地味で大人しくて、冴えない子だった自覚はある。
原因は、親が転勤族だったこと。
幼稚園で一回、小学生で4回。中学でも一回の転校を経験し、
どうせ別れるくらいならと、人と深く付き合うことを避けるようになった。
転機が訪れたのは、大学に入ってすぐ。
一人暮らしを始め、
休日に買い物をしていたわたしを引き止めたのは、
近くの美容室のスタッフだという女の人だった。
聞けば、SNSを使った宣伝用の動画を撮る為に、
髪を含めた全身のスタイリングをさせてくれる人を探しており、
良ければそのモデルになってくれないかということだった。
都内の一等地。しかもSNSに載せられる動画のモデルだなんて。
最初は絶対に無理だと断ったが、
費用もかからないし、お姉さんなら絶対に可愛くなれます!という
圧のある押しに、最終的には負けてしまった。
今思えば、なんて根拠の無い勧誘なんだと思う。
けれど、そのままお店に連れられ、
あれよあれよという内に変身させられた自分の姿を見て、
あのお姉さんの言葉は嘘じゃなかったんだな、と驚いた。
「お姉さん、本当に可愛くなりましたね」
鏡に映った、まるで知らない人のような自分を、
その場にいた全員が褒めてくれた。
髪が伸びたらまた来てね。
そう言って渡された名刺を大切に仕舞い、
それから毎日、教わったことを忘れないよう可愛いままでいる努力をした。
そして、わたしの生活は変わり始めた。
「〇〇ちゃんおはよ。
今日さ、みんなでカラオケ行くんだけど、一緒に行かない?」
『あ、うん』
元々の大人しい性格はどうにもならなかったが、
高校生までの自分と比べれば、ずい分華やかな生活になったと思う。
引越して、新たに作った友人と別れる心配が無くなったことも大きかった。
「〇〇ちゃん、楽しんでる?」
『うん、ありがとう』
初めての友達に、初めての寄り道。
たくさんの初めてに、浮かれて夜まで遊ぶことも増えた頃。
もう一つの転機は訪れた。
「これ、美味しいから飲んでみなよ」
その日。
隣に座っていた男の子から勧められて飲んだジュースは、甘くて美味しくて。
気付けば、どんどんグラスを空けて
自分が何杯それを飲んだのかも分からなくなった。
さすがに、少し席を外したくて。
お手洗いに行く為立ち上がろうとした瞬間、
ようやく体が何かおかしいことに気付いた。
『っ……』
「〇〇ちゃ……」
「触んな」
「え、」
ぼやける視界に、
酷く驚くあの男の子の顔が映った。
「お前、これアルコール入ってんだろ」
「平野……」
「店の奴とグル?すぐに言えば黙っててやるけど」
聞いたことがない、少しハスキーな声。
ぼんやりうつろな意識の中で、
その力強い腕に、だるい体を預けた。
『…………ぅ、……ん、』
あれ、わたし、いつ寝たんだっけ。
目を開けると同時に、
うっすら映る白い天井と、ズキズキ痛む頭に眩暈がした。
「おはよ。起きた?」
『え……』
「〇〇ちゃんさ、ずっとアイツから酒飲まされてたの気付いてなかったでしょ」
『お酒……?』
「そ。あま〜い味で飲みやすいから、
ジュースとでも言われてたんじゃない?」
『ぁ……』
「心当たりありそうだね」
ラフな白いTシャツ姿に、少し寝癖の付いた髪。
鬱陶しそうに両手で前髪を掻き上げる姿を見て、思い出した。
『あの、平野さん、』
「……覚えてるの?俺のこと」
『平野さん、有名人だから、』
同じ一年生で、同じ大学ということくらいしか知らないけど。
知り合った女の子はみんな、異性の話となれば彼の名前を出す。
わたしは直接関わったことは無かったけど、
こうして間近で顔を見れば、そうなるのもうなずける。
「ふぅん。まぁいいや。お水飲む?」
『あの、お水というか、それよりここって……』
「俺んち」
『え、』
「〇〇ちゃん酔ってなかなか起きなかったから。
最初はちゃんと送ろうと思ったよ?
けど何回聞いても住所教えてくんないし、俺も早く家帰りたかったから」
どうやら、とてつもなくご迷惑を掛けてしまったらしい。
よくよく考えれば、自分が今いるのも
彼のベッドだということに気付いて、血の気が引いた。
『ご、ごめんなさいっ……!』
恥ずかしくて、申し訳無くて。
頭を下げるなり慌ててベッドから降りた。
『あの、ここまでの交通費は?
