「あ、今日ちょっと化粧変えたでしょ」
「………」
「髪も巻いてるし可愛い〜」

まるで息をするようにわたしのことを褒める橋をスルーし、自席のパソコンを起動させる。

「もう、何で無視すんの!せっかく褒めてあげたのに」
「その褒めてあげたってのが癪に触るからです」
「えぇ、めんどくさ。可愛いに罪は無いんだからいいじゃん」
「その理屈がよく分からないんだけど」

ぷくっと頬を膨らませ、可愛く文句を言う橋のあざとさにため息を吐く。

それでも、この顔と愛嬌で誰からも愛される橋は、わたしにとっては少し羨ましい存在で。
早速出社したての女の子達に囲まれている様子を見ながら、新着メッセージを知らせるスマホを手に取った。


『きょう飲み会いく前、すこし時間ある?』

送り主は平野で、メッセージの後に、わたしが好きなキャラクターのスタンプ。

「これ有料なのに、」
「何がー?」
「あ、いや、なんでもない」

わたしに送る為に、わざわざ買ったというのは考え過ぎか。

大丈夫だよ。という返事とともに、同じキャラクターのスタンプを送り返した。

* * *

「平野」
「あ……わり。あと5分待って」
「うん、大丈夫」

仕事終わり。会場の居酒屋へ向かう前に平野のデスクを訪れると、同じ部署の人達は既に移動したのか。フロアは平野一人だった。

「ごめん。これ送ったらもう終わりだから」
「急がなくて大丈夫だよ。まだ時間あるし」
「ん………っし、おっけー。終わり」
「お疲れ様」
「〇〇もね」

最後のメールが送信済みになったことを確認し、パソコンの電源を落とす平野が、ジッとわたしのスマホの画面を見つめた。

「……それ、もう集めた?」
「ううん、朝は時間無かったから買いに行けなくて」

あるメーカーのペットボトル飲料に付いてくる、小さなおまけ。
6種類あるランダムのキーホルダーが並んだ公式サイトに載っているそれは、わたしの好きなキャラクターとコラボした物で、販売は今日からだった。

「じゃあ、はい」
「え、」
「あげる。それ好きでしょ?」
「いや好きだけど、」
「言っとくけど、お前が貰ってくれなきゃ、俺は使わないから捨てるだけだよ」
「………」
「貰え」
「……脅しじゃん笑」
「うっせ、笑」

まだ袋に入ったままそれは、なんと3つもある。
元々知っていたのか、はたまた偶然なのかは知らないが、数だけはわたしのことを思ってのことだろうと、その優しさに感謝した。

「あ、一個被っちゃった」
「マジかよおーい、」
「わたしより残念そうだね」
「だってなんか悔しくない?勝負に負けた感すげーんだけど」
「こういうのに勝ち負けなんかないから」
「そうだけどさー」

歩きながら開けた3つのうち、先に開けた2つを待ってくれていた平野が、ムッと口を尖らせる。

「せっかくだから、一つは平野が持っててよ」
「えー、でもこれ男が付けてたら変じゃない?」
「わたし的には好感度爆上がり」
「それはそうでしょうね笑」
「まぁ、どうしてもいらないって言うならわたしが貰うから、」

かして?
平野の手から、被ったそれを貰おうとした瞬間、サッとその手を上に伸ばされ、首をかしげる。

「ごめん、やっぱ前言撤回」
「え、」
「コイツだけ、俺が貰っていい?」

そもそも平野が買ってきた物だ。
断る訳ないだろうと、戸惑いながらもうなずくと、彼は嬉しそうに笑いながら、それをぎゅっと握り締めた。

「へへ、どこに付けよっかな」

結局、鍵くらいしか付けるところが無いと家の鍵を取り出した平野と、居酒屋まで道のりを歩いた。