「………ごめん、明日朝からミーティングなの」
夜間勤務の新と、昼間働いているわたし。
時間の都合が合わないことが、今は少しありがたかった。
『お前、いい加減俺のこと避けるのやめろよ』
「別に避けてなんか、」
『避けてるだろ。なんだよミーティングって、前はそんな頻繁にやってなかっただろ』
「今は行事前だから仕方ないの。………信じてくれないなら。別にいいけど、」
『んなこと言ってねぇだろ!』
「………分かってる、ごめん、」
『、!あ、いや、俺こそごめん、』
「とにかく、今は忙しいから、」
ごめんね。最後にそう一言呟いて、新からの電話を切った。
喧嘩をしてから、今日で何日目だろう。
3日後には、新からちゃんと話をしたいと連絡を貰っていたのに、わたしは、未だその誘いを断り続けている。
理由は、忙しさ半分。気まずさ半分。
時期的に、保育園での行事が重なって忙しいのは本当だった。
しかし、会おうと思えば時間などいくらでも作れる。
新と会わないよう、心美ちゃんにも全てを隠しながらお見舞いに行くのも、そろそろキツイしなぁ。
「はぁ………」
通話が切れたスマホの画面を閉じると、新とのトーク画面が表示される。
おはよ
ちゃんと飯食ってる?
仕事大丈夫?
少し時間作れる?
会いたいんだけど
余計な絵文字など一切無い淡白なメッセージが並ぶ画面の背景は、二人のツーショット写真。
これを撮った時は、楽しかったなぁ。
何年か前、新の家で一緒に年越しした直後、ぎゅうぎゅうにくっ付きながら撮った写真を見つめ、寂しくなった。
やっぱり、会いたい。
仕事が終わったら、ちゃんと話せるように会いに行こう。
スマホのロック画面に写る大好きな彼の笑顔を見て、今日は一刻も早く仕事を終わらせようと思った。
「……………え、」
「え、」
そろそろ意地を張るのはやめようと、新の家を訪れたわたしを待っていたのは、信じられない光景だった。
「ごめん、また来、」
「違う違う違うマジでこれはちげぇから!なんか勘違いしてると思うけどそれぜってぇただの勘違いだから!とにかくちげぇから!」
「………」
「あの………とにかく、話を聞いてください」
「………はい」
ここが玄関だということも忘れ、大声でまくし立てる新の迫力に、根負けした。
気まずさからか、お互い敬語のまま向かい合い、仕方なく部屋に足を踏み入れる。
「ちょ、深澤、大丈夫なの?」
「大丈夫じゃねぇからちゃんと朝倉からも説明頼む」
恋人の部屋に、何故か別の女性。
普通に考えれば、明らかにクロである状況にも関わらず、そこまで焦らなかったのは、そこにいた女性が、あの時心美ちゃんを救ってくれた恩人だったからだろうか。
「あ、あの、初めまして……っていうのは、おかしいか」
「はい。あの時は、本当にありがとうございました」
「いいえ。わたしは、医師として当然のことをしたまでで………えっと、そうですね、つまり、わたしは深澤と同じ病院で働く医師でして、」
「はい」
「同僚というか、チームというか、そう!ほんとにただの仲間っていう感じで、」
「はい」
「だから、その……」
「ありがとうございます。朝倉先生」
突然やって来たわたしに、相当焦ったのだろう。
必死に言葉を並べて弁解してくれる朝倉先生に、にこりと笑ってみせた。
「新」
「、なに」
最初から、新が浮気なんてしていない事は分かっている。
嘘が吐けなくて、なんでもすぐ顔に出る新。そんな彼との付き合いは、高校の時からだ。
今この状況がやましいものであるか、そうでないかなんて、顔を見れば分かる。
ただ、だからこそ腹が立った。
「説明するなら、せめて自分の口から言ったらどう?」
「、ごめっ……」
「新に会わなかった間、色々考えた……今仲直りしても、結局同じことを繰り返すだけで、意味無いんじゃないかとか……このまま付き合ってても、新には負担なんじゃないかとか、」
