「さっきの誰」
『さっき……?』
「エレベーターで一緒だったでしょ。茶髪の」
『……あ、橋くんのこと?』
「へぇ、橋くんって言うんだ」


会社の昼休み。

人が疎らになったデスクの奥で、
ちょっといい?と恋人である紫耀に声を掛けられた。

「結構仲良さげにしてたよね」
『そう?普通だと思うけど』
「何話してたの?出てきた時、凄い楽しそうだった」
『何って……』

なんだったっけ。

たまたまエレベーターが一緒になって、
なんとなく、その場繋ぎで話しただけ。

いちいち内容なんて覚えていないが、
それをこの嫉妬深い恋人に素直に伝えたところで、
効果が無いのは知っている。

『最近暑くて大変だよね、とかそんな話』
「それだけ?」
『うん。ほんとにただの世間話だよ』

疑れるようなことは何も無い。

しかし、覚えていないという事実を隠した小さな嘘。

これで、紫耀の気持ちをなんとか出来ると
彼のことを甘く見たわたしが悪かったのだ。










『……ッ、ん、……ぁ、』
「ほら、〇〇ちゃんと声抑えて。
鍵締めてないんだから、誰かに見られたらヤバイよ?」
『っゃ……しょ、……』
「んー?」
『…ごめ、なさっ………』

ねぇ、〇〇嘘吐いてるでしょ。

わたしの言葉に、確信を持ってそう返してきた紫耀に、
何も言い返すことが出来なかった。

「謝るってことは、やっぱり嘘だったんだ」
『ちがっ……そうじゃな、……ッゃ、』
「ん?なあに?」
『っしょぉ……おねが、…っ…きいて………』
「聞いてるって」
『ッゃあ……っ、』

だらしなく開いたシャツの隙間から、
ずらされた下着の内側を彼の手が這った。

一度こうなってしまえば、もう後戻りなんて出来ない。

嫉妬深い彼の逆鱗に触れ、何度もこうして体を開かれたことはあったが、
さすがに会社の一室……しかも鍵を掛けないままなんて
怖くて怖くて仕方なかった。

「〇〇」
『…っ……ん…、』
「……っはぁ、〇〇……」
『ッ……』

膝上丈のタイトスカートを、
無理矢理たくし上げた手が中に触れる。

その間も、休む暇なく重なった唇から強引に割って入った舌に口内を犯され、
抵抗する手を、一つにまとめて頭の上に押し付けられた。











「〇〇」
『………ッ』
「なに逃げようとしてんの。こっち向いて」
『っ…ゃ………』
「ねぇ、俺のこと見てってば」
『……っ、』
「……何で泣いてんの?俺のこと嫌い?」

やる事は全部強引なのに、
結局、こうやって弱いところを見せられるから逆らえない。

悲しそうに、ジッとこちらを見つめて揺れる瞳に、たまらなくなった。


『……しょう……』
「ん、」
『好きだよ、大好き……』
「…………」
『……紫耀のことだけが、好き………ッ、ん、』

言葉の途中で、グッと頭をに手を回され、再び唇が重なった。

「、〇〇っ……」
『んっ……ン、』
「好き、」
『……っ、』
「俺も、大好きだよ」

呟いて、優しく抱き締められれば、もう大丈夫。

わたしの肩に頭を埋め、
好き、好き、と譫言のように呟く彼の体を、力の限り抱き締めた。




















『紫耀のせいでまたストッキングダメになった……』
「ごめんて。また新しいの買ってくるから」
『そうやって言えばわたしが許すと思ってるんでしょ』
「別にそんな風に思ってないって」
『そもそも、今日のアレは本当にダメだからね!
会社で鍵も掛けずにあんなこと……』
「あれ、言ってなかったっけ」
『え、何を、』
「鍵。ちゃんと掛けてたよ」
『え……』
「当たり前じゃん。会社だし。
もし万が一誰か入ってきて〇〇のあんな可愛い顔見られたらって、
俺考えるだけで無理だから」
『…………』
「声聞かれるのもあり得ないし」
『…………』
「俺がその辺手抜くわけないでしょ」


『紫耀のばか………』
「ふはっ、俺に愛されてて嬉しいのと
無理矢理されて怒りたいのが戦ってんね」
『的確に解説しなくていいからっ!』
「あはは!〇〇かわい、ほんと大好きだわ」
『っ〜!』