タクシーなら払ってくれた分出しますし、
勝手に部屋を占領してしまった分も、迷惑料も、』
「待って待って。ちょっと落ち着いてって」
『でもっ、』
「ごめん。言い方悪かったなら訂正するから」
そう言って、慌てるわたしを止めるように
それぞれの手に、自分の手を重ねた平野さんがこちらを見つめた。
「俺、怒ってないよ」
『へ……』
「〇〇ちゃんが変な男につかまって
いいようにされちゃいそうだったから助けたかっただけで
別に迷惑だなんて思ってないし、
俺は〇〇ちゃんのこと助られて良かったって思ってる」
「ねぇ……これ、どういうことか分かる?」
手の甲に重なるだけだった手が、
下からするりとわたしの手を包み込むように捉えた。
『あの、平野さん……』
「紫耀くん」
『え、』
「昔は、もっと遠慮なく俺のこと紫耀くんって呼んでくれてた」
何それ。どういうこと。
突然の言葉に、
訳も分からず黙り込むわたしの手を握り締めたまま
彼は話し出した。
「俺、出身は名古屋なの。
大学に入ってこっち来るまでは、ずっと向こうにいた」
名古屋と言えば、確か一度だけ住んでいたことがある。
わたしがまだ小学生の頃。
本当に短い滞在で、思い出という思い出も無かったが、
平野さんの話し方から察するに
その頃のわたしと仲良くしてくれていたのだろうか。
「やっぱり、あんま覚えてない?」
『えっと……』
「俺ずっとダンスやってて、家の近くの公園で練習してたんだけど」
言われて、忘れかけていた記憶をどうにか引っ張り出した。
小学校の帰り道。近くの公園。
踊る誰かに、ぼんやり抱いた興味。
『あの時の男の子が、平野さん……?』
「まぁ、〇〇ちゃんが言うあの時っていうのが
いつなのかは分かんないけど、多分そうかな」
『平野、しょうくん……』
「そう。俺、平野紫耀くん」
まだあまりハッキリしないが
言われてみれば、あの時の男の子はしょうくんだったような気もする。
しかし、思い出したところで分からない。
『あの、平野さん、』
「ん?」
いくら昔の知り合いだからと言って、
彼がここまでわたしに親切にしてくれる理由は?
握られた手が、未だにしっかりと包まれているのは何故?
『……………ぇ、』
戸惑うわたしに、ふわりと笑った平野さんが、
ほんの一瞬触れるだけのキスをした。
『……っ、!』
訳も分からず
そのままもう一度重ねられそうになった唇に、
思わずバッと顔を背けた。
「ごめん……急に」
『っ、』
「無理矢理したことは謝る。
けど俺、ずっと〇〇ちゃんのことが好きだったから」
嘘でしょ。ありえない。
平野さんみたいなモテる人が、
よりによってわたしみたいな人を?
『そんなこと、急に言われても……』
「うん、だよね。分かってる。
けど今言わなきゃ、〇〇ちゃん、すっげー可愛くなってるし。
俺の周りも、みんな狙ってるから、」
『嘘でしょ、』
「嘘じゃない。友達に可愛い子がいるって聞いて、名前が〇〇ちゃんで、
まさかとは思ったけど、もしかしたらそうかもしれないって」
「俺、ずっと〇〇ちゃんのこと好きだったから。
万が一の可能性だとしても、信じてみたくて」
わたしがこの大学にいることを知り、
ずっと、どうにか話すことが出来ないかと悩んでいた最中の
あの出来事だったらしい。
「正直すっげー腹立ったけど、
少しラッキーだったなって思ってる。
ど?これで納得?」
握られた手に、きゅっと力を込めて聞かれる。
あまりにも突然のことで、頭では理解していても、
すぐに受け入れることは出来ない。
戸惑うわたしの表情を見てそれを察したのか
優しく笑った平野さんが、
わたしの目元にかかっていた髪を耳に掛けた。
「好きです」
『………っ、』
「〇〇ちゃん、俺と付き合ってください」
男の人から、こんなに真っ直ぐ思いを伝えられたことは無かった。
それどころか、初めてのキスに、相手はあの平野さん。
慣れないお酒も相まって、
頭の中はぐちゃぐちゃだった。
『っも、門限……!わたしの家、門限が厳しいので、!』
「そうなの?何時?」
『あ、えっと……じゅ、11時です!』
壁に掛けられた時計の針は、22時半を指している。
家に帰るまでの時間を差し引いて、咄嗟に口から出た言い訳だった。
平野さんに好きだと言われてから、
分かりすくアピールされる日々が始まった。
『あの、平野さんやっぱりお金、』
「だからいいって。俺、女の子に払わせたくないの」
『でも、』
「じゃあ名前で呼んで。お礼はそれでいいから」
『えっと……』
「紫耀」
『しょ、紫耀、くん……』
「ふはっ、照れてるの可愛い」
『っ……』
授業がある日はランチ。
お休みの日はお出かけ。
誘われると断れなくて、
ダラダラと一緒に過ごすだけの時間が何度も続いた。
正直、平野さんのことは嫌いではない。
しかし、好きの一言で素直にその手を取れるほど
わたしはわたしに自信が無いし
彼と並んでいる今だって、
申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
「〇〇ちゃん、次はなに食べに行く?」
『えっと……』
