これは、恋だと思った。
お前は、江戸川音に恋したんだ———。
あの日、海斗にそう言われ、初めての感情に戸惑いながらも、妙にしっくりきたのを覚えている。
幼い頃から、長い時間を共にしてきた名前への安心感。一緒にいると、ホッとして落ち着ける、唯一無二の場所。
そんな名前への信頼とはまた違う、感じたことのない緊張や高揚。
このワクワクが海斗の言う恋だというのなら、俺は確かに江戸川に恋をしているんだと思った。
毎日がキラキラと輝いて、江戸川に会えると思うだけで嬉しくなる。
しかし、そんな俺の恋をいとも簡単にぶち壊したのは、いつもそばにいた名前の一言だった。
『わたしと晴の婚約を、解消してほしい』
ある日突然、そう言って俺に頭を下げた名前は、全く笑っていなかった。
冗談だろ。
喉元まで出かけたその言葉が発せられなかったのは、名前が、それだけ真剣だったから。
『好きな人と、結婚したいの』
あぁ、ふざけているわけではない。
名前は、本気で俺との婚約を破棄する気なんだと理解した瞬間、頭が真っ白になった。
この数日、何してたんだよ。
晴に使ってた時間、好きな人に使ってるの。
動揺がバレてしまわないよう、必死に投げかけた言葉に、そう言って笑う名前の姿が、知らない誰かのようだった。
そして、嫌でも理解する。
今まで、ずっとそばにいてくれた彼女は、もう本当に、俺ではない別の誰かに恋をしているんだと。
いずれは俺の隣にいてくれることが決まっていた名前が、初めてどこか遠くに行ってしまうような気がした。
俺なんて、婚約者という縛りが消えれば、ただの幼なじみでしかない。
名前の特別は、もう俺ではない。
その事に気付いて、名前にどう接していいかも分からないまま、最悪の形で、知りたくもない現実を突きつけられた。
『…………好きっ、』
『大好きなの………』
俺のいないところで、俺ではない誰かにすがり、泣いていた名前。
晴、大好き。
そこまで積極的ではない名前が、それでも、恥ずかしそうに笑ってくれるのが好きだった。
照れ臭くて、一度も「俺も」なんて返したことは無かったけど、当たり前に同じ気持ちだった。
俺だって、名前のことが大好きだった。
『…………好きっ、』
「うん」
『大好きなの………』
「…………」
『………しょうくん、っ』
「………っ」
苦しくて、悔しくて。
今にもその腕を引っ張って、連れ出してしまいたいのに。
それが彼女の望んでいることではないと知っているからこそ、何も出来ない。
こんな感情、初めてだった。