『え。それで……桃園学園に潜入したの?』
「そう!そしたらあの馳天馬が出てきてさ。なんていうか、アイツって完璧じゃん」
『うん、』
「潜入までしたのに、結局その馳天馬の凄さを目の当たりにしただけっていうか……。それで晴もだいぶ落ち込んじゃってさ。あ、口には出さないけどね」
『そっか、』

だからね名前、お願い。
晴のこと励ましてあげてよ。

言われて、思い出したのは先日の晴とのやり取り。


これから会いに行っていい?

自分から送ったくせに、晴からその返事を貰う頃には、顔を見て話せる余裕なんて無くて。初めて、彼からの連絡を無視した。

連絡不精な晴が、珍しく大丈夫か?なんて優しい言葉を掛けてくれたのに。
それが、嬉しいと思うより苦しかった。


「ねぇ名前」
『ん?』
「やっぱり、なんかあったの?今日元気無いけど」

落ち込んだ時。わたしなら、誰に声を掛けてほしいだろう。

晴にとって、その答えである誰かが自分ではないと分かっていながらも声を聞きたいと願ってしまうのは、やっぱり、わたしが晴を好きだから。


『愛莉、ごめん』
「ん?」
『わたし、晴のところに行ってくる』
「うん」

いってらっしゃい。

笑顔の愛莉に背中を押され、あの日、晴からの連絡で止まったままだったトーク画面を開いた。

『晴……』

お願い。出て。

繋がらないスマホを握りしめ、何度コールを鳴らした後だっただろう。

「名前……」
『良かった。晴、』

ようやく電話に出てくれた晴は、今にも消えそうな声で現在地を呟き、現れたわたしに、弱々しく視線を合わせた。


『大丈夫?晴』
「………悪い」

どうやら、相当参っているようだ。
制服姿のまま、小さく膝を折って座り込む晴の正面にしゃがみ込み、その腕に触れようとした。

「神楽木……?」

しかし、それは叶わなかった。


「江戸川……」


あぁ、そうか。

何で晴が一人でこんなところにいるのかと思えば。理由はこの子か。


「苗字さん……ですよね?」
『はい』


好きな人とは———。

落ち込んで、心が沈んだ時。顔が浮かんで、会いたいと願う人。

分かっていたら、こんな所まで来なかったのに。


「………ダメか」
「え、?」
「俺じゃ……ダメか……?」

そう言って、現れたその子を見つめる晴の視線があまりにも切なくて。

苦しくて、泣きそうになった。


「あれ?晴っちじゃん。元気?……じゃないねぇ、って、苗字名前!?」
『あ、……』
「え、何で何で!?晴っちの知り合い?!」
「……こいつは………」

多分、言いたくないんだろうな。
言葉を濁して、気まずそうにその子のことを見つめる晴の視線に、嫌でも気付いてしまう。

『幼なじみです』
「マジで?!さすが永徳!交友関係もスケール違うね!…………っていうか、晴っちマジで大丈夫?」
「腹が……」
「痛いの?」
「腹が減って、動けねぇ、」

何かと思えば、この二日何も食べていないと呟き、力無くうなだれた晴。

『家は?』
「今日は親父がいんだよ、」
『そっか、』

それなら帰りたくないかと納得するわたしの隣で、意地でも動こうとしない晴に頭を悩ませた。

『晴』
「んだよ、」
『うち来る?』
「え……」

落ち込むその顔をのぞき込めば、パッと嬉しそうに輝く表情。

「い、いいのか……?」
『今さら遠慮しなくていいよ』
「えぇ〜、良かったじゃん晴っち!うらやましい〜!」
「ふ、ふんっ、まぁな。俺くらいになるとな、コイツの家くらいいつでも自由に行けんだよ」
「いや今めちゃくちゃ気使われてましたよね」
『あ、でも、』

そういえば。

うちに来ること自体は問題無いが、晴には不都合かもしれないことを思い出した。

『晴』
「なんだよ」
『執事』

それだけ言うと、全てを察したらしい晴が、大丈夫?と声を掛ける前に、ハッと目を見開いた。

「嫌だ!やっぱり行かねぇ」
「はあ?」

やはりそうか。

『晴、わたしの執事が苦手なんです』
「なにそれウケる。反抗期?」
「うるせぇ。お前らに俺の苦労が分かるか」

先ほどの嬉しそうな表情から一転。再び拗ねたように口をとがらせる晴に、なんと声をかけるべきか悩んでいると、今度は、後からやって来たこの店の従業員らしい女の人が口を開いた。

「それなら、ウチ来る?」
「え。」
「ちょうど音っちも上がりだし。名前ちゃんもおいでよ」
『え。』