「良かったらさ、車で少し遠出しない?連れて行きたい場所があって」
『そうなんですね、』
わたしには勿体無いくらい優しい平野さんは、
あの日の嘘を信じて、毎回23時前には家に帰してくれる。
一人暮らしをしていることがバレないようにと
何度も家まで送るという彼の言葉を断り、
いつの間にか、駅で別れることも恒例になった。
『じゃあ、』
「〇〇ちゃん」
何度デートをしても、
きちんとわたしのペースに合わせてくれる。
一度好きとは言われたが、
それ以来答えを急かされることもないまま
今日も、いつも通り
改札に続く長い階段を登ろうとした時だった。
『平野さん……?』
「あのさ、もし………
どうしてもまだ一緒にいたいって言ったら、困る?」
腕を掴まれ、真剣な顔で言われたその言葉に、声が出なかった。
「〇〇ちゃん」
どうしよう。
本当は、門限なんて無い。
けれど、ここでこの腕を握り返してしまったら、
きっともう後戻り出来ないような気がした。
『き、今日は……帰ります、』
「……ん。そっか。引き止めてごめんね」
悲しそうに、それでも優しく笑う平野さんを見て
心臓がぎゅっと締め付けられた。
違う。
そんな顔をしてほしいんじゃない。
悲しませたかったわけではないの。
掴まれた腕を解かれ、改札に続く階段を登りながら振り向いた。
いつもそう。
わたしの姿が見えなくなるまで
ずっとそこにいてくれる平野さんは、
今日も優しく笑ってこちらに手を振っていた。
きっと、後にも先にも
こんなにもわたしを思ってくれる人はいない。
その優しい笑顔に、きゅっと胸が苦しくなって階段を駆け降りた。
『平野さん……!』
「っえ、〇〇ちゃん、?」
『平野さん、わたし………わっ、!』
「うおっ、」
勢いそのまま走り出し、
平野さんまであと少しというところで靴が脱げた。
倒れるように飛び込んだ先には、平野さんの顔。
驚いてぎゅっと目を閉じれば、背中までしっかりと腕が回され、
そのまま平野さんを押し倒すような形で地面へ落ちた。
『ッ……平野さん、!平野さん大丈夫ですかっ!?』
「あははっ、全然へーき。さすがにちょっとびっくりしたけど」
『ごめんなさいっ、』
「〇〇ちゃんは?大丈夫?」
『わたしは……平野さんが庇ってくれたから全然、』
「そっか。良かった」
へにゃりと笑って、
頭の後ろに添えられた手がぽんぽんと髪を撫でた。
離れなきゃ。
分かっているのに、その優しい笑顔が嬉しくて、
ぎゅっと目の前にあった広い胸に顔を埋めた。
「え、〇〇ちゃん……?」
『し、紫耀くん……』
「、はい」
『わたし、紫耀くんのこと……すき、』
「え、」
たった二文字。
その言葉を口にするだけで、震えるくらい緊張した。
「〇〇ちゃん、」
『ずっと……ごめんなさい、
わたし、紫耀くんの気持ちに応えられる自信、無くて……』
『正直、未だに何でって思うし、
わたしなんかが、紫耀くんの彼女なんて……』
「ストップ」
頭に添えられていた手でポンポン静止をかけられ、
ゆっくりと地面に肘を付く紫耀くんと目が合った。
「ごめん。今ほんっっっとに嬉しくて、
正直すぐにでも俺も!って叫んでキスして抱き締めたいんだけど。
ここでしていい?」
『ぁ………』
視線を上げれば、心配そうにこちらを見つめるたくさんの人。
そして、その中に少しだけ混ざるニヤニヤとした顔に、
一気に頬が熱くなった。
「ふはっ、そういうところマジで可愛いよね」
『平野さん…!』
「あれ、もう紫耀くんって呼んでくれないの?」
一度上げた顔をもう一度平野さんの胸に埋め、
そのまま上体を起こす彼に抱き付いた。
グラスは隣だったけど、
凄いね、と初めて俺のダンスを褒めてくれたのは、
2ヶ月後にはいなくなってしまう女の子だった。
「———今なんて言った?」
「え、何が?」
「その可愛い子の名前……」
「〇〇ちゃん?」
小学生の頃、 初めて好きになった子と同じ名前だった。
別に、今でも好きとか聞かれたらそういうわけじゃない。
ただ、幼いながらに何も出来なかった初恋は、
ふとした瞬間蘇るちょっぴり切ない思い出で。
出来れば、きちんと確認して消化したかったんだと思う。
「あの子だよ。〇〇ちゃん」
「へぇ、」
なんでもない風を装いながら、
見つめた先にいる大人しそうな女の子。
友達と話しながら、とても綺麗に笑う姿が印象的で。
そういえば、あの子も
こんな風に控えめに笑う子だったな、ということを思い出した。
「めちゃくちゃ可愛くない?」
「だな」
間違いない。
彼女は、俺の初恋の女の子。
幼い頃の曖昧な記憶が書き換えられ、
可愛いらしく笑う目の前のその子に、俺はもう一度恋をした。
一度気持ちが抑えられず先走ってしまったから、
その後はじっくり、彼女のペースに合わせてデートを重ねた。
恥ずかしいのか、なかなか目は合わなかったけど、
きちんと俺の話を聞いてくれて。
美味しい物を食べると、嬉しそうに綻ぶ顔を見て、
さらに彼女が好きになった。
門限が本当なのかは分からないけど、
いつも23時前にはお別れする彼女に焦がれて
〇〇ちゃんは今何してるかなぁ
少しでも俺のこと考えてくれてるかなぁ。なんて
考えることも恒例になって。
