晴が何を言っているのか、よく分からなかった。



『………………なに、言って……』
「好きだからだよ」
『……はる、と………?』
「俺は、お前のことが好きだ」

そう言って、ゆっくりと離された体が晴と向かい合う。


一瞬の沈黙。

そして、無意識にこぼれ落ちた涙は、再び晴の指に拭われる。


「…………んで泣くんだよ、」
『……だって、っ………』
「ほら、また言った」

困ったように眉を寄せ、見たこともない優しい表情で笑う晴の姿に涙が出た。


真っ直ぐ、こんな時でもきちんとわたしの目を見て話してくれる晴の視線が、自分に向いている。

今まで、どんなに願っても叶うことのなかったその事実が、目の前にあるのに。


晴の言葉が、何より嬉しいはずなのに。


『……なんで、…………』


どうして、今なんだろう。



ずっと、ずっと好きだった。

物心ついた頃から。

わたしの手を引いて、わたしの隣を歩いてくれる晴のことが大好きだった。


「名前」
『……っ……はると……』
「好きだ」
『……ッ………』
「ずっと、頭の中はお前のことばっか。何してても、ここに名前がいればいいのにって………会いたいって考ちまう」

同じだった。わたしと。

晴に恋をしていた頃のわたしと変わらない、その真っ直ぐな思いに胸が痛んだ。


「名前に好かれるにはどうしたら良いか。どうやったら触れられるか。もう一度、お前の隣にいる為にはどうしたらいいか。…………好きで好きで……たまらない」


名前。

呟かれる名前が、耳元で響く。


「本当に……本当に、大好きだ」


今まで、何度晴にそう言われることを夢見てきただろう。


『……………ありがとう』


気付いたら、好きな人だった。

婚約者という言葉の意味を理解するよりも早く、晴がわたしの好きな人になった。


「名前、」
『ありがとう、晴………』

最後に、好きだと言ってくれて。

ずっと、ただの幼なじみだったわたしを、好きになってくれて。


例えそれが一時的な何かであっても、その一言が聞けただけで、もう充分。


『晴………わたしね、ずっと晴のことが好きだったよ』
「え………」
『晴と同じ。大好きで大好きで、どうにかなりそうだった』

一方通行で、報われない思い。

それでも、そばにいられるならと幼なじみであることを選び、泣いて。

でも、もうそんな片思いもおしまい。


『わたしね、紫耀くんと婚約するの』
「………ぇ」

今度こそ、嘘や建前ではない。
紫耀くんからの告白を受け入れ、きちんと2人で話し合った結果だ。
両親にも相談し、晴側のお父様お母様へも、きちんと事情は説明した。


「本気、なのかよ………」
『うん』
「お前、本気でアイツのこと好きなのかよ、」
『………うん』

本気で、好きになろうとしてる。


『だから、もうこれで終わり』


頬に添えられていた晴の手へ、自らの手を重ねる。

『晴………』

一生懸命で。努力家で。

いつも真っ直ぐだった晴に、わたしは、ずっと恋をしていた。


『ありがとう』


晴、


『大好きだったよ』