「好きに使っていいって言われても、俺達料理なんか……」
一体どうして、こんなことになってしまったのか。
「おいっ、お前あぶねーぞそんなもん持って、!」
『包丁持たなきゃ料理出来ないでしょ』
「え……お前、料理出来んのかよ」
『少しだけだけど、』
晴の好きな江戸川さん改め、音ちゃんの先輩だという紺野さん。
そのお言葉に甘え、自宅までお邪魔したのは良かったのだが。家に着くなり、飲み物を買いに行くと置いて行かれ、わたしは、お腹を空かせた晴と二人きりにされてしまった。
『……面白い?そんなにジッと見て』
「いや……誰かが料理してるとこ、初めて見るから、」
『そんなに大した物は作れないよ?』
まるで子どものように、ジッとわたしの手元を見つめて不思議そうな顔をする晴に、少しだけ気まずく感じていた雰囲気が柔らいだ。
『ね、晴』
「んだよ」
どうしても、わたしじゃダメ?
キラキラした目で、気まぐれに作ったタコさんウインナーを見つめる晴に、聞いてしまいたくなった。
『さっきの、音ちゃんに言ってたやつ』
「ん?」
『俺じゃダメかって、あれどういう意味?』
自分でも、どうしてこんなことを聞いてしまったのか分からない。
けれど、いつかどこかできちんとケジメを付けないと、いつまで経っても、この現実を受け入れられないような気がしたから。
「……あの、あれは……」
『………』
わたしから目を逸らし、言いずらそうに口籠る晴の姿を見て、きゅっと拳を握りしめた。
『ごめん、やっぱりなんでもない』
聞いたところで、答えなんて明確だ。
『わたし、明日も撮影で早いから帰るね』
「は?でも飯は、」
『晴の為に作ったの。音ちゃんと紺野さんにはよろしくね』
「え、おいっ、」
慌てる晴を置き去りに、足早にその場を立ち去ると、それまで鞄にしまい込んでいたスマホがタイミング良く音を立てた。
「お嬢様」
『……はい』
「愛莉様のところではなかったのですか」
『だって、晴がお腹空いたって言うんだもん……』
「はい?……では晴様とご一緒に?」
『ううん、晴にご飯作ってあげた』
「は、………そうですか」
さすがに驚いたんだろう。
一瞬素が出た執事の声に耳を傾けながら、目についた駅前のベンチに腰を下ろした。
今すぐに行くので、絶対にそこを動かないでください。
過保護な執事の言いつけを破ると、後が面倒なことは知っている。
だから、大人しく言われた通りにしていた。
晴は、今頃あの子と何を話しているだろう。
初めて出来た好きな子を前に、きっと物凄く緊張しているんだろうなぁ。
一人きりのベンチで、道行く人の流れを見つめながら、ぼーっとそんなことを考えている時だった。
「俺なら、そんな思いさせない」
聞き間違えるはずがない、大好きな人の声。
「俺なら悩ませねぇ」
どうして、よりによってこんな場面に遭遇してしまうんだろう。
さっきの言葉の真意を聞くまでもない。
見たこともない表情で、目の前にいるその子に、必死に思いを伝える晴の姿が、全ての答えだった。
「完璧になってやる。俺だって、そいつに負けないくらい、完璧な男になって、」
「いいんじゃない?完璧になんてならなくて」
「……ぇ」
「完璧になろうと、必死に頑張ってる。そんな神楽木には、神楽木なりの良さがあるはずだよ」
優しく、諭すように。
晴の不器用なところまで全て包み込んで。
それでいいと肯定する彼女の言葉に、涙が出そうになった。
「ね?」
「……江戸川………」
悲しいから。
辛いからではない。
ただ、自分には出来なかったその優しすぎる向き合い方が、晴にとって一番欲しかったものだと気付いた時。自分のあまりの無力さに、消えてしまいたくなったのだ。
『…………はると………』
名前を呼んでも、もう彼は振り向いてくれない。
晴の心に、わたしはいないから。
愛おしそうに、彼女を見つめる眼差しに、涙は抑えが効かなかった。