俺の生活はすっかり〇〇ちゃん一色だった。
もちろん、早くその先に進みたい気持ちもあったけど、
焦って仕掛けたったって、〇〇ちゃんは困るだけだと思ったから。
待って、待って。ひたすら待って。
それでもなかなか振り向いてくれない彼女に、
少しだけ、わがままを言ってみたくなった。
離れたくなかったのは本音だし。
ただ、無理はしてほしくなかったから、
正直少し悩んでくれただけでもめちゃくちゃ嬉しかった。
「はい。大丈夫?足捻ってない?」
いつも通り、階段を上っていく彼女を見守り、
また次のデートで頑張るか、と
落ち込み半分。気合い半分で帰ろとした矢先のこと。
平野くん!とこちらに掛けて来る彼女の姿に、めちゃくちゃ驚いた。
「俺の肩に手置きな」
「うん、」
「大丈夫?履ける?」
「ありがとう、」
まさか好きな子が自分めがけて落ちてくるなんて思わなかったし、
それを上手くキャッチ出来たことも奇跡だったと思う。
恥ずかしがる彼女を抱え、
道の端に落ちていた靴を履かせる時も、
あ、これ王子様っぽいかも、なんて柄にもないことを考えて
ちょっぴりテンションが上がったり。
「紫耀くん」
「ん?」
ていうか、この子無意識なのかな。
いつの間にか
ナチュラルに名前で呼ばれていることにドキッとしながら、
その不安そうな顔を見つめ返した。
「えっと、あの……さっきの話、」
「あぁ、〇〇ちゃんが俺のこと好きって話?」
「………」
「………お、ぅ、」
マジか。
こちらは意地悪のつもりで言ったのに、
照れるどころかうるうるな目でしっかりと頷かれ、
思わぬカウンターを喰らってしまった。
「紫耀くん、」
「あ、待って。それは俺から言う」
「え、」
「〇〇ちゃん、好きです。俺と付き合ってください」
よほど不安なのか。
俺から気持ちを伝えても泣きそうに潤む彼女の瞳に、
たまらない気持ちになった。
「〇〇ちゃん、抱き締めてもいい?」
多分、嫌がられることはないと思うけど。
念の為問い掛けると、
彼女は恥ずかしそうに腕を広げ、ジッと俺のことを見上げた。
「………あのさ、それ、無意識でやってる?」
「え、………っ!?」
もういいよね。
俺にしては、よく頑張ったし。
驚く彼女に2回目のキスをして、
その華奢な体を抱き締めた。
「〇〇ちゃん」
「はい……」
「今日は、まだ一緒にいてくれる?」
「〇〇ちゃん!」
「あ、紫耀くん!」
名前を呼べば、
嬉しそうに笑ってこちらに手を振る可愛い彼女。
数日前。
まるでドラマのワンシーンの様に俺の腕の中へ落ちてきた彼女は、
あの後、恥ずかしそうにうなずいて、俺の手を取ってくれた。
「今日いつもと髪型違うんだね」
「うん。いつも行ってる美容室のお姉さんが、相談に乗ってくれて」
「ふぅん、相談かぁ」
「あ!ちが、そのっ……相談っていうのは、髪が伸びてきたからで、!」
「うん。すっごく可愛いよ」
「っ、」
俺の言葉に、
耳まで真っ赤にしてうつむいてしまう〇〇ちゃんは、
相変わらず、とても恥ずかしがり屋だ。
俺が何度こうして笑いかけても、慣れることはないらしい。
「ご飯、今日はどうしよっか。何食べに行きたい?」
「あの、紫耀くん」
「ん?」
「もし良かったら、今日はわたしが作ってもいい?」
「え、」
それはつまり、
〇〇ちゃんが俺の為に手料理を振る舞ってくれるということ?
「あ、でも、お家に上がるのが嫌なら……」
「嫌なわけないでしょ!絶対来て!今すぐ来て!」
「ふふ、うん」
「うわー!まじか!ヤバい!どうしよ、何作ってもらおう、」
「紫耀くんのお家、近くにスーパーあったよね」
「うん」
「そこで何食べるか考えない?」
「………うん。考える」
興奮して饒舌になる俺を、一瞬で黙らせる優しい笑顔。
あぁ、好きだなぁ。
俺、いつの間にか〇〇ちゃんにベタ惚れじゃん。
知ってたけど。
嬉しそうに、きゅっと絡んだ指に力を込める〇〇ちゃんに、改めて胸を掴まれた。
・
・
・
「っは〜〜!マジで最高!ほんっっとに美味しかった、」
「それなら良かった」
「また作ってよ。今度は俺も頑張るから」
「うん、」
さすがに〇〇ちゃん一人にご飯を作らせるのは申し訳無くて、
手伝おうとした俺は呆気なく失敗。
逆に手を煩わせてしまったから、次こそはと意気込んだのに。
〇〇ちゃんは、そんな俺を見て
紫耀くんはいいよ、と言葉を濁らせた。
なんとなく
まだ俺に遠慮してるのは気付いてたけど、
どう言えば伝わるのかなぁ。
「〇〇ちゃん」
「はい」
「俺、多分〇〇ちゃんが思ってるより、〇〇ちゃんのこと好きだよ」
「え、」
「だから大丈夫。そんなに気使ってると疲れちゃうでしょ?」
その気遣いが、俺のことを好きだからという理由なのは確かで。
もちろん、あの時の言葉に嘘はないと信じてるけど。
「不安だから、気使ってるわけじゃないよ」
「え、」
「紫耀くんのことが大好きだから一緒にいたいし、
喜ばせたいだけだって言ったら、分かってくれる?」
普段控えめな〇〇ちゃんが、
こんな時だけ真っ直ぐに俺を見て微笑む。
ねぇ、ずるくない?
そのキラキラした笑顔で、
何度俺のことを落とせば気が済むの?
