「はい、今回の分ね」
「………」
「なにその顔!可愛いお顔が台無しですよ〜」


夜。

晩ご飯を作っていたわたしの部屋に突然現れた彼は、むくれるわたしの頬に指を突き刺しながら笑った。

「今日のご飯はなーにかな……っと、おぉ!炊き込みご飯じゃーん」
「急に来るなら連絡くらいちょうだい」
「何それ。急に来るとなんか困るわけ?」
「おかずが足りなくなる」
「俺別にこれだけでいいよ。食べていい?」

炊飯器のフタを開けたまま、キラキラの笑顔で聞いてくる彼に、はぁと溜め息を吐いた。

「卵焼くからちょっと待って」
「だし巻き?」
「うん、明太子とチーズ入れたの作ろうと思って」
「何それ超美味しそうじゃん」

割った卵を溶いていると、そんなわたしの肩に顎を乗せて抱きついてくる彼。

「ちょっと、火使うから、」
「ずっと名前のご飯楽しみにしてたんだよね」
「………」
「こうやってくっ付いて、名前と話して、一緒にご飯食べることが俺のご褒美だから」

ちゅ、と軽い音を立てて頬に触れた唇が、そのままわたしの首筋へ滑る。

「っ、くすぐった……」
「ふふ、良い匂い」
「ちょっと、ダメだって、」
「名前ちゃんの弱いところはどこかな〜?」
「!っ……」

首元に柔く触れながら、薄手のTシャツを捲り上げて侵入する手に肩が跳ねた。

「やっ……黒崎くんっ、」
「はいはい。もうやめますよー」
「っ近い、」
「それは許して」
「もう……」

このままくっ付かれていたら、何をされるか分からない。

無理矢理体を反転し、間近でむくれる彼の肩に手を置くと、ん?と、わざとらしく首をかしげた彼に顔をのぞき込まれる。


「名前」
「ん?」
「なんかちょっと疲れてる?」

それはあなたの方でしょう。

言おうか迷って、しばらく黙り込むわたしに再び顔を近付けたが彼が呟いた。


「ありがと」
「え……」

「名前がこうやってそばにいてくれるから、あぁ、また明日も頑張ろうって思える」
「黒崎くん……」
「その声もね、めちゃくちゃ安心すんの。あー、俺まだ生きてんだな。ちゃんと名前のところに帰って来たんだなって」
「………」
「ふはっ、どしたの。名前の方から離れてって言ったのに」


泣いちゃいけない。

わたしにその資格はない。

辛さも苦しさも、全て一人で背負い込んで戦っている彼の為に、わたしはその支えになると決めたのに。

「っ……ごめんなさい、」
「変なの。何で名前が謝るの」


笑顔を見るのが辛い。

本当は、誰かの為に、自分を押し殺してまで、こんな風に笑ってくれる。

そんな優しい彼が、どうして幸せになれないんだろう。


「ずっと、いる……」
「うん?」
「一週間帰ってこなくても、一ヶ月会えなくても、わたしはっ……ずっと、ここで黒崎くんを待ってる……」
「うん」
「そばにいるっ、」
「うん、」

ゆっくり背中に回された腕が、わたしの体を抱き締めた。

「ありがとう」
「っ、」
「名前はほんとに俺のことが大好きだね」

言いながら、呆れたように笑う彼の声が優しくて。

もう何度言いかけたか分からない、"やめよう"の一言を飲み込んだ。