まるで時間が止まったみたいに、全てがスローモーションだった。
「…………ひら、の、?」
何で。
どういうこと。
何をしたの。
一度にたくさんのことが起きすきで、混乱するわたしの頬に手を添えた彼が、ゆっくりと離れていく。
「………ごめん」
「……なんで、」
「好きになって、ごめん……」
今にも泣きそうな顔で、辛そうに顔を歪めた平野は、そのままわたしの後ろへ視線を向けた。
「俺、〇〇のことが好きです」
「………」
「めちゃくちゃ好きです」
空いていた手に、するりと指を絡めながら言われる。
思いがけない二度目の告白に、胸がぎゅっと締め付けられた。
「あり得ねぇだろ、」
「……すみません」
「いくら好きだからって、コイツの気持ち無視してすることかよ」
「分かってます」
「分かってねぇじゃん、なんも分かってねぇから、そんなこと出来んだろっ」
声を荒げる優太の姿を見て、平野は、わたしのことを自分の背中に隠した。
「本当は、ずっと黙ってようと思ってた」
「俺がいくら〇〇のことを好きでも、〇〇にはちゃんと好きな人がいたから」
「幸せならそれでいいと思ってたし、自分が〇〇とどうこうなろうなんて思ってなかった」
でも………。
そこまで言って、言葉を濁す平野は、こんな時でもわたしのことを考えてくれてるのがよく分かる。
「でもなに、」
「こっから先は自分で考えれば」
平野には話して、優太には話してないこと。
それをわたしより先に言わないのは、彼なりの優しさだと思う。
「帰ろ」
「あの、平野………」
「言っとくけど、俺絶対今日はお前のこと帰さないから」
「え、」
「あ、違う!いや帰さないじゃなくて、!その、帰す!帰すけど今はコイツのところに返さないって意味で、!」
「あ……うん、」
「えっと……だからその、帰ろ?」
「………」
言葉は控えめなのに、視線だけはしっかりとわたしを見ている平野の姿に、ドキッとした。
「お前飲んでんだろ」
「だから?」
「俺が送ってく。車あるし」
「その車ん中でコイツのこと襲おうとした奴がなに言ってんの」
「………」
「〇〇、行こ」
繋がれた手を、ぐっと引かれる。
「〇〇」
「………」
けれど、その手に甘えてしまうことを選ぶ前に、もう一人の彼から名前を呼ばれる。
「俺じゃなくて、そいつのとこに行くの」
「………」
「今日うちに来ないって言ったのも、そいつののせい?」
「それは、」
「俺と付き合ってるのに、他の男のこと好きになったの?」
「っ……」
違う。
そうじゃない。
どうして分からないの。
平野は関係ない。
わたしが好きなのは優太で。
一緒にいたいのも優太だった。
好きだからこそしんどくて。
好きだからこそ言えなくて。
苦しくて。
ずっと……それでもずっと好きだった。
「……わたしは、…っ」
「っざけんな!!」
「……!」
「バカかテメェは!」
涙があふれて、何も言えないわたしの代わりに、平野が叫んだ。
「何で信じねぇんだよ?!」
「お前、こいつが今までずっとどんな気持ちでいたと思う?!好きで好きで、大好きでしょうがないお前のこと、ずっと思いながら苦しんでたんだよ!」
「は、……」
「好きだからこそ辛いんだろうなって……誰が見ても分かるくらい、アンタのことずっと思ってたのに、何で……その当事者であるお前が、こいつのこと信じてやんねーんだよ!」
もういい。
もうそれ以上、何も言わなくていい。
わたしの代わりに、わたしが言えなかったことを必死に伝えてくれる平野の言葉が、苦しいくらいに嬉しかった。
「……ありがとうっ………」
「………」
「ひらの……っ」
「………」
「っ、」
目の前に立つ大きな背中に、思わずしがみ付いた。
泣き顔を隠して、平野の背中に頭を預けるわたしを、優太がどう思うかなんて明白だ。
でも、今はただそれ以上に、この優しすぎる背中に、何も考えず甘えてしまいたいと思った。
「俺は、もう遠慮しない」
「………」
「お前みたいな奴に、〇〇は絶対渡さねぇ」