「ふふ、恥ずかしいね。こうやって素直に話すのって」
「〇〇ちゃん、」
大好き。
呟いて、もう何度目か分からないキスをその唇に落とした。
「………ん、」
「〇〇ちゃん、ほんとにほんとに好きだよ」
俺の言葉に、嬉しそうに笑って
わたしも、と返してくれるこの笑顔を、
隣で一生見ていたい。
あの日、あの時。
凄いね、と俺を褒めてくれた初恋の女の子が、
幼い俺の恋心をそっと灯してくれたように。
どうか、これから先も
ずっとそばで ボクの心を 灯し続けて———。
地味で大人しくて、冴えない子だった自覚はある。原因は、親が転勤族だったこと。幼稚園で一回、小学生で4回。中学でも一回の転校を経験し、どうせ別れるくらいならと、人と深く付き合うことを避けるようになった。
転機が訪れたのは、大学に入ってすぐ。一人暮らしを始め、休日に買い物をしていたわたしを引き止めたのは、近くの美容室のスタッフだという女の人だった。聞けば、SNSを使った宣伝用の動画を撮る為に、髪を含めた全身のスタイリングをさせてくれる人を探しており、良ければそのモデルになってくれないかということだった。都内の一等。しかもSNSに載せられる動画のモデルだなんて。最初は絶対に無理だと断ったが、費用もかからないし、お姉さんなら絶対に可愛くなれます!という圧のある押しに、最終的には負けてしまった。今思えば、なんて根拠の無い勧誘なんだと思う。けれど、そのままお店に連れられ、あれよあれよという内に変身させられた自分の姿を見て、あのお姉さんの言葉は嘘じゃなかったんだな、と驚いた。「お姉さん、本当に可愛くなりましたね」鏡に映った、まるで知らない人のような自分を、その場にいた全員が褒めてくれた。髪が伸びたらまた来てね。そう言って手渡された名刺を大切に仕舞い、それから毎日、教わったことを忘れないよう、可愛いままでいる努力をした。そして、自分が変われば、周りも変わることに気付いた。「〇〇ちゃんおはよ。今日さ、終わったらみんなでカラオケ行くんだけど、一緒に行かない?」「あ、うん」「まじ?来てくれる?」「うん」元々の大人しい性格はどうにもならなかったが、高校生までの自分と比べれば、ずい分華やかな生活になったと思う。引越して、新たに作った友人達と別れる心配が無くなったことも大きかった。
そして、そんな中訪れたもう一つの転機。
「〇〇ちゃん、楽しんでる?」「あ、うん」初めての友達に、初めての寄り道。たくさんの初めてに、浮かれて夜まで遊ぶことも増えた頃。「これ、美味しいから飲んでみなよ」言われて、勧められるがまま飲んだジュースは甘くて美味しくて。そのままグラスが空く度に追加を頼んでくれる友人に甘えて、何杯目を飲んだかも分からなくなった頃。急に体がフラついて、ようやく体が何かおかしいことに気付いた。「〇〇ちゃん大丈夫?」「ごめんなさい、わたしちょっとお手洗いに……っ」立ち上がろうとした瞬間、自分でも何がなんだか分からないほど足元がフラつき、視界がぼやけた。「〇〇ちゃ……」「触んな」「え、」「お前、これアルコール入ってんだろ」「平野……」「店の奴とグル?すぐに言えば黙っててるけど」聞いたことがない、少しハスキーな声。ぼんやりうつろな意識の中で、その力強い腕に、だるい体を預けた。
『…………ぅ、……ん、』あれ、わたし、いつ寝たんだっけ。目を開けると同時に、うっすら映る白い天井と、ズキズキ痛む頭に眩暈がした。「おはよ。起きた?」『え……』「〇〇ちゃんさ、ずっとアイツから酒飲まされてたの気付いてなかったでしょ」『お酒……?』「そ。あま〜い味で飲みやすいから、ジュースとでも言われてたんじゃない?」『ぁ……』「心当たりありそうだね」ラフな白いTシャツ姿に、少し寝癖の付いた髪。鬱陶しそうに両手で前髪を掻き上げる姿を見て、思い出した。『あの、平野くん、』「……覚えてるの?俺のこと」『平野くん、有名人だから、』同じ一年生で、同じ大学ということくらいしか知らないけど。知り合った女の子はみんな、異性の話となれば彼の名前を出す。わたしは直接関わったことは無かったけど、こうして間近で顔を見れば、そうなるのも当然だと思った。「ふぅん。まぁいいや。お水飲む?」『あの、お水というか、それよりここって……』「俺んち」『え、』「〇〇ちゃん酔ってなかなか起きなかったから。最初はちゃんと送ろうと思ったよ?けど何回聞いても住所教えてくんないし、俺も早く家帰りたかったから」どうやら、とてつもなくご迷惑を掛けてしまったらしい。よくよく考えれば、自分が今いるのも平野さんのベッドだということに気付いて、血の気が引いた。『ご、ごめんなさいっ……!』恥ずかしくて、申し訳無くて。頭を下げるなり慌ててベッドから降りた。『あの、ここまでの交通費は?タクシーなら払ってくれた分出しますし、一日部屋を占領してしまった分も、迷惑料も、』「待って待って。