「そんなわけ、!」
「わたしはただの保育士で、新はお医者さんだよ。一緒にいたって、新が抱えてるもの全部は分かってあげられないし……結局、新がとんなに辛いを思いしてたって……頑張ってって、言うことしか出来ない」
「それは、!」
「ごめん、」
「〇〇……!」
「ほんとに、なんにも出来ないのは分かってるし、っ……分かってるけど、」
「でも……新の手料理、食べていいのは、わたしだけがいい、っ!」
「え……」
大声で叫んで、置いてあった新の分と思われるご飯をかき込んだ。
「え、……〇〇、?」
「美味しい、」
「……」
「っ、おいし、」
今まで、当たり前に食べていた新の手料理が、ずっと恋しかった。
一汁三菜、きちんと揃ったこの朝ご飯を作ってくれる新がいなければ、わたしは、もうこれ以上頑張れない。
「深澤、」
「……ごめん、朝倉、今日は帰って」
「うん、ちゃんと話しなね」
「ありがと」
「〇〇、」
「………」
「〇〇、」
「……」
「……ごめん」
名前を呼んでも、ただひたすらにご飯を食べ続けるだけの〇〇に、まずは謝った。
「そのままでいいから、聞いてて」
「………」
「一番最初は、〇〇の仕事、バカにしたこと……マジで悪かったと思ってる。俺、〇〇がとんどけ頑張って今の仕事してるか、ちゃんと分かってたはずなのに、八つ当たりして……」
「………」
「全部、自分がなんにも出来ないせいだったのに、苛立って、本当に酷いこと言った、」
「………」
「マジで、ごめん」
ゆっくり頭を下げると、〇〇の手が止まる。
「……………悲しかった、」
「うん、」
「新が応援してくれたから、わたし、保育士になれた、」
「うん、」
「新が、一番応援してくれた………だから、っ新にだけは、あんなこと、っ」
「、ごめん」
「っ、」
箸を置いて、ポロポロ泣き出す〇〇を抱き締めた。
涙が出るのを押さえて、必死に顔を覆う姿は子どもみたいで、不謹慎ながらも、本当に可愛いと思ったてしまう。
「っあらた、……」
「ん?」
「ごめん、」
「え…」
「、ごめんね……だいすきだよ、っ」
「……」
「大好きなのにっ、ちゃんと、支えてあげられなくて……ごめんね、」
「……」
本当に、どうしようもなく愛おしい。
泣きながら、必死に言葉を繋いで、俺の背中に腕を回した彼女のことを、力の限り抱き締めた。
「んなの、どうでもいいよ、」
「良くないっ……」
「俺、〇〇がこうやってそばにいてくれたら、なんでもいいから」
だって、こんなにも大好きなんだ。
「〇〇、本当にごめん」
「っ、」
「俺も、大好きだよ」
涙でぐちゃぐちゃな顔を包み込んで、視線を合わせる。
「あらた、」
「ん?」
「じゃあ……わたし以外の女の人に、優しくしないで、」
「え……」
「二人きりも、やだ……」
「っ……」
涙で潤んだ目に、ジッと見つめられる。
さっきまで泣いていた〇〇の顔は、当たり前にほんの少し赤くて。もちろん、必然的に上目遣い。
…………これは、くる。
可愛すぎる。
「…あら、」
「ごめん」
「え………、っ」
戸惑う〇〇の唇に、強引に自分のものを重ね、そのまま後頭部を引き寄せた。
「……ん、」
「っはぁ……」
必死に俺の服を掴んで、吐息を漏らす姿が可愛い。
好き。
大好き。
会えなかった分だけ、溜まった気持ちをぶつけるように、〇〇に唇を重ね続けた。
「っ、も……むり、……ん、」
「ごめ、もうちょっと……」
「……っん、」
頭に優しく手を添え、キスをしながら、〇〇の体を押し倒す。
恥ずかしそうに、顔を真っ赤にして目を閉じる〇〇に、愛しさばかりが込み上げた。
「……いい、?」
「ん、」
返事の代わりに、俺の首に腕が回され、薄っすら目を開けた〇〇と視線が絡まる。
あぁ、そうだ。
俺は、彼女がこうして、恥ずかしそうに、ふにゃりと柔らかく笑う姿が、大好きだった。
「マジで可愛い……」
もう二度と、離さない。