生まれて初めて、晴以外の男の人と手を繋いだ。
「えぇ!紫耀くん、ついに名前と付き合い始めたの?!」
「そー」
「ほんとに?!おめでとう!良かったね!紫耀くんずっと名前のこと好きだったもんね!」
『ずっとって……ほんとにずっとだったんだ』
「やめてその顔恥ずかしいから、笑」
恋人同士になってから初めての現場で、モデル仲間の友人にからかわれる紫耀くんの顔は少し赤かった。
「いいな〜二人とも。めちゃくちゃ仲良しでうらやましい」
『めぐみは?この前気になる人が出来たって言ってたよね』
「よくぞ聞いてくれました!」
あのね!と嬉しそうにわたしの耳元へ顔を寄せたその子は、コソコソと内緒話をするように教えてくれた。
「西留めぐみ……この度、好きな人ができました!」
「ふーん……まぁ名前がそう決めたなら何も言わないけど」
『え………』
「なにその顔」
『や、だって……』
紫耀くんと付き合うことにした。
放課後のラウンジで、意を決してそう告げたわたしに、愛莉は、はぁ、と溜め息を吐いた。
「なんとなくそうかなって思ってたし」
『そうなの……?』
「うん。だって晴、様子おかしかったもん。海斗が煽ったとはいえ、急に庶民狩り再開するとか言い出してさ」
『え、』
「きっと相当堪えてんのね。名前のこと」
頬杖をつき、ジーッとこちらに視線を寄越す愛莉から目を逸らした。
音ちゃんと出会ってからは、しばらく行っていなかったはずの庶民狩り。
あんな横暴な弱い者イジメを、再び晴が主導しているなど信じたくはないが、愛莉が言うのだ。嘘ではないだろう。
「で、どうするの?会ってく?晴に」
『ううん、今日はいい』
「そう言ってずっと会わないつもりでしょ」
『それは………』
「まぁいいけど。今会っても、二人ともちゃんと話出来なそうだし」
返す言葉も無かった。
黙り込むわたしに、もぉ〜と仕方なさそうに笑ってくれる愛莉と別れ、一人永徳の敷地を歩く。
きっと、もうしばらくここに来ることはないだろう。
見慣れた大きな正門の前に差し掛かったところで、改めて大きな溜め息を吐くと、次の瞬間「あ!」という声と同時に、肩を叩かれた。
「やっぱり名前だ!何で?どうしてここに?」
『あれ、めぐみって永徳の生徒だったっけ?』
「最近転校したの!」
『そうなんだ』
指定の可愛らしい制服に身を包み、そう言って嬉しそうにわたしの手を取る彼女に首をかしげる。
「ねぇ!この後暇?」
『ん……?』
「実は今日ね、仕事で登校出来なかったから、せめて好きな人の顔だけは見に来ようと思って」
『この間言ってた人?』
「そう!もう超超カッコイイんだよ!」
『ふふ、そんなに凄いんだ』
「凄い凄い!悪いけど紫耀くんよりカッコイイから。時間あるなら名前も会いに行こうよ!」
『え、』
「せっかくだから名前のことも紹介したいし!」
普段から少し強引なところがある子だ。
断るのも面倒だと言われるがままに着いてきてしまったことを、わたしは、すぐに後悔することになる。
「あ、いたいた!」
『え………』
たどり着いたのは、先ほどまでお邪魔していたC5のラウンジ。
数分前には愛莉しかいなかったその場に、今はメンバー全員が揃っていた。
「晴くん!晴くんこんにちは!」
「またテメェかよ、鬱陶し…………ぇ……」
振り向いた晴と目が合った瞬間、今まで嘘のように穏やかだった心が、ざわざわと音を立てた。
「こちら苗字名前ちゃん!わたしのモデル仲間で、友達なの!」
「…………」
「可愛いでしょ?さっきそこで偶然会ったから、晴くんに紹介したくて連れて来ちゃった」
晴を含む、その場にいた全員の表情が一瞬にして曇る。
「………あれ?これって、どういう空気?」
何も知らない彼女だけが、不思議そうに首をかしげていた。
「………部外者を勝手に校内に入れんな」
「えぇ〜いいじゃん友達くらい」
「良くねぇ。さっさと連れてけよ」
一度逸された視線は、もう重ならない。
晴は、立ち尽くすわたしのことなど見えていないように、黙ってその場を後にした。
これが、わたし達の結末。
自分で選んだ結果なのだと痛感した。
「あんま気にすることないよ。晴、ちょっと拗ねてるだけだから」
『うん、』
「あれ?みんな名前と知り合い?」
「言っとくけど、アンタなんかよりずっと仲良いから」
「え、そうなの?!」
「そうよ。だって愛莉達、幼なじみだもん」
ね?と、わたしの腕に自分の腕を絡めながら言う愛莉にうなずく。
「てことは……晴くんとも?」
「当たり前じゃない」
その言葉を聞いて、ほんの一瞬黙り込んでしまった彼女に、どうしても罪悪感が沸いてしまった。
『ごめん、めぐみ、』
「変なの。何で名前が謝るの?」
『それは……』
「ただの幼なじみなんでしょ?むしろ嬉しいよ。だって、わたしの好きな人が友達の幼なじみって凄い偶然じゃない?」
『うん、』
きっと、ただの幼なじみじゃないことなんてバレている。
それでも、無理に干渉せず明るく振る舞ってくれる彼女に、これ以上何も言うべきではないと口を噤んだ。
めぐみは良い子だ。
そばにいれば、きっと晴もそのことに気付くだろう。
家柄だって問題無い。
いつかわたしのいた場所に、彼女がいるようになる未来。
そんな不確かな想像で胸が痛くなるくらいには、まだ晴のことが忘れられない自分に嫌気が差した。