ちょっと落ち着いてって」『でもっ、』「ごめん。言い方悪かったなら訂正するから」そう言って、慌てるわたしを止めるようにそれぞれの手に、自分の手を重ねた平野さんがこちらを見つめる。「俺、怒ってないよ」『へ……』〇〇ちゃんが変な男につかまっていいようにされちゃいそうだったから、助けたかっただけ」「別に迷惑だなんて思ってないし、俺は〇〇ちゃんのこと助られて良かったって思ってる」『ぁ、……』「ねぇ……これ、どういうことか分かる?」手の甲に重なるだけだった手が、下からするりとわたしの手を包み込むように捉えた。『あの、平野さん……』「紫耀くん」『え、』「昔は、もっと遠慮なく俺のこと紫耀くんって呼んでくれてた」何それ。どういうこと。突然の言葉に、訳も分からず黙り込むわたしの手を握り締めたまま、彼は話し出した。「俺、出身は名古屋なの。大学に入ってこっち来るまでは、ずっと向こうにいた」名古屋と言えば、確か一度だけ住んでいたことがある。わたしがまだ小学生の頃。本当に短い滞在で、思い出という思い出も無かったが、平野さんの話し方から察するに、その頃のわたしと仲良くしてくれていたのだろうか。「やっぱり、あんま覚えてない?」『えっと……』「俺、ずっとダンスやってて、家の近くの公園で練習してたんだけど」言われて、忘れかけていた記憶をどうにか引っ張り出した。小学校の帰り道。近くの公園。踊る誰かに、ぼんやり抱いた興味。『あの時の男の子が、平野さん……?』「まぁ、〇〇ちゃんが言うあの時っていうのがいつなのかは分かんないけど、多分そうかな」『平野、しょうくん……』「そう。俺、平野紫耀くん」まだあまりハッキリしないが、言われてみれば、あの時の男の子はしょうくんだったような気もする。しかし、思い出したところで分からない。『あの、平野さん、』「ん?」いくら昔の知り合いだからと言って、彼がここまでわたしに親切にしてくれる理由は?握られた手が、未だにしっかりと包まれているのは何故?『……………ぇ、』戸惑うわたしに、ふわりと笑った平野さんが、ほんの一瞬だけ触れるキスをした。そして、次の瞬間もう一度重ねられそうになった唇に、思わずバッと顔を背ける。『……っ、!』「……ごめん。急に」『いや、』「無理矢理したことは謝る。けど、俺、ずっと〇〇ちゃんのことが好きだったから」嘘でしょ。ありえない。平野さんみたいなモテる人が、よりによってわたしみたいな人を?『そんなこと、急に言われても……』「うん、だよね。分かってる。けど今言わなきゃ、〇〇ちゃん、すっげー可愛くなってるし。俺の周りも、みんな狙ってるから、」『嘘でしょ、』「嘘じゃない。友達に可愛い子がいるって聞いて、名前が〇〇ちゃんで、まさかとは思ったけど、もしかしたらそうかもしれないって」『そんな……』「俺、ずっと〇〇ちゃんのこと好きだったから。万が一の可能性だとしても、信じてみたくて」それで、わたしがこの大学にいることを知り、ずっと、どうにか話すことが出来ないかと悩んでいた最中の、あの出来事。「正直すっげー腹立ったけど、少しラッキーだったなって思ってる。な?これで納得?」握られた手に、きゅっと力を込めて聞かれる。あまりにも突然のことで、頭では理解していても、すぐに受け入れることは出来ない。戸惑うわたしの表情を見てそれを察したのか、優しく笑った平野さんが、わたしの目元にかかっていた長い前髪を耳に掛けた。「好きです」『………っ、』「〇〇ちゃん、俺と付き合ってください」男の人から、こんなに真っ直ぐ思いを伝えられたことは無かった。それどころか、初めてのキスに、相手はあの平野さん。慣れないお酒も相まって、もう頭の中はぐちゃぐちゃだった。『っも、門限……!わたしの家、門限が厳しいので、!』「そうなの?何時?」『あ、えっと……じゅ、11時です!』壁に掛けられた時計の針は、10時半を指している。家に帰るまでの時間を差し引いて、咄嗟に口から出た言い訳だった。
平野さんに好きだと言われてから、分かりすくアピールされる毎日が始まった。『あの、平野さんやっぱりお金、』「だからいいって。俺、女の子に払わせたくないの」『でも、』「じゃあ名前で呼んで。お礼はそれでいいから」『えっと……』「紫耀」『しょ、紫耀、くん……』「ふはっ、照れてるの可愛い」『っ……』授業がある日はランチ。お休みの日はお出かけ。誘われると断れなくて、ダラダラと一緒に過ごすだけの時間が何度も続いた。
