「そういえば平野、何でわたしの好きな物知ってたの」
「あー……海人に聞いた、」
「え、わざわざ……?」
「そう、わざわざね。なんでも書いてくれるって言うから……悪い?!めっちゃ恥ずかしかったんだからな!」
「あははっ、ありがとー」

人生で初めて用意してもらったプレートの写真を眺めながら、近くにある駐車場までの道のりを歩く。

「写真、後で俺にも送って」
「うん……でもわたし泣きすぎて顔ぐちゃぐちゃなんだけど、」
「いいじゃん、その方が素って感じするし、俺的にはサプライズ成功の証だから嬉しいよ」
「うん……本当にありがとうね」

二人でピースしながら、プレートを持って笑っている写真を眺める。

「ふはっ、ぶっさいく笑」
「うるさいな笑」

化粧はほとんど落ちているし、目元も真っ赤。
それでも、とても楽しそうに笑っている自分の顔を見て、改めて平野の優しさに感謝した。










「〇〇」
「ん?」
「俺は、お前と彼氏のことはよく分かんないけど、好きなら、いずれはちゃんと話した方がいいと思うよ」
「うん、そうだよね」
「彼氏だって、〇〇のことが嫌いな訳じゃないと思うし……まあ、それでも、俺的には誕生日忘れるとかあり得ないけど」
「うん、」
「相談なら、いつでも聞くから」
「ありがとう」

駐車場に停めてあった平野の車に乗り込み、そのままナビに自宅の住所を入力した。


考えてみれば、こんなに笑うほど幸せな気持ちになったのは、いつぶりだろう。

週末にしか会えない……いや、週末にしか会おうとしなかった彼とのことを思い出し、スマホの画面をスクロールした。







「わたしの彼氏ね、」
「ん?」
「不器用で、家事とか下手くそで、自分じゃなんにも出来ないの」

フォルダに残る散らかった部屋の写真は、文句を言う為に撮ったもの。

そんな彼の為に、何度部屋の掃除をして、何度小言を言っただろう。

「ご飯も、張り切って作ってくれるんだけど、だいたい美味しくなくて……野菜とかも、ちゃんと切れて無い物ばっかり入ってるの」
「へぇ」
「偏食で、蕎麦ばっかり食べてるし、ケチだし、変なところ頑固で……よく喧嘩もした」
「うん、」
「でも結局……なんか味が足りてないそのチャーハンが好きで、彼と一緒にいるうちに、無駄な出費が減って、いっぱい貯金出来るようになった」
「………」
「鈍感だし、すっごく頭弱いし、たまに何言ってるか分からないんだけど……大事なことは、ちゃんと伝えてくれる人だった」

だから、あんまりスマートでは無かったけど、大きな声で、ちゃんと目を見て好きだと言ってくれた。

わたしの作ったご飯を食べると、必ず美味しい!ありがとう!と全力で伝えてくれた。








例えどんなに間抜けで、おバカなところがあっても、そんな彼の真っ直ぐなところが大好きで、わたしは、ずっと彼と一緒にいた。


「それでも………おめでとうって、言ってくれなかったんだよね」

ありがとうも、美味しいも、おかえりも、いってらっしゃいも、全部きちんと言葉にしてくれる彼が、唯一言ってくれなかった言葉。

「要するに……優太の中では、もう、大事なことじゃないんだよね、」

わたしの誕生日も、わたしのことが好きだと言う言葉も。

彼の心の中に無いから、言ってくれなかったのだろう。


「………ごめん」

最後に彼と二人で撮った写真の日付は、1年前だった。








「ほんと、もったいね」
「うん……そうだね、」
「何でその彼氏は、お前にそんだけ思われてて、なんにも返してあげないの」
「それは、」
「マジで腹立つ。お前にそんだけ思って貰えるんなら、俺は絶対毎日好きだって言うし、不安になんかさせない」
「………」
「好きなら、ちゃんと相手のこと幸せにしてやれよ……」

ちょうど赤信号で車が止まると、ハンドルを握る手にグッと力を込めた平野が、小さく呟く。

きっと平野は、とても真っ直ぐなんだと思う。
それがわたしだからとか、同期だからとかではなく、ただ純粋に、同じ男の人として彼のことが許せないのだろう。

例えその言葉に特別な意味が無かったとしても、あまりにも真っ直ぐなその思いに、胸が締め付けられた。








「……本当に、平野に愛される子は、幸せだね」

きっと彼の彼女になったら、こんな風に悩む事も無いんだろう。

いつも真っ直ぐ、自分だけを見て、自分の欲しい言葉を与えてくれる彼に、間違いなく幸せにしてもらえる。


悔しそうに、わたしなんかの為に怒ってくれる平野の姿を見て、いるかも分からない彼の恋人のことを想像し、少しだけうらやましくなった。