この人が、何でそんなに我慢するのかは分からない。

「岸くん、また買って来てくれたの?」
「はい!昼飯のついでなんで!今日はなんだと思います?ほら!見たください!ケーキっすよ!オレンジの!」

最早行きつけとなった、会社近くのベーカリー。そこで昼飯後に彼女のパンを買って戻ることが、ここ最近の日課になっていた。

「ほら!これ焼き立てだったんすよ!まだあったけー!」
「わ、ほんとだ、」
「めちゃくちゃ良い匂いしません!?かんきつけーの!」
「ふふ、オレンジだからね」

袋から取り出したそれを渡せば、今日も嬉しそうに頬を緩め、笑ってくれる。

今でこそ、最初みたいに拒まれることは無くなったけど、やっぱり、まだ遠慮はされる。

きっと、食べること自体は好きなはずだ。
だって、そうじゃなきゃ、俺の差し入れに、あんな嬉しそうな顔はしないと思うから。

既にバレバレなのに、どうしても素直になってくれない彼女が悔しかった。

「うまいっすか?」
「うん、おいしい」

袋に入ったケーキを両手で大事そうに持ちながら笑顔を向けられると、あぁ、今日もこの人の為に奔走して良かった、と思う。

「〇〇さんのせいで、俺すっかりあの店の常連っすよ」
「そうなんだ」
「ほら見てください!ポイントカードも貯まったんっす」
「凄いね」
「今度割引してもらえるんで、一緒に選び行きましょーよ」

〇〇さんのことが好きかと聞かれたら、答えはイエスだ。

仕事が出来て、綺麗で優しい。
厳しいところもあるけど、それは仕事に真剣だからで、勤務時間外は、俺の下らない話にも割と付き合ってくれる。

きっと、こんな人と付き合えたら、めちゃくちゃ幸せなんだろうな、と思う。
その度に、彼女の隣で笑う完璧なほど出来た恋人のことを思い出して、ちょっとへこむけど。

「明日、行ってみようかな」
「え、」
「ポイント、いっばいになったんでしょ?」

彼女の分を買うついでにと、自分にも買っていたパンを食べようとしていた手が止まる。

「え、一緒に、すか……?」
「うん」
「……死んでも行きます」
「そこまで気負わなくていいよ」

なかなか素直になってくれない彼女が、俺からの差し入れを受け取ってくれるようになっただけでも嬉しかったのに。
まさか、それを一緒に選べる日が来るなんて。

マジで嬉しい。
午後の仕事すげー頑張れそう。


緩む頬をなんとか抑えながらデスクに向き合うと、そういえば岸くん、と名前を呼ばれる。

「ふぁい、」
「、ごめん、それ食べてからでいいよ」

口いっぱに詰め込んだパンをなんとか押し込みながら答えると、目が合った彼女は、そんな俺のことを見て、楽しそうに微笑んだ。

岸くんはリスみたいだね、と、ふんわり目尻を下げて言われると、あぁ、なんかよく分かんねーけど幸せだなぁ、と思う。