「———で、誰にも会いたくないって、お見舞い全部突っぱねたんだ」
『………うん』


病み上がりに無理をしたせいで、入院期間がさらに伸びた。

倦怠感はだいぶマシになったものの、下がらない微熱は自業自得だろう。

お昼の薬を飲み終わったところで、再び会いに来てくれた紫耀くんに、わたしは昨日のことを全て話した。


「でも良かったじゃん。めちゃくちゃ心配してくれてるよ」
『どういうこと、?』
「ほら」

頭まで被った布団を少しだけ下げれば、何故か我が物顔でわたしのスマホを見ていた紫耀くんが微笑む。

「通知凄いよ。神楽木晴なんて分刻みじゃん。相当心配なんだろうね」
『だから、それは幼なじみだからで、』
「はいはい。なんか食べる?お腹減ったでしょ」
『いらない』
「いらなくてもなんか食べないと、体治らないよ?」

ほら、と。老舗洋菓子店の袋から取り出されたフルーツいっぱいのゼリーを見て、先ほどまで消え失せていた食欲が少しだけ顔を出した。

「どれにする?名前桃好きだったよね」
『……うん』
「じゃあはい」

付属のスプーンと一緒に手渡されたゼリーを受け取り、ベッドの横に腰掛ける紫耀くんに、ありがとうと呟く。

それを見て、彼がどうぞ、と優しく笑った瞬間だった。


「ちょっと名前!」
『、!?』
「どういうことよ!お見舞いいらないって!」
『あ、愛莉…………』

相変わらずの勢いで病室のドアを開け放った愛莉が、わたしと紫耀くんの間に割って入った。


「愛莉のせいでこんな事になってるんだから、ごめんねくらい言わせなさいよ!」
「え、めっちゃ強引」
「誰アンタ」

黙々とゼリーを食す紫耀くんの方へ、愛莉が振り向く。

「平野紫耀。IT大手×××会長の息子で、名前の仕事仲間だ」
「おー、正解」
『晴……』

いつの間にそこにいたのか。
病室の壁に寄り掛かり、こちらを睨むように腕を組んでいる晴は、パチパチと手を叩く紫耀くんの笑顔に舌打ちをした。

「別にそんなことどうでもいいけど」
「ひどっ。そっちから聞いたのに」
「名前、体はもう平気?熱は下がった?」
『あ、うん……微熱はまだあるけど、』
「ガン無視かよ」

強引な愛莉の質問責めにあいながら、むすっと頬を膨らます紫耀くんの姿に少しだけ笑ってしまった。


聞けば、二人はこれから一茶が行う花道のイベントに見に行くらしい。

確か数日前に本人がそんなことを話していたなぁ、と思い出すわたしの横で、相変わらず遠慮の無い愛莉が、ベッドに座ったままだったわたしの腕を掴んだ。

「名前も行くでしょ?」
『え、』
「愛莉、名前がいないなら行かないから」
『えっと………』

この子は、まだわたしの微熱が残っているという話を聞いていなかったのか。

「おい愛莉、お前いくらなんでも強引だぞ。少しは名前の体のことも考えろ」
「えぇ〜 だって元々ただの検査入院でしょ?微熱なんてパーッと騒いで楽しんだ方がむしろすぐ治るって!」
「アホか」
「はあぁ!?晴にだけは言われたくないんですけど!」
「んだと?」
「愛莉は今名前と話してるんだから、入って来ないで!」
「っな………」
「ね?名前いいでしょ?名前が来ないと、愛莉女の子一人なんだよ?それに、今回のことで名前にはたっくさん迷惑掛けたから、ちゃんとそのお詫びもしたいの」
『愛莉………』
「ダメ?」

下からのぞき込むように、可愛らしくお願い、なんて言われてしまえば、これ以上わたしに断るという選択肢は残っていなかった。


『………熱、少し引いてたら行こうかな』
「ほんとに!?」
『うん。イベントには行きたいし』

やったー!と喜ぶ愛莉の横で、朝依頼の検温が示したのは平熱の少し上。

しばらく寝て、お腹に物を入れたせいもあるのかもしれないが、愛莉の言う通り微熱くらいならパーッと騒いで楽しんだ方がいい、というのは、あながち間違いではないのかもしれないと思った。