「お前、さすがにアレは最低だぞ」
「…………」

江戸川と名前がいなくなった部屋で、海斗が小さく呟いた。

自分でも分かってる。
一人で勝手にムシャクシャして、何も悪くない名前に八つ当たりした。

けれど、分かっていたところで、止められなかったのだ。


「そもそもお前は、何をそんなに苛ついてる」
「別に苛ついてなんか、」
「じゃあ何で名前にあんなこと言った。分かってるだろ、名前が平野紫耀と何もないことくらい」
「あんだよ」
「は?」
「だから、あの二人はもうなんかあんだよ」


思い出すだけで腹が立つ。

笑顔も、泣き顔も。
アイツの全ては俺のものだったはずなのに。

一体どこでその全てを奪われたのか。

考えるだけで、気が狂いそうだった。


「お前………」
「………」



病室で、静かに眠る名前の手に触れた。


"もっと周りをよく見てよ"


愛莉のその言葉を裏付けるように、優しく包み込んだ手は思ったよりずっと細くて。力を込めれば、今にも折れてしまいそうだった。


「名前………」


お前、いつの間にこんなに痩せたんだ。

血色の悪い顔だって、今回だけのせいか?


苦しそうに、顔を歪めてうなされる名前の頬を撫でながら、ふと思った。


『………っ…』
「…………」


俺は、いつからこいつの笑顔を見ていないんだろう。


小さい頃は、もっとよく笑う奴だった。

俺の言葉に笑って。
俺のすることに笑って。

いつも笑顔で、隣にいてくれた。


そんな名前が、一緒いてもあの笑顔を見せてくれなくなったのは、一体いつからだったのか。

答えの出ないそんな問いに泣きたくなった頃。俺は、名前を訪ねて来た知らない男に、したくもない頼みをした。


婚約を破棄されたのは、おそらくあの男のせい。

俺がきちんと名前に向き合わなかったせいだと、すぐに後悔した。


きっと、名前が目を覚ます頃には、アイツが俺のいた場所で、俺に出来なかったことをするんだろう。

もしもアイツが既に名前の恋人なら、例えば、名前のことを抱きしめて、優しく頭を撫でたりするんだろうか。


「……チッ………」


想像するだけで、吐き気がする。


しばらく名前に会うのはやめよう。

そう思ったのに、結局心配で翌日も病室に来てしまった俺を待っていたのは、信じたくない光景だった。


『…………好きっ、』
「うん」


呟いたのは名前。


『大好きなの………』
「ん、」


それを抱き締めていたのはアイツ。


『………しょうくん、っ』
「うん」

「…………」


あぁ、そうか。

そんなに好きだったのか。

俺の知らない名前の気持ちを知った瞬間、何もかもがどうでもよくなった。



「アレか。心配した大好きな恋人に会いに来てもらえて、むしろ感謝してるとか?」


違う。


「良かったな。平野………なんだっけ?忘れちまったけど、ベタベタイチャイチャできてよ」


そんなこと、これっぽっちも思ってない。


「お前には関係ねぇ」


本当は今まで話せなかったことも含めて、名前には、伝えたいことがたくさんあるのに———。



『……晴なんか、だいっきらい、っ———』


あぁ、最低だ。

また傷付けた。

涙を浮かべて、掠れる声で必死にぶつけられたその言葉に、胸がえぐられる様に痛んだ。