神楽木晴は、大きな勘違いをしている。
「………あれ?」
「誰だお前」
名前のマネージャー兼執事である神宮寺さんに、無理矢理今回のことを聞き出したのは、彼女が珍しく仕事に穴を開けたから。
学校をサボって彼女が入院しているという病院までやって来ると、そこには、心配そうに彼女の手を握る神楽木晴の姿があった。
「えっと……どーも。平野紫耀です」
「平野……?」
「あー……名前とは同じ高校の先輩後輩で、仕事仲間です」
幼なじみなら、彼女の仕事のことは知っているはずだ。
まるで敵を見るように、威嚇ともとれる視線を向けてくる神楽木に、何をどう説明しようか迷っていると、彼は、それまで握っていた名前の手からゆっくりと自分の手を離し、俺と向かい合うように立ち上がった。
「………こいつのこと、よろしく頼む」
は?なにが?
訳も分からず言い逃げされる前にと、思わず、その腕を掴んで問いかけた。
「お前…………名前のこと好きなんじゃないの?」
『それは多分、幼なじみだからだよ』
晴がそばにいてくれた。
紫耀くんからその事実を聞いて、嬉しいと思うより先に苦しくなった。
『晴ね、好きな人がいるの』
愛莉と音ちゃんと、4人で出掛けて、よく分かった。
『最近出来たばっかりなんだけど、その人と一緒にいると、見たことない顔するんだ』
わたしといるより、あの子といる方が楽しそうで。
わたしを見るより、ずっと優しい目であの子を見ていた。
幼い頃から、嫌というほど一緒にいたのだ。
その視線が意味する事実に気付けないほど、わたしはもう子どもではない。
『晴にとって、わたしは一生ただの幼なじみ』
「………」
『それでも、他に好きな人が出来るくらいなら、別に良かった』
例え、ただの幼なじみだとしても。
それで晴のそばにいられるなら、他に望むものなんて無かった。
晴にとって、自分がただの幼なじみだと分かっていても。
それでも、わたしは、晴のことが大好きだったから。
『……ばかみたいでしょ…………』
そんな関係、一生続くはずなんて無いのに。
晴に甘えて、ずっとそばにいられると、自分が一番だと、馬鹿みたいな勘違いをしていた。
「名前」
『………っ、』
「やめよう。名前はバカなんかじゃないから」
涙があふれて、言葉に詰まる。
優しく手を握ってくれる紫耀くんにも、返す言葉が見つからなかった。
『っ……ぅ………』
「辛いね、」
本当は、婚約破棄なんてしたくなかった。
晴が誰を好きでも、ずっとその関係にしがみ付いていたかった。
けれど、そんな形だけの関係にしがみ付いていたって、晴を幸せには出来ない。
だから、他の人を好きになってしまった晴から目を逸らし、友達さえも裏切った。
自分が傷付きたくないから。
これ以上、別の誰かを思う晴の姿を見たくなかったから。
『…………好きっ、』
「うん」
『大好きなの………』
「ん、」
『………しょうくん、っ』
「うん」
『……好きで、好きで、………』
大好きで。
苦しい。
『っ………』
抱き締められた腕の中、何度も何度も繰り返した。
好き。
しんどい。
辛い。
大好き。
涙に邪魔され、途中声が詰まっても、それを包み込むように優しく受け止めてくれる腕の中で。
晴を思って、枯れるほどに泣いた。