紫耀くんとのことは、本当に傷付いた。

信じてくれると思っていた人が、自分を信じてくれなかったこと。
例えそれが肉親を庇う為の情だったとしても、わたしにとっては、受け入れ難い現実だった。


「名前」
『ん?』
「お前もんじゃ焼きって知ってるか」
『うん、知ってるけど』
「え。」


辛くて、苦しくて。

あのたった一瞬で、自分が世界の全てから見放されたような気さえしていた。


しかし、そんな絶望の中でも、ただ一人、わたしの希望になってくれたのは晴だった。



『好きなの?もんじゃ焼き』
「べ、別に!俺はあんな庶民の食い物なんて、」
『あれね、色々種類があるんだよ。知ってる?お餅が入ってるのとか、めんたいチーズとか』
「め、めんたい……?」
『うん。ちなみにわたしは、海鮮が好きなの』
「そ、そうか」
『なんか、話してたらお腹空いちゃったね』


本当は、このまますぐ家に帰ろうと思っていたが、今日一日くらいは、あと少しだけ晴の優しさに甘えても良いだろうか。


「ふん、仕方ねぇな。なら俺の一押しの店に連れてってやるよ」
『ほんとに?』
「おう!」


嬉しそうに、そう言ってわたしの前を歩く晴と久しぶりに笑い合った。



「っ!?あっちぃ!」
『あははっ、いきなりはダメだよ、火傷しちゃう』
「もうしてるっての、!くそっ、」


小さなテーブル席で向かい合い、たった数百円のもんじゃ焼きを囲むこの時間が、一皿数千円のコース料理を食べている時よりずっと楽しかった。


「お前も食えほら」
『やっ、待ってそれ今取ったばっかり、!』
「いいから!」
『!っ、あちゅ…!』
「ッははは!……ってぇ!」


のけぞるほどに笑って、テーブルに膝をぶつけた晴に、わたしも笑う。

追加、追加で。結局その後5種類のもんじゃ焼きを平らげた頃には、わたしも晴も笑い疲れてへとへとだった。



本当は、まだ帰りたくない。
今にも口をついて出そうになる本音を抑えながら、これ以上晴を縛ってはいけないと、お互いの家へ続く別れ道で立ち止まった。



『晴』
「ん?」
『ありがとう。もうここで大丈夫』


一人では、到底耐えきれ無かったと思う。

しかし、晴が一緒にいてくれたおかげで、あれだけ辛かった気持ちも、だいぶ楽になった。


「んだよ。家まで送るって」
『ううん、ほんとにもう大丈夫だから』


時間を忘れるくらい、たくさん笑わせてくれた。

晴がそばにいてくれただけで、もう充分過ぎるくらい救われているから。


『少し、一人になりたいの』
「けど、」
『今日は楽しかった』


本当にありがとう。

最後にもう一度、そう言って晴と別れるはずだった。




「———名前」
『…………え、』



名前を呼ばれて、思わず体が強張ってしまった。



『………紫耀、くん、』



どうして?
何故ここに紫耀くんがここにいるの。


戸惑いで、ただ固まることしかできないわたしに、先に声を掛けてきたのは彼の方だった。



「良かった、神宮寺さんに連絡しても、帰ってないって言うから」
『……………』
「ずっと、晴くんと一緒にいたの、?」


不安そうに、わたしの返事を待っている紫耀くんに、少しだけ罪悪感が湧いた。


しかし、それでも思い出してしまう。

紫耀くん、と名前を呼んでも、応えてもらえなかったこと。
必死に訴えかけた事実を、信じてもらえなかったこと。



「弟がね、名前に謝りたいって言ってた」
『え、』
「何か名前の気分を害することしたんじゃないかって。だから、犯人だなんて疑れたのかもって、」


紫耀くんは、やはりあの弟さんが全てを企てたとは夢にも思っていないのだろう。

その申し訳無さそうな顔さえ、彼を庇う為だと思うと、どうしようもなく悔しかった。



「おい。ちょっと待て。犯人ってなんだ」
『…………』
「まさかこの前の奴、分かったのか」


黙り込むわたしに、晴がすかさず詰め寄った。


「分かってないよ」
「は?」
「犯人のことはまだ何も………」
「俺は名前に聞いてんだよ」
「え、」
「こいつはお前の弟が関わってるって言ってんだろ。何も分かってなくなんか無ぇじゃねぇか」


わたしから視線を逸らし、そう言って紫耀くんに向き合う晴の声は、いつになく静かだった。


「そうか。お前か、名前が泣いてる理由は」
「え………」
「犯人のこと、名前から何を聞いてどう答えた。大方、そんなのありえねぇとか否定して傷付けたんだろ」
「傷付けたって……!そんなの、いきなり言われても2人から話聞かなきゃ分からな、」
「バカかテメェは!」
「?!」


声を荒げる晴に、2人を止めようとしていた手が止まった。


「何で信じねぇんだよ。そんなの、一択だろ!」
『晴………』
「合ってようが外れてようが、好きな女の言ってること信じねぇでどうすんだよ!」




こいつの気持ち考えれば分かるだろ!

そう言って、固まるわたしを必死に庇おうとしてくれる晴の姿に、涙が出た。



「名前のことを信じてないわけじゃない……けど名前を信じるってことは、アイツが嘘吐いてるってことで、」
「っふざけんなよ!」
『やめてっ……!』


この広い世界で、たった一人でも、味方になってくれる人がいる。

その誰かが、今も必死に自分のことを守ろうとしてくれているというだけで、充分だった。


『2人とも、やめて、』
「名前………」
『お願いだから、』


もう、これ以上は望んでいない。


『晴、ありがとう』
「…………」
『紫耀くんは、またちゃんと話そう、』
「またって、」
『ごめん、今は一人になりたいの』


どちらかと一緒にいて、どちらかに迷惑を掛けるのは嫌。


涙を拭い、静かに告げると、晴はそのままわたし達に背を向け、紫耀くんも、黙ってその場を立ち去った。