「おー、可愛い!」
『ふふ、ありがとう』


さすがに温泉は無理だったが、気分転換にデートでもしない?と、紫耀くんが声をかけてくれた。

互いに仕事と学業を両立している身だ。デートと言ってもほんの数時間くらいしか一緒にはいられないが、それでも、今のわたしにはありがたいお誘いだった。


「ていうかさぁ、ちゃんと変装して来なって。俺ら一応人気モデルなんだよ?」
『わっ、』
「それあげるから、一生被ってな」
『でも、それじゃあ紫耀くんが、』
「俺はどーせ新しいの買おうと思ってたから」
『……いいの?』
「その代わり、選ぶの手伝ってね」

ニコリと笑って、わたしの目元まですっぽり覆い隠してしまった帽子を整えてくれる紫耀くん。

その優しげな笑みにホッとしてうなずくと、当たり前のように車道側を歩いてくれる。


「ふはっ、良い食べっぷり」
『だって、これおいしくて』
「そっか。良かった」

お昼は、どこにでもあるチェーン店で、普通の高校生と同じようにランチをした。

「デザートは?名前桃好きだったよね」
『うん』
「こっちは?期間限定のもあるけど」
『紫耀くんわたしがメロン嫌いなの知ってて言ってるでしょ』
「ふはっ、ごめんごめんそんな怒んないでよ笑」

ふざける紫耀くんに、怒ったふりをして笑い合った。

「ん。俺のも食う?」
『いいの?』
「はい……………なんちゃって〜!」
『あっ、!いじわるー!』

思えば、こんな風に人目も気にせずはしゃぐなんて、数年ぶりのことだった。































「思ったより元気そうだね」
『え、』
「ちょっと安心した」


夕方。2人でいくつかの店を回った後、訪れたカフェのテラスで、紫耀くんが唐突にそう切り出した。


「名前、もしかして俺がなーんにも気付いてないと思ってた?」
『…………』
「ふはっ、その顔は図星だろ。知ってたよ、どうせまた晴くんとなんかあったから、俺の誘いに乗ってくれたんでしょ」
『それは、』
「ん?」

違う。

こちらを見つめて、全てを見透かしたように笑う紫耀くんには、嘘が吐けなかった。


「名前って、ほんと分かりやすいよね」
『ごめんなさい……』
「別に謝ってほしいわけじゃないよ。最初から分かってて来たし。………話さないの?」
『…………』
「言いたくないなら、別に何も聞かないけど」

カラン、と紫耀くんがかき混ぜたアイスコーヒーの氷が音を立てる。

どうせならセットにしよっか、と2人で飲み物と一緒に頼んだケーキは、どちらもわたしの好きな物だ。


『凄いね、紫耀くんは』
「ん?」
『わたし、こうやっていつも話聞いてもらってる』

自分から言わなくても、彼が全て察してくれるから。

口に出しずらい相談も、時にはわがままも。

全部先回りして、彼がわたしに合わせてくれるから。


「そりゃあね。好きな子の話だもん」
『うん、』
「いくらでも聞いてあげるよ」
『うん、好きな子…………』

そう、紫耀くんの好きな子……………。

『…………え、』
「ふふ、気付いた?」
『……!』


ハッとして顔を上げると、そこには、いつもと変わらぬ笑顔でわたしを見るめる紫耀くんの姿があった。


『ま、待って………それってどういう、』
「女の子として好き」
『え 、』
「名前のことが好きだから彼女になってほしいって思ってるし、なんなら今も可愛いな〜って思ってる」
『………っ』

戸惑うわたしはお構いなしに、そう言ってニコニコと笑いながら距離を詰めてくる紫耀くんに顔が熱くなった。


「ふはっ、ごめんごめん、さすがにやりすぎたね」
『っ、紫耀くん、!ふざけてるなら、』
「からかったのは謝るけど、好きなのは本当」
『………っ』
「ずっと、本当に好きだったんだよ」

こうして紫耀くんに言われるまで、わたしは何も知らなかった。


「名前が神楽木晴のこと好きなのは知ってたし、そもそも婚約者なんて言われたら勝ち目ないじゃん?だから言う気も無かったし、名前がアイツのばにいて幸せなら、それを応援しようと思ってた」
『紫耀くん………』
「けど、アイツは名前じゃない子を選んだんでしょ」

誰かに言われて、改めて胸をえぐられるような事実。

その抗いようもない現実に、ギュッとテーブルに置いていた手を握ると、ゆっくりとその手に自らの手を重ねた紫耀くんが、こちらを見つめる。


「苗字名前さん」
『………はい、』
「好きです。俺と付き合ってください」


例えば、晴ではない別の誰かを好きになる未来は、一体どんな世界だろう。


『紫耀くん…………』
「ん?」


温かい。

握られた手から確かに伝わる温もりに、今まで感じたことのない安心を覚えた。


冷たく、突き刺さる様な痛みはどこにもない。


ただ、真っ直ぐ包み込むように向けられる温かい眼差しに、何故だか無性に泣きたくなった。


『わたし………まだ晴のこと、』
「知ってる。それでもいいよ」
『けど………』
「それでも、俺が名前と一緒にいたいから好きだって伝えたの。それくらい、俺にとって名前は特別だから」


この人となら、幸せになれるかもしれない。

もしかしたら、晴以上に好きになれるかもしれない。


辛い時も、苦しい時も。

こうしていつもそばで支えてくれた紫耀くんの優しさを思いながら、重ねられた手を握り返した。


『ありがとう、紫耀くん』



わたしで良ければ、付き合ってください。


静かに告げると、噛み締めるようにうなずいた紫耀くんが、優しくわたしを抱き締めてくれた。