「え、ほんで誕生日忘れられたん?」
「そう。酷いでしょ」
「なんそれ、俺と張るくらい悲惨やわー笑」

ガハハ!と豪快に口を開けて笑う永瀬くんは、平野と同じ部署らしい。
わたしがお店に着いてすぐ、橋にこの席へ連れられた彼は、最初こそ不機嫌だったが、「この子も彼氏いるし、なんなら関係微妙だから」という橋の言葉に表情を変え、そして、わたしに絡んできた。

「永瀬くんも彼女と上手くいってないの?」
「そう。多分浮気されとるんよ」
「え、」
「最近やたら飲み会とか残業増えたし、会うとやたら機嫌良かったりすっから、もう確定」
「機嫌良いのに?」
「そ。俺だけやない男にも優しくされとるからなー。満たされて超ご機嫌。めっちゃ分かりやすい」
「そういうものなんだ、」
「まぁ、俺は経験者やから」
「え?!」
「これで2回目。な?超可哀想やない?」

お通しの枝豆をちまちま摘みながら、はぁ、とため息を吐く永瀬くん。

分かっていても別れていないところを見ると、わたしと同じで、それでも彼女のことが好きなんだろうな。

「どっちがえぇんやろな」
「どっちって?」
「完全に浮気されてるけどそこそこ関係は良い俺と、形だけ付き合ってるけど完全に冷めちゃってる〇〇ちゃん」
「わたしって、他の人からすると冷めてるってことになるんだ……」
「え、ちゃうの?」
「……そっか……ちゃうくないか……」
「っはは!めっちゃ可哀想!同士や〜!」

顔を覆ってうつむくと、やたらとテンションの高い永瀬くんに腕を回され、グッと肩を寄せられる。

なんとなく距離が近い人だとは思っていたけど、さすがにちょっと驚いた。

「もうさ、いっそのこと俺たちも浮気すっか」
「それはお断りします」
「あら真面目」
「冗談なら別に何も言わないけど、それじゃ永瀬くんも悪者になっちゃうよ」
「分かっとるけど、腹立つやん」
「だからって、同じことやり返しても虚しいだけだと思うけど」

肩に回された腕を外し、永瀬くんから逃げるように腰を上げた。

「……なんか怒った?」
「ううん、お手洗い行くだけ」

こちらの様子を伺うように、ジッと上目遣いで見つめてくる永瀬くんに、嘘を吐いた。


本当は、別にトイレなんてどうでも良いし、怒ってはいないけど、気分は良くなかった。

例え冗談でも、あんなことを言うから彼女にも浮気されちゃうんだ、なんて。
軽いノリの永瀬くんに少し苛立ちながらも、とりあえずお手洗いに入ろうと、賑やかな店内を歩いていると、

「〇〇ちゃん、!」
「?」

後ろから腕を掴まれ、振り返る。

「え……と、」
「ごめん」
「……」
「さっきは怒ってない言うてたけど、多分、気分悪くしたんちゃうかなって、思って……」

気まずそうに、目を逸らしながら言われ、掴まれていた腕をやんわりと離した。

「……空気は読めるんだね」
「やっぱり怒ってたんや」
「怒ってるというか、そんなんだから浮気されちゃうんだ!って思ってた」
「なんそれ、ひっど」
「だって、永瀬くんめちゃくちゃ軽いんだもん」
「あぁー……それなー……まぁそうか、」
「言われ慣れてる?」
「まぁ、初対面の奴にはだいたい言われるな」
「ノリが大学生みたい。あと距離近い」
「それもよく聞く」
「だから浮気されちゃうんだよ」
「………さりげなく傷えぐらんといて」

最後のはさすがに言い過ぎたかと、永瀬くんの表情を見て口を噤んだ。

少なくとも、自分の失言で相手の気分を損ねてしまったことに気付けば、こうして謝りに来てくれるのだ。
根っからの悪い人でないということは分かる。

ただ少しだけ、わたしとは価値観が違うだけ。

「彼女にも、そうやって素直に話してみたら?」
「今さら何を話すんよ」
「永瀬くんがそうやって諦めてると、彼女さんもどんどん浮気相手の方に行っちゃうよ」
「………」
「すれ違ったまま感情を隠すより、今みたいにちゃんと話して、自分を分かってもらった方がいいと思う。少なくともわたしは、今永瀬くんがちゃんと話してくれたから、思ったより軽い人じゃなかったんだなって、印象が良くなった」
「……それほんま?」
「うん。ほんまだよ」

不安そうだった永瀬くんの表情が、少しだけ明るくなる。

「って、こんなことわたしが偉そうに言える立場じゃないんだけどね」
「そうやん。絶賛すれ違い中……」
「言わないで」

にやりと笑う永瀬くんの前に手の平を突き出し、ムッと眉を寄せた。