これから、晴とどう接しよう。

いくら婚約を破棄したからと言って、幼なじみであり、家族ぐるみの付き合いである彼とは、これからも縁が切れることは無い。

例えば、晴の恋が成就し、もし結婚なんてことになれば、それを見届けるのも避けることは出来ないだろう。

『…………はあぁ……』

憂鬱な現実に目を伏せ、一人深い溜め息を吐いた。


「まーた神楽木晴のこと?」
『ん〜……』
「ひっどいなぁ。今は俺と話してんのに」
『ダメって言っても無理矢理かけてきたのはそっちでしょ』
「だって、お風呂上がりって言うから。ビデオ通話にしていい?」
『切るよ』


イベント会場に併設されている、宿泊者向けの露天風呂。
愛莉に誘われ、二人で入浴したところまでは良かったのだが、その後なかなか寝付けず、もう一度別の温泉に入り終えたところで、電話を掛けて来たのは紫耀くんだった。


「いいなぁ。露天風呂。この時間なら独り占めでしょ?」
『うん。凄い気持ち良かったよ』
「俺も入りたいわー。ねぇ今度一緒に旅行行こ」
『温泉に?』
「うん」
『嬉しいけど紫耀くんそんな時間ないでしょ』
「何言ってんの。名前の為なら作るよ」
『ふふ、ありがとう』

その言葉が嘘か本当かは分からないが、わたしの為に何かをしてくれようとする彼の言葉は、ただ純粋に嬉しかった。


思えば、中学生の頃にモデルを始めたわたしにとって、当時から一緒に頑張っていた紫耀くんは、良き理解者だった。

仕事だけではなく、晴のことで落ち込んだ時も。学業のことで悩んだ時も。いつもさり気なく話を聞き、わたしのことを励ましてくれた。


『ねぇ紫耀くん』
「ん?」
『ありがとうね』

わざわざスピーカー設定にしているのに。
小さく呟くと、途端に黙り込んでしまった紫耀くんに、少しだけ照れ臭くなった。

『………ちょっと、』
「ふは、ごめんって。急に改まるからさ」
『温泉、せっかく一緒に行こうと思ったのに』
「え!マジで!?」

先ほどの沈黙とは打って変わって、大きく響く紫耀くんの声。


『ふふ、一緒に行ってくれる?』
「当たり前じゃん!」


恋愛的な意味で、好きな人ではない。

しかし、話していると楽しくて、いつの間にか晴のことも忘れられる。

そんな彼と一緒にいれば、いずれは、この辛い胸の痛みも消えてくれるんじゃないかと思った。


「ふは、やっば〜!めっちゃ楽しみなんだけど」
『うん、わたしも』
「場所どこがいい?あんまり遠出は出来ないだろうけど……」
『あ、ごめん紫耀くん。人来た』


静かな脱衣所に、入口の戸を引く音。

スピーカーにしていたスマホを手に取り、ごめんなさい、と小さく謝ろうとした時だった。


『…………ぇ、』


振り向いて、そこにいた人の姿に言葉を失った。


「名前………?」


何で。

どうして晴がここにいるの。