4品目 鯖の味噌煮

今日は魚にしよう、とわりと早い段階から決めていた。
思えば今まで、年頃の男の子と言えば肉でしょ!という安易な考えで肉のおかずメインにご飯を作ってきたけれど、流石にそろそろ飽きてきた、というか単純に私が魚食べたい。
なので、誰がなんと言おうと今日は魚料理なのである。いや、別にみんなは文句なんてなにも言わないだろうけども。
メインジャンルは決まった。とはいえ、裏を返せばそれ以外は何にも決まっていない、まさしくノープラン。
一口に魚といっても焼いたり煮たり揚げたり蒸したり、調理方法も種類も様々だ。
魚に関してはいっそ調理しない、生で出す、という潔い方向もあるが、そうするとどうしても割高になりかねないので即座に却下した。
そういうのは余裕があるときか魚がめちゃくちゃ安いときにやろう。手巻き寿司パーティーとか、みんなとしたら楽しそうである。
いつかはやりたいことリストには入れておくことにして、今は今日の献立の話だ。
一番簡単なのは、淡白な白身魚をシリコンスチーマーに野菜と一緒にいれてレンチンで、それはそれでしんなりした野菜とほくほくの魚にポン酢でもかけて食べればとても美味しいのだけど、流石にちょっと手抜きすぎるというか、本当に何にも手間をかけたくないというときに取っておこうと思う。
どちらