「ちょっとリオちゃ〜ん、休憩長くない?」
「んー………」
軽快な鼻歌と、聞き慣れた声に瞼を上げると、そこには、腰に手を当てながら、こちらを見下ろす同級生がいた。
「あんまりサボってると、リドルくんに言いつけちゃうよ?」
「………ケイトのいじわる」
「ちょっと〜。それは聞き捨てならないんだけど。眠そうなリオちゃんに代わって、ずっとバラを塗ってたのは誰だと思ってるの?」
「、」
木陰で涼んでいたわたしに合わせて、目の前にしゃがみ込んだ彼に頬を摘まれる。
「まだ眠そうだね」
「ひっぱらないで、」
「あ、そうだ!このままけーくんのこと手伝ってくれないなら、今のこの可愛いリオちゃんの顔、マジカメに載せちゃおうかな〜」
そう言って、空いた手に構えられたスマートフォンが自分の方に向いているのに気付いて、すぐにレンズの部分を押さえつけた。
ただでさえフォロワー数の多い彼のアカウントに、気の抜けた不細工面を晒すのは御免である。
「って、ちょっと、!今撮ったでしょ!」
「え?撮ってない撮ってない!」
「うそ!だって今シャッター音したもん!見せて!」
「やだよ〜ん!」
立ち上がると同時に、持っていたスマホごと腕を伸ばされ、背伸びをする。しかし、相手は170p超えの長身。対するわたしは、女性の平均ど真ん中。その差は約20pとはいえ、埋められない差である。
「やっぱりケイトいじわる……」
「ていうかリオちゃん、本来の目的忘れちゃってない?」
「バラのことなら覚えてるけど、いざとなったら寮長権限で全員にやらせるもん」
「またそんなこと言って。リオちゃんだけは、みんなに優しいハーツラビュルのリオちゃんでいてくれないと」
ね?と、調子良く微笑まれ、そのまま優しく頭に手を置かれる。
絆されているようで悔しいが、この男にこういう顔をされると弱いのは自覚しているので、大人しく頭は撫でられておいた。
「ふふ、素直でよろしい」
と、そんな時だった。
「お〜い、そこのお前、何してるんだゾ」
「?」
「これ?見ての通り、バラを赤く塗ってるだけだけど」
声のした方に顔を向けると、そこには、入学式で大騒動を起こした猫と、魔法の使えない女の子、そして、ハーツラビュルの新入生らしき二人組が立っていた。
「バラを赤く?何でそんなことを、」
「ん〜 反応がフレッシュで可愛い!………って、よく見たら君たち、昨日10億マドルのシャンデリア壊して、退学騒ぎ起こした新入生じゃん」
「そうなの?」
「そうそう!しかも君は、その日の夜に寮長のタルトを盗んで、罪の上塗りをした子だ」
それは、新学期早々に起きた大事件だった。
入学式での騒動からからすぐ、新入生が学内の歴史あるシャンデリアを壊し、退学一歩手前までいったというのだ。学園長からその話を聞かされた時、彼らは既に罰を終え、なんとか許しを得た後だっだが、それでも、自寮の寮生が起こした前代未聞の事件に、リドルは酷く怒っていた。
「………全部バレてる」
「寮内じゃすっかり噂になってるからね〜」
持ち前のコミュニュケーション能力で、そのまま強引に彼らと写真を撮るケイトを見つめていると、不意に振り向いた一人と目が合い、首をかしげる。
「あの、」
「ん?」
彼女は、入学式でも一際目立っていた最後の一人だ。
闇の鏡に、魂の形が見えないと告げられ、学園長曰く、異世界から飛ばされてきたという、不思議な人間の女の子。
「リオさん、ですか?」
「うん」
「あの、学園長から、女性の寮長の皆さんのことは聞いていて、会ったら、きちんと挨拶をするようにと……」
「そう」
あの学園長のことだ。どうせ碌な説明もせず、困ったことはわたし達に聞けとでも言ったのだろう。
不安そうに、こちらを見つめる彼女の心情を思うと、気の毒で仕方ない。
「はぁ………。はじめまして。ハーツラビュル寮の女子寮長をしています。三年のリオです」
「は、はじめまして!ユウです」
「ユウちゃん。わたしが聞いた話だと、昨日の猫ちゃんと一緒に学園に通うって話だったと思うんだけど」
「はい。自分は魔法が使えないので、」
「そう。魔法が使えないのは本当だったの」
まさかとは思ったが、本当にそのまさかだったようだ。
異世界から飛ばされてきたというだけでも充分突飛な話だというのに。魔法士養成学校に、魔法の使えない人間が通うだなんて。不安にならないはずがない。
「何があれば言ってね。力になるから」
「!、ありがとうございます」
キョトンとする猫ちゃんを抱えながら、わたしの言葉に、パッと表情を明るくする彼女を抱きしめたくなった。
「んじゃ、お話も済んだところで!一年生達、暇ならバラを塗るの手伝ってくれない?」
「別に暇じゃねーんだけど」
「というか、何で朝からそんな変なことを、」
「だって、パーティーの日のバラは、赤がフォトジェニック!みたいな?」
「つまり、エースが盗み食いしたタルトは、寮長の誕生日パーティー用だったんですね」
「?違うけど」
我が寮伝統の"なんでもない日のパーティー"は、やはり、この学園の、この寮内にしか馴染みがないということを痛感するやりとりだった。
「とにかく、理由はなんでもいいから!今はバラを赤くしてくれれば、それでオッケー!はいこれ」
魔法が使えないユウちゃんと、リドルに魔法を封じられた彼には、ケイトからペンキが手渡された。
「色を変える魔法………?」
「まだやったことないよね。簡単にだげど教えるから、こっちおいで」
「は、はい!」
「くそっ、デュースの奴一人だけ………!」
魔法士養成学校とは言っても、一年生のうちは、まだ実践魔法などほとんど使わない。故に、素人同然とも言える彼らが、最初から上手く魔法を使いこなせないことなど想定済みだ。
「良かったねぇデュースちゃん!リオちゃんは、三年生の中でもかなり成績優秀だよ」
「マジっすか!でも、そうっすよね、寮長だし」
「肩書きは確かにそうだけど、そんな硬くならなくてもいいよ?わたしはリドルほど厳しくないし、優秀でもないから」
「けど、リオさんのバラは全部ちゃんと赤くなってるのに………」
「ふふ、それはそうだけどね」
きっと、真面目な子なんだろうな。
自分とわたしのバラを見比べ、分かりやすくしゅんとしている彼の頭に手を起き、微笑んだ。
「これから頑張ろうね」
「?!、は、はい!」
「………ていうか、バラは白いままでよくね?綺麗じゃん」
「こればっかりは伝統だからね」
「でも、変な決まりばっかりなんだゾ」
「まぁ、グレート・セブンの時代に、ハートの女王が決めたルールらしいからね」
「そうそう。リドルくんは、歴代寮長の中でも、その伝統をかなりガチガチに守ってる真面目な子だから」
そう。リドルは、ただルールを守りたいだけ。そのルールが、例えどんなに変だと言われようが、彼の中では、唯一絶対の規律なのだ。
「つーか、そうじゃん!俺もこんなことやってる場合じゃなかった。寮長に話があるんすけど、まだ寮内にいます?」
「?うん、まだいると思うけど」
「ところで、寮長のタルトを盗んだエースちゃん、お詫びのタルトは持ってきた?」
「え?いや………朝イチで来たから、手ぶらですけど、」
「あちゃ〜。そっかぁ。それじゃハートの女王の法律 第53条『盗んだ物は返さなければならない』に反してるから、寮には入れられないな」
え?!と、突然の言葉に戸惑う彼に続けて、わたしの隣にいたデュースくんも目を見開いた。
「この寮にいるからには、ルールに従ってもらわないと。見逃したら、俺達も首をはねられちゃう。ね?リオちゃん」
「さあ?」
「悪いけど、リドルくんが気付く前に、出てってもらうね」
そう言って、マジカルペンを構えたケイトに制され、わたしは彼の一歩後ろへ下がった。
「ちょ、あの顔絶対本気じゃん!お前らなんとかして!」
「なんで俺が!」
「頼むよ!俺今魔法使えないし………ッうわぁ!リオせんぱ〜い!」
無知な一年生達には悪いが、ここはケイトに味方しておこう。後で面倒なことになっても嫌だし、と、申し訳程度に、倒れる彼らに衝撃を緩和する魔法を掛け、悪い笑みを浮かべるケイトのオデコを弾いた。
「いっ、!」
「いじわるな先輩」