〜残された同期のお話〜




本気とまではいかんけど、割と好きな子であることに違いは無かった。


『今日は会えんの?』
『え、』
『彼氏。携帯見てにやけとったから』

俺が言うと、恥ずかしそうに笑って、うん、とうなずく姿は子どもみたいで。

本当に、純粋で可愛い奴やった。



「好きな人ですか?」
「ん?」
「その写真の人」
「あー、どうなんやろ……まぁ、好きやったけど」
「けど?」
「もうおらんからなー」


数ヶ月前。
アイツは、突然事務所を辞めるとここを去った。

詳しい事は何も知らんけど、やっぱり俺達には言えない何かを追いかけていたのだろう。

一度挨拶に来たソイツが首元に包帯を巻いていたことも気になったが、結局、俺は何も聞けんかった。


「綺麗な人ですね。事務所で撮ってるってことは、元々働いてた方ですか?」
「そ。俺の同期」
「じゃあ今は別の事務所に?」
「さぁな。なーんにも知らんわ」

ただ唯一知ってることと言えば、多分、アイツは今幸だってこと。

仕事の為に訪れた夜の空港で、幸せそうに恋人と手を繋ぐアイツの姿を見た時は、まさかの偶然に自分のタイミングの悪さを恨んだけど、今となっては、それで良かったんやと思う。

「モテるのに彼女さんがいない理由って、そういうことだったんですね」
「まぁ、ちゃうとは言えんかなぁ」
「そうやって微妙に濁すところ、未練たっぷりってバレバレですよ」
「ッはは、女は怖いなぁ」
「意外と女々しいところあるんですね」
「きっつ〜、」


パラリーガルとして、ほとんど彼女と入れ違いに俺の下で働き始めたその子は、子どもみたいに笑う顔がほんの少しアイツに似ていた。

そういえば、最初から変な媚を売らず、仕事仲間として対等に接してくれるところも同じやったなぁ、と懐かしくなる。


「どんな人だったんですか?この方」
「ん〜、バカみたいに一途で、不器用やったなかなぁ」
「もしかして元カノとかですか……?」
「ちゃうちゃう。コイツ学生ん時から付き合ってる嘘みたいにイケメンな彼氏おってん。話聞いてたらまぁ都合良い感じでソイツに使われとる気して……。でも一回会ったら、そんなん吹っ飛んだわ」

あの男の俺を見る目が、明らかに敵意剥き出しだったから。

その圧倒的な迫力に怯んで、情けなくも何も言えなかったことは、さすがに伏せた。

「良い人だったんですね。好きな人の、好きな人が」
「まぁ、そんな感じ」




「じゃあ、一つ良いこと教えてあげます」
「ん?」
「失った恋を忘れるには、新しい恋ですよ」

ふわり。

彼女が俺の顔を覗き込むように笑った瞬間。

アイツとは違う綺麗なストレートの髪が揺れて、なんだか無性にきゅんとした。


「時間が経てば、嫌でも忘れちゃいますしね」
「そういうもん?」
「はい!あ、そうだ。わたしの同期何人か紹介しましょうか?」
「や、いらんわ」

その代わり、一緒に飯でも行かん?

勢いで、本能のまま仕掛けた俺に、返ってきたのはノーの返事。


なんでやねん。

そんなところまで寄せなくてえぇねん。

彼女とのファーストコンタクトを思い出し、ふはっと笑う俺に、その子は一言呟いた。

「誘い方が軽すぎます」


『なぁ名前ちゃん、二人で飯でも行かん?』
『嫌です』
『えぇ〜なんでよえぇやん飯くらい』
『誘いが軽すぎます』


「あとわたし、好きな人いるんで」
「ガハハッ、まじかぁ〜」


ここまでくると、もはや笑えてくる。

今回は"彼氏いるんで"じゃないだけマシか。


「ほら早く行きましょ。失恋には仕事も有効ですよ」
「何それ。経験談?」
「失礼ですね」

ムッと頬を膨らませ、先を歩いていくその子のことを、俺が必死で追い掛けるようになるのは、それからすぐの話。