正直、平野さんのことは嫌いではない。しかし、好きの一言で素直にその手を取れるほど、わたしはわたしに自信が無いし、平野さんと並んでいる今だって、申し訳ない気持ちでいっぱいだった。「〇〇ちゃん、次はなに食べたい?」『えっと……』「良かったら、車で少し遠出しない?連れて行きたい場所があって」『そうなんですね、』平野さんは、とても優しい。あの日、わたしが吐いた嘘を信じて、毎回23時前には家に帰してくれる。一人暮らしをしていることがバレないようにと、何度も家まで送るという彼の言葉を断り、駅で別れることも恒例になった。『じゃあ、』「〇〇ちゃん」『?、はい』いつもの駅前。改札に続く長い階段を登ろうとしたところで、腕を掴まれた。「もし………どうしてもまだ一緒にいたいって言ったら、困る?」真剣な目にジッと見つめられて、言葉が出なかった。『っ………』「〇〇ちゃん」どうしよう。本当は、門限なんて無い。けれど、ここでこの腕を握り返してしまったら、もう後戻り出来ない。『き、今日は……帰る、』「……ん。そっか。引き止めてごめんね」悲しそうに、それでも優しく笑う平野さんを見て心臓がぎゅっと締め付けられた。違う。そんな顔をしてほしいんじゃない。悲しませたかったわけではない。掴まれた腕を解かれ、改札に続く階段を登りながら振り向いた。いつもそう。わたしの姿が見えなくなるまで、ずっとそこにいてくれる平野さんは、今日も優しく笑ってこちらに手を振っていた。きっと、後にも先にも、こんなにもわたしを思ってくれる人はいない。その優しい笑顔に、きゅっと胸が苦しくなって階段を駆け降りた。「っえ、〇〇ちゃん、?」『平野さん、わたし………わっ、!』「うおっ、」勢いそのまま走り出し、平野さんまであと少しというところで靴が脱げた。倒れるように飛び込んだ先には、平野さんの顔。驚いてぎゅっと目を閉じれば、背中までしっかりと腕が回され、そのまま平野さんを押し倒すような形で地面へ落ちた。『ッ……平野さん、!平野さん大丈夫ですかっ!?』「あははっ、全然へーき。ちょっとびっくりしたけど」『ごめんなさいっ、』「〇〇ちゃんは?大丈夫?」『わたしは……平野さんが庇ってくれたから全然、』「そっか。良かった」へにゃりと笑って、頭の後ろに添えられた手がぽんぽんと髪を撫でた。離れなきゃ。分かっているのに、その優しい笑顔が愛しくて、思わずぎゅっと目の前にあった広い胸に顔を埋めた。「え、〇〇ちゃん……?」『し、紫耀くん……』「、はい」『わたし、紫耀くんのこと……すき、』「え、」たった二文字。それを口に出すだけで、震えるくらい緊張した。「〇〇ちゃん、」『ずっと……ごめんなさい、わたし、紫耀くんの気持ちに応えられる自信、無くて……』『正直、未だに何でって思うし、わたしなんかが、紫耀くんの彼女なんて……』「ストップ」頭に添えられていた手でポンポン静止をかけられ、ゆっくりと地面に肘を付く紫耀くんと目が合う。「ごめん。マジで嬉しくて、正直今すぐ俺もだよって叫んでキスして抱き締めたいんだけど。ここでしていい?」『ぁ………』視線を上げれば、心配そうにこちらを見つめるたくさんの人。そして、その中に少しだけ混ざるニヤニヤとした顔に、一気に頬が熱くなった。「ふはっ、そうやって照れてるところマジで可愛い」『平野さん…!』「あれ、もう紫耀くんって呼んでくれないの?」一度上げた顔をもう一度平野さんの胸に埋め、そのまま上体を起こす彼に抱き付いた。
グラスは隣だったけど、凄いね、と初めて俺のダンスを褒めてくれたのは、2ヶ月後にはいなくなってしまう女の子だった。「———今なんて言った?」「え、何が?」「その可愛い子の名前……」「〇〇ちゃん?」小学生の頃、 初めて好きになった子と同じ名前だった。別に、今でも好きとか聞かれたらそういうわけじゃない。ただ、幼いながらに何も出来なかった初恋は、ふとした瞬間蘇るちょっぴり切ない思い出で。出来れば、きちんと確認して消化したかったんだと思う。「あの子だよ。〇〇ちゃん」「へぇ、」なんでもない風を装いながら、見つめた先にいる大人しそうな女の子。そういえば、あの子も控えめでとても静かな子だったことを思い出し、確信した。〇〇ちゃんは、俺の初恋の女の子。幼い頃の曖昧な記憶が書き換えられ、可愛いらしく笑う目の前のその子に、俺はもう一度恋をした。
一度気持ちが抑えられず先走ってしまったから、その後はじっくり、彼女のペースに合わせてデートを重ねた。恥ずかしいのか、なかなか目は合わなかったけど、きちんと俺の話を聞いてくれて。美味しい物を食べると、嬉しそうに綻ぶ顔を見て、さらに好きになった。門限が本当なのか嘘なのかは分からないけど、いつも23時前にはお別れする彼女に焦がれて、〇〇ちゃんは今何してるかなぁ。少しでも俺のこと考えてくれてるかなぁ。なんて。考えることも恒例になって。俺の生活はすっかり〇〇ちゃん一色だった。もちろん、早くその先に進みたい気持ちもあったけど、焦って仕掛けたったって、〇〇ちゃんは困るだけだと思ったから。待って、待って。ひたすら待って。それでもなかなか振り向いてくれない〇〇ちゃんに、少しだけ、わがままを言ってみたくなった。離れたくなかったのは本音だし。ただ、無理はしてほしくなかったから、正直少し悩んでくれただけでもめちゃくちゃ嬉しかった。「はい。大丈夫?足捻ってない?」