知ってはいても、可能性は引低い。
いてもなんと声を掛ければ良いのか。
今さら、わたしが行くべきなのか。
肌寒い夜道を駆けながら、何度も止まりそうになる足を進めた。
晴とわたしの家から、そう遠くない場所にあるお屋敷。家と言うには、あまりにも不釣り合いなその屋敷を、晴は、ただ静かに見つめていた。
「……………」
近付くと、足音に気付いた晴が振り返る。
しかし、そのまま交わった視線はすぐに逸らされ、晴は、まるでわたしなど見えていないように静かだった。
『晴、』
「…………」
『めぐみが心配してたよ』
「………」
『連絡してあげて』
「………後でな」
呟き、それでも動こうとしない晴の顔は険しい。
『晴………』
「………るせぇな。お前には関係ねぇだろ」
『………確かに。関係無いね』
自分から突き放しておいて。こんな時ばっかり、優しいフリをしてそばにいる。
晴の気持ちも考えず、自分の為だけにここへ来てしまったことを、今さらながらに後悔した。
『晴』
「…………」
『ごめん。きっと、これも晴には関係ないんだけどね、』
顔を見て、ちゃんと伝える為には、もう今しかないと思った。
『わたし、夏になったらパリに行く』
『交換留学?』
「そう。ずっと話来てたでしょ」
『来てた……かもしれないけど全然行く気無かったから、』
「ふは、そんなことだろうと思った」
数時間前。少し話したいことがあると家に来ていた紫耀くんが見せてくれたのは、わたし達の通う学園にある、留学制度についてのパンフレットだった。
「短期だから、多分半年以内には帰れると思うけど」
『モデルの仕事は?どうするの?』
「続けるよ。向こうで出来ることだってたくさんあるし、むしろそっちの分野なら日本より進んでるでしょ?」
『そっか、』
「今まで通り、全部同じようにって訳には行かないと思うけど、チャンスがあるなら、俺はもっと広い世界を見てみたい」
だから、一緒に行かない?
突然そう言われて戸惑ったが、良かったら考えてみて、と真剣に誘ってくれる紫耀くんの気持ちが嬉しかった。
行く理由がなかった今までとは違う。
行って、少しでも自分の為になる経験が出来るなら。
傾きかけた留学への返事をする前にここへ来てしまったが、逆にそれで良かったのかもしれない。
「……………好きにしろよ」
『うん』
静かに告げると、晴は一瞬だけ驚いたようにこちらを見たが、すぐに視線を戻して黙り込んだ。
行くな。なんて、今さら言ってくれないことは知っている。
だって、晴には、もうそんなことどうでもいいはずだから。
『晴』
「………なんだよ」
『じゃあね』
最後に、きちんと突き放してくれて良かった。
中途半端なまま、晴に気持ちを残していくのが怖かったから。
『最後に、一つだけ話してもいい?』
「……お前今じゃあねっつったよな」
『うん。でも、これでほんとに最後だから』
こちらを見て、少しだけ表情を緩めてくれた晴に微笑む。
『晴は、ずっと晴でいてね』
「は…………?」
最後に、伝え忘れることがないよう、震えそうになる声を必死に隠した。
『完璧になろうと、もがいて、悩んで、必死に頑張ってる。それが晴の良いところだって、わたしは知ってる』
「……………」
『なのに、そうやってずっと頑張ってきた晴のこと、分かってあげられなくてごめんね』
例えば、学園の為に奔走する姿も。
常に完璧であろうと努力する姿も。
そばで見ているだけじゃなく、もっと近くで、支えてあげられれば良かったのに。
「名前…………」
『晴は、晴らしくいれば大丈夫だよ』
きっと、そんな晴の姿を見て、味方になってくれる人はたくさんいる。
『ずっと、応援してるから』
だから、わたしも頑張るね。
『ばいばい、晴』
最後に、一度でも名前を呼んでくれてありがとう。