『晴……何言ってるの。だって晴は……』
「江戸川音が好きだ」
『うん。知ってるよ……だから、』
「でも名前だって特別だ」
『ぇ……』
そう言って、ジッとこちらを見つめる晴から目が逸らせなかった。
「17年だぞ」
『え……?』
「17年。だって俺達は生まれた時から、婚約者だったんだ」
わたしも晴も、物心ついた頃からお互いが一緒になることを知っていた。
晴くんと結婚して幸せになってね。
晴が晴だと分かるようになった頃には、母からそう言って2人一緒に頭を撫でられた。
それが、わたし達の当たり前。
だからだと思う。こうして、その当たり前が無くなろうとしていることに、晴は、きっと怯えているのだ。
「名前、俺は、」
『嫌いは取り消す』
「え……」
『嫌いじゃないから、もう間違ってあんなことしたらダメだよ』
幼い頃から、ずっとそばにいた弊害だ。
晴にとって、もはや家族のような存在であるわたしが急にいなくなってしまえば、不安になるのは当然だろう。
不器用で甘え下手な晴らしい、最低最悪なわがままだと思った。
『じゃあ、またね』
これで晴が納得してくれたかどうかは分からない。
しかし、足早にその場を離れようとするわたしに、晴はおかまい無しだった。
「お前、あの男と結婚すんのか」
『………』
あの男というのは、きっと紫耀くんのこと。
「アイツ、お前のことちゃんと守ってくれんのかよ」
『さぁ』
「さぁって、そこはちゃんと守ってくれる奴じゃねぇと、俺が納得出来ねぇだろうが!」
『…………』
「つーか、まずアイツはお前のことちゃんと分かってんのかよ」
『どうだろうね』
「はぁ?どうだろうねって、お前そんな程度の奴と結婚する気なのかよ!」
そもそも、紫耀くんと結婚するつもりなんてない。
晴が勝手に勘違いしているだけなのに、どうしてそこまで言われなくちゃならないんだろう。
『晴』
「おう」
歩くのを止め、仕方なく立ち止まる晴に視線を合わせる。
『婚約者だったのは、昔の話』
「え……」
『わたしの人生に、もう晴は関係ないんだよ』
本当は、まだ正式に決まったわけではない。
しかし、こうでもしないと、晴はずっとわたしのそばから離れてくれないと思ったのだ。
「婚約………もう無くなったのか」
『うん』
「じゃあ、俺はお前の………」
『ただの幼なじみ』
だから、もうわたしに縛られなくていい。
最後に嘘を吐いて、ごめんね———。