時刻は日付が変わってからしばらく。

送りの車の窓から見上げた空は真っ暗なのに、
一瞬、え……と思うくらいの閃光が辺りを包んで驚いた。

「多分どっかに落ちましたね、今の」
紫「雷か………」
「うわっ」
紫「ッ!?」

今度はさっきよりも激しい閃光。
そして、その直後
バリバリッという轟音とともに土砂降りの雨が降り出した。

紫「すっげ……ゲリラ豪雨……」
「ですね、」
紫「この辺全部真っ赤じゃん、」

お天気アプリのレーダーは、
今この瞬間も上空を移動している雷雲の位置を教えてくれる。

予測では、このまま徐々に南下し、勢いを増したまま都心へ。

…………やばいな。〇〇の家のほうだ。









紫「……あ。もしもし〇〇?今家?」
『うん』
紫「20分くらいでそっち着くと思うんだけど、
今すぐ部屋の窓とカーテン全部閉めて待ってられる?」
『え?』
紫「なんならこのまま電話繋いだまま…………」

言葉の途中で、再び激しい閃光が辺りを照らした。

そして、その2、3秒後に遅れてくる破裂音。


あぁ、これは俺じゃない方がいいな。

思わず電話をミュートにしてしまったことを謝りながら、
訳が分からなそうに紫耀〜?と呼びけてくる〇〇に
また後でね、と告げて電話を切った。








紫耀から電話がきて、
訳も分からぬまま言われた通り窓を閉めていると
今度は、廉から電話がきた。

『もしもし?』
廉「おー今家やろ」
『うん』
廉「すぐ行くからこのまま電話繋いどって」
『え、今?』
廉「そう。 窓閉めた?」
『閉めたけど、』

紫耀も廉もなんなんだろう。

二人して急に家に来ると言い出すのも変だし
何より、窓の確認が気になる。

外になるかあるのかな、ともう一度そちらに視線を向けた時だった。







『…………そっか、』
廉「ん?」

真っ暗な空から、パラパラと降り始める雨。

そして、急に強くなった風の音に、
紫耀と廉からの唐突な連絡の意味を知った。

『ねぇ……あとどれくらいで着く?』
廉「もう5分もかからんよ」
『ありがとう好き』
廉「んははっ、やっすいなぁ」
『ねぇ一生のお願いだからなんか騒がしいの歌って』
廉「は?笑」
『Full Time Lover』
廉「やたらと発音良さげなん腹立つな笑」
『朝から晩まで Lovin'you〜』
廉「分かった分かった。もう着いたから鍵開けといてな」










廉「お邪魔しま………」
『廉っ!』
廉「っとぉ、!?……ビビるやん急に」

廉のタイミングがギリギリだった。

ドアを開け、勢い良く駆け寄れば、
それと同時に外から聞こえるゴロゴロという音。

あぁ、やっぱりコレのせいか。

疑問の答え合わせが出来たところで、
ぎゅうっと廉の肩口に頭を埋めるよう抱き付いた。

廉「大丈夫よ。もうドア閉めたから」
『ん、』
廉「部屋行こ。ここやと音聞こえるかもしれんで」
『うん、』







昔から、何故かやたらと苦手だった。

大きな音も、一人でいることも怖いわけではないのに。

どうしても、その音と閃光だけは、
感じるだけで体が拒否反応を起こして動けなくなる。


紫「〇〇、大丈夫?体は?」
『へいき……』
紫「うん。汗も出てないし落ち着いてんね。
これ俺の上着だから。頭から被ってな」
『ん、』

廉に抱き付いたまま
遅れて来てくれた紫耀の上着に視界を遮られる。

その間にも、段々と大きくなる外の音に合わせて
体が固まり、胸の音が激しくなるのを感じた。







『っ…………』
廉「大丈夫。俺も紫耀もおるから」
紫「うん。廉の心臓の音聞いてな」

言葉と同時に、
頭の後ろへ回った廉の手が、わたしのことを引き寄せた。

いつもそう。

予報があれば、必ずそばにいてくれる。

怖くて怖くてたまらないのに、
それすら言えないわたしのことを理解し、
優しく抱きしめてくれる彼らに、何度救われてきただろう。

『……れん、』
廉「ん?」
『しょうも……ありがとう、』

くぐもったその声は、
自分でも驚くほど小さくて情けなかったけど

返事の代わりに、ぽんぽんと優しく撫でられた頭に
ようやく少し緊張がほぐれて、心の底からホッとした。





紫「寝た?」
廉「おん。………大丈夫」

紫「おっきくなっても怖いんだな、」
廉「こればっかりはしゃーないやろ」
紫「廉が間に合って良かったわ。俺みんなに連絡してくる」
廉「あ、待って紫耀〇〇寝かすからドア開けて」
紫「おっけー」
廉「よ、……っと」
紫「てかそれ離せる?」
廉「どうやろ」

廉「………あかん。離れん」
紫「まぁそんだけガッツリしがみ付かれてちゃね」
廉「っし、同意の上やな」
紫「待て待て待てコラ」
廉「なんやねんおい紫耀まで入ってくんなてっ」
紫「廉だけ一緒に寝るのはちげーだろっ」
廉「狭い、!」
紫「俺も〇〇と寝る!」
廉「おいっ」