不在に対する折り返しは無し。
晴にも電話は繋がらず、ダメ元で話を聞いた海斗にも、首謀者は分からないと言われてしまった。
正直、自分がここまで他校のことに首を突っ込む必要はないと思う。
しかし、もしも自分の大切な友人が、誰かを傷付ける行為に深く関わっているとしたら。
取り返しが付かなくなる前に、どうしかして止めなければならないと思ったのだ。
「名前様、最後にもう一度お伺いいたします」
『なに』
「これは、本当に隠れて晴様の様子を見に行かれる為だけの変装ですね」
『だからそうだって言ってるでしょ』
「晴様のお姿を見る以外に、目的はございませんね」
『無い』
「分かりました」
時刻は朝の8時半。
本来向かうべき場所とは別の場所で、本来着るべきではない制服を身に纏ったわたしを、神宮寺は仕方なさそうに見つめてから溜め息を吐いた。
「くれぐれも、ご自身のことがバレませんようお気を付けて」
『うん』
「名前様」
『なあに』
「騙されて差し上げるのは、今回だけですからね」
永徳学園の制服に身を包み、伊達メガネを掛けたわたしに完璧なお辞儀をする神宮寺には、きっと一生敵わない。
『うん。ありがとう』
愛莉を見つけて、きちんと話をしたら帰るから。
本当の目的である彼女を探す為、何度か訪れたことのある校内で、C5専用のラウンジへ向かっている時だった。
『なにあの人だかり……』
数十人で、何かを囲むように集まっている生徒達の姿を見て、嫌な予感がした。
「ねぇ、危ないって」
「さすがにそれは……」
集まる生徒達の隙間から、微かに見えたのは制服のスカート。
その膝が地面に付いていることを考えると、明らかに普通ではない。
まさか。
最悪の事態を想定し、人ごみを掻き分けながら進むと、そこには、不気味に音を立てながら引きずられる金属性のバットを、怯えた表情で見つめる女の子の姿があった。
『ッ音ちゃん……!』
「………え……」
この際、話をするのは後でいい。
とにかく、今は彼女を守らなければ。
うずくまるその肩を抱き寄せ、こちらを見下ろす男子生徒を睨み付けた。
「誰だテメェ」
「その庶民と知り合いか?」
「そいつを庇うなら、お前も同罪だぞ!」
『………ッ』
言葉と同時に、どこからか飛んできた固い何かが頭に当たる。
反射的に一瞬閉じていた目を開けると、そこに落ちていたのは分厚い教科書。
あぁ、これが当たったのか。
理解すると同時に、酷い痛みが頭部を襲って、一瞬視界がぐらりと揺れた。
「………まさか……名前さん……?」
『………』
「っ……やめてよ!この人は関係無っ……!」
「うるせぇ!」
「っ………」
振り上げられた手から彼女を庇うように抱き締め、乱暴な男子生徒の腕を掴んだ。
『………最低ね、女の子に手をあげるなんて』
「……っ、なんなんだお前………」
『っ、』
しかし、抑えた手と反対の手で頬を叩かれ、掛けていたメガネは地面に落ちる。
ダメだ。
これ以上ここにいては、彼女もわたしも怪我をする。
正体がバレる前に、早くこの場を離れなければと、伏せていた頭を上げた瞬間。やめろ!という大きな声と同時に、人混みの隙間から現れた彼と目が合った。
「っ名前……!?」
それが、目の前で振り上げられたバッドへの制止の声だと気付いた時には、もう遅かった。
諦めて、ぎゅっと固く目を閉じ、衝撃に備える。
しかし、一秒、二秒、と。そのままいくら待っても訪れない衝撃に閉じていた目を開ければ、そこには、見慣れた真っ黒な燕尾服姿の背中があった。
「………だれ……」
突然現れ、その圧倒的な強さで襲い掛かってくる男子生徒達を倒していく姿を見て、音ちゃんが呟く。
「名前様」
「え……」
『…………』
「申し訳ございません……名前様」
カラン、と乱暴に投げ捨てられたバッドが音を立て、その場にいた全員が、わたしの前に膝をつく彼の姿を見て息を飲んだ。
「ねぇ、名前って……」
「待って、あの顔どこかで……」
「苗字名前…………」
「…………」
「ッお前、神宮寺………何で、」
「例え命に代えても、主を守るのが私の務めですので」
「、俺は………」
「音っ!」
神宮寺の腕に体を預けながら、辛そうに顔を歪める晴と目が合った。
ぼんやりと揺れる視界は、先ほど頭に当たった教科書のせいだろうか。
後から現れた天馬くんが、晴と何やら話している声を聞きながら、ふわりと浮遊感に包まれる体に目を閉じた。