流されて、そのまま居心地の良い平野のそばに逃げることだけはしたくなった。

彼は、あんなに誠実に思いを伝えてくれたのだ。

その真っ直ぐな気持ちに、わたしもきちんと向き合いたい。

だからこそ、曖昧なままになっている優太との関係にも早くケリを付けたかったのに。


「先延ばしにしたいんだろーね」
「やっぱり、そうなのかなぁ」
「そりゃそうでしょ。話しちゃったら終わりだもん。
良かったじゃん。ちゃんと愛されてて」

仕事が忙しいから、今週は会えない。
さらに週末も飲み会になるから、来なくていい。

送られて来た恋人からのメッセージに、思わずデスクで「嘘吐き」と呟いたところを、しっかり橋に目撃されてしまった。

「紫耀とは話したの?」
「うん」
「そっか。俺は紫耀の友達だからやっぱり紫耀のこと応援してるけど、〇〇は〇〇のしたいようにしたらいいと思うよ」
「それがよく分からないんだよね、」
「あはっ、めちゃくちゃ悩んでる」

正直、平野のことは、とても良い人だと思う。

それは、ただの人としても。男の人としても。

誠実で、優しくて。
きっと平野が恋人だったら、今よりずっと幸せになれるんだろう。

確信はある。

しかし、今このタイミングで好きだと言われたからではないの?

今までずっと一緒にいた彼のことは?


考えれば考えるほど、色々なことが頭の中を巡って、正しい答えなんて出せそうになかった。


「お疲れ」
「お、噂をすれば平野くんだ」
「なに噂って。悪口?」
「うん。紫耀が俺のメガネに落書きした話」
「え何それ」
「酷いんだよ紫耀、俺が新しく買ったメガネにマッキーで……」
「そんなことより〇〇週末暇?」
「え、」

むすっと頬を膨らませた橋の頭を、平野がわしゃわしゃと撫でる。

「暇だよ」
「おめーには聞いてない」
「でもほんとに暇だよね、〇〇」
「、まぁ」
「なら買い物付き合ってくんない?友達んところがもうすぐ子ども生まれるんだけどさ、お祝いとか、何あげたらいいか分かんなくて」
「そうなんだ。わたしで良ければ全然」
「まじ?ありがと助かるわ」

中身が半分ほどになったペットボトルの蓋を開け、そのまま空いていた隣のデスクに腰を掛けた平野が、謎の黄色い液体を飲み干す。

「何それ」
「フルーツオレ」
「また独特な物飲んでんね」
「いや意外と美味いからこれ。飲む?」
「いらんわ」
「〇〇は?」
「わたしもいらない」
「んだよ、せっかくあげようと思ったのに」

むうっと口を尖らせ、不満を表す平野が少しだけ可愛かった。

子どものように、しばらくそのまま尖らせた口でジーッとこちらを見つめてくるのも、多分わざと。

「ふふ、タコみたい」
「タコ言うな」
「そういえば最近お寿司食べてないなぁ」
「どういう話の流れだよ」

だって、最近本当に食べていなかったから。

笑う平野に言葉を返すと、じゃあ食べに行く?とすぐに聞かれて、思わず口角が上がるのが自分でも分かった。

「行く!」
「っし。じゃあ今日残業無しな」
「うん」
「しょお〜、俺も連れてって〜」
「言うと思ったわ。嫌っつっても来んだろ」
「あはっ、さすが紫耀」
「悪いけど店調べといてくれる?俺これからミーティングなんだわ」
「おっけ〜。〇〇高いとこ探そ」
「おい」

ちゃっかり奢ってもらう気満々な橋も相変わらずだが、それを当たり前に受け入れている平野も凄いと思う。

面倒見が良いというか、優しいというか。きっと、あぁいうところが、彼が誰からも好かれる理由なんだろう。


「あ、フルーツオレ置いてった」
「何でこんなちょっとだけ残すの……」

キャップに"ひら"と書かれた残りわずかなフルーツオレが、少しだけ可愛く見えた。