「〇〇っ、!」
「ぇ……」



平野の登場に驚いた優太が、一瞬腕の力を抜いた瞬間、隙を見て助手席のロックを解除した。

「お前、何してんだよ!」
「……何って、何でアンタにそんなこと聞かれなきゃいけないんだよ」
「コイツ泣いてただろ?!見えねーのかよ!」
「見えてるけど」
「ならっ、」
「そっちこそ離してくんない?その子、俺の彼女なんだけど」
「っ、」

普段誰にでも温厚な優太が、初めて怒っているところを見た。

「〇〇」
「……」
「急にあんな事してごめん。怖がらせたのは、謝るから」
「っ、」
「ごめん。怖かったな」

平野に向ける、鋭い眼差しとは違う。
優しい瞳で、ジッとわたしのことをのぞき込む優太に、思わず一歩後ずさった。

「〇〇……?」

怖いわけではない。

ただ、今の優太が分からないだけ。

「ごめん……ちょっと、混乱してて、」
「大丈夫?顔色悪いよ」
「ゆうた、」
「おい、あんま詰めんなよ今混乱してるって言ってただろ」
「〇〇」
「、っ……」

平野の言葉は聞こえてないのか。
どうにか距離を取ろうとするわたしのことを追い詰めるように、名前を呼ばれ、目が合った。

「ゆう、」

そして、そのままするりと髪を撫でられ、体を引こうとする前に、唇を奪われる。


先ほどとは違う、まるで大切なものを包み込むような触れ方に、胸がぎゅっと軋んだ。


苦しい。

本当なら、これ以上無いほど心が満たされるはずだったその行為に、体が硬直する。


「……っ、…ん、…」

角度を変え、ゆっくりと包み込むように頭まで回された手に引き寄せられ、そのまま彼の方に体を預けそうになった瞬間ーーー。


「………」
「………っ、ぁ……、!」

平野に掴まれていた腕を強く引かれ、バランスを崩した。

ふらついた体は、そのまま横にいた彼に受け止められ、ぎゅっと強く抱きしめられる。


「ひら、の、?」
「勝手なことすんなよ」
「、は?」
「都合良い時だけ彼氏気取って、コイツがそばにいて欲しい時は、何もしてやらなかったくせに。今さら彼氏面すんなって言ってんだよ」
「っ……」

わたしを守るように、ぐっと自分の胸へ抱き寄せた平野の腕が、背中に回る。


どうして、平野には分かるんだろう。

ずっと、誰よりもそばにいたはずの彼より、何倍も、何十倍も………。


「好きなら、泣かせるようなことすんな。ずっとコイツのそばにいて、支えてやれよ」
「は、?俺は、」
「不安がって泣いてる彼女にも気付けないような奴に、〇〇は返さない」
「、何言って、」
「俺ならずっとそばにいて、コイツがずっと笑顔でいられるように努力する」
「……ひら、の、」
「〇〇のことは、俺が守るから」

最後は、こちらに視線を向けた平野と目が合う。

その意味も分からないまま、硬直するわたしの頬に手を添えた彼から、優しく微笑まれる。


「好きだよ、〇〇」

そして、そのまま重ねられた唇に、抵抗することも出来なかった。