないくらい仲良しですよ。ね?」
「ふふ、そうなのかなぁ」

照れ臭さに笑みを浮かべ、取り分けてもらった唐揚げに手を付ける。

「んん、おいひい…!」
「あら、ありがとう」
「喋る前にちゃんと食べなさいよ、笑」
「っすいません、」
「いいのいいの。たくさん食べてね」

どこにでもある、ありふれた家庭の光景。

世間一般でいう普通の幸せを失ってから、彼はもう、二度とこんな風に笑うことは出来ないと思っていた。

しかし、全てが終わった今。わたし以外の誰かを前にしても、自然に、昔のように笑えている彼の姿を見て、心の底から救われた。


「あ、氷柱ちゃん」
「ッ氷柱ちゃん?!ちょっと待って、いつの間にそんな仲良くなったの?!」
「えぇ、内緒」
「はぁ?!俺だってまだ黒崎くんなのに!」
「あーうるさいうるさい。黒崎ってばわたしに妬いてるの?」
「、っな……」


これから先のことは、まだ分からない。

彼は今さら普通の職に就くことは出来ないだろうし、いくら助けてもらったとは言え、本当の仇である桂木さんも生きている。

しかし、今この瞬間だけは、全てを忘れ、普通に笑う彼と一緒に。

出来れば、永遠にこんな時間が続けばいいと、願わずにはいられなかった。