いつも通り、階段を上っていく彼女を見守り、また次のデートで頑張るか、と落ち込み半分。気合い半分で帰ろとした矢先のこと。平野くん!とこちらに掛けて来る彼女の姿に、めちゃくちゃ驚いた。「俺の肩に手置きな」「うん、」「大丈夫?履ける?」「ありがとう、」まさか好きな子が自分めがけて落ちてくるなんて思わなかったし、それを上手くキャッチ出来たことも奇跡だったと思う。恥ずかしがる彼女を抱え、道の端に落ちていた靴を履かせるのにも、あ、これ王子様っぽいかも、なんて柄にもないことを考えて、ちょっとテンションが上がったり。「紫耀くん」「ん?」ていうか、この子無意識なのかな。いつの間にか、ナチュラルに名前で呼ばれていることにドキッとしながら、その不安そうな顔を見つめた。「えっと、あの……さっきの話、」「あぁ、〇〇ちゃんが俺のこと好きって話?」「………」「………お、ぅ、」マジか。こちらは意地悪のつもりで言ったのに、照れるどころかうるうるな目でしっかりと頷かれ、思わぬカウンターを喰らってしまった。「紫耀くん、」「あ、待って。それは俺から言う」「え、」「〇〇ちゃん、好きです。俺と付き合ってください」よほど不安なのか。俺から気持ちを伝えても泣きそうに潤む彼女の瞳に、たまらない気持ちになった。「〇〇ちゃん、抱き締めてもいい?」多分、嫌がられることはないと思うけど。念の為問い掛けると、彼女は恥ずかしそうに腕を広げ、ジッと俺のことを見上げた。「………あのさ、それ、無意識でやってる?」「え、………っ!?」もういいよね。俺にしては、よく頑張ったし。驚く彼女に、2回目のキスをして、その華奢な体を抱き締めた。「〇〇ちゃん」「はい……」「まだ一緒にいてくれる?」
「〇〇ちゃん!」「あ、紫耀くん!」名前を呼べば、嬉しそうに笑ってこちらに手を振る可愛い彼女。数日前、まるでドラマのワンシーンの様に俺の腕の中へ落ちてきた彼女は、あの後、恥ずかしそうにうなずいて、俺の手を取ってくれた。「今日いつもと髪型違うんだね」「うん。いつも行ってる美容室のお姉さんが、相談に乗ってくれて」「ふぅん、相談かぁ」「あ!ちが、そのっ……相談っていうのは、髪が伸びてきたからで、!」「うん。すっごく可愛いよ」「っ、」俺の言葉に、耳まで真っ赤にしてうつむいてしまう〇〇ちゃんは、相変わらず、とても恥ずかしがり屋だ。何度俺がこうして笑いかけても、慣れることはないらしい。「ご飯、今日はどうしよっか。何食べに行きたい?」「あの、紫耀くん」「ん?」「もし良かったら、今日はわたしが作ってもいい?」「え、」「紫耀くん、何か食べたいものある?」それはつまり、〇〇ちゃんが俺の為に手料理を振る舞ってくれるということ?「あ、でも、お家に上がらなきゃだし、もし嫌だったら……」「嫌なわけないでしょ!絶対来て!今すぐ来て!」「ふふ、うん」「わー!まじか!ヤバい!どうしよ、何作ってもらおう、」「紫耀くんのお家、近くにスーパーあったよね」「うん」「そこで何食べるか考えない?」「………うん。考える」興奮して饒舌になる俺を、一瞬で黙らせる優しい笑顔。あぁ、好きだなぁ。俺、いつの間にか〇〇ちゃんにベタ惚れじゃん。知ってたけど。嬉しそうに、きゅっと絡んだ指に力を込める〇〇ちゃんに、また一つカウンターを食らった。
「っは〜〜!マジで最高!ほんっっとに美味しかった、」「それなら良かった」「また作ってよ。今度は俺も頑張るから」「うん」さすがに〇〇ちゃん一人にご飯を作らせるのは申し訳無くて、手伝おうとしたけど呆気なく失敗。逆に手を煩わせてしまったから、次こそはと意気込んだのに、〇〇ちゃんは、そんな俺を見て、紫耀くんはいいよ、と言葉を濁らせた。なんとなく、まだ俺に遠慮してるのは気付いてたけど、どう言えば伝わるのなぁ。「〇〇ちゃん」「はい」「俺、多分〇〇ちゃんが思ってるより〇〇ちゃんのこと好きだよ」「え、」「だから大丈夫。そんなに気使ってると疲れちゃうでしょ?」その気遣いが、俺のことを好きだからという理由なのは確かで。もちろん、あの時の言葉に嘘はないと信じてるけど。「不安だからじゃないですよ」「え、」「紫耀くんのことが大好きだから一緒にいたいし、喜ばせたいだけだって言ったら、分かってくれる?」普段控えめな〇〇ちゃんが、こんな時だけ真っ直ぐに俺を見て微笑む。ずるくない?そのキラキラした笑顔に、何度目か分からないトキメキを感じた。「ふふ、恥ずかしいね。こうやって素直に話すのって」「〇〇ちゃん、」大好き。呟いて、もう何度目か分からないキスをその唇に落とした。「……ん、」「〇〇ちゃん、好きだよ……」俺の言葉に、嬉しそうに笑って、わたしも、と返してくれるこの笑顔を、隣で一生見ていたい。あの日、あの時。凄いね、と俺を褒めてくれた初恋の女の子が、幼い俺の恋心をそっと灯してくれたように。これから先も、ずっとそばで ボクの心を 灯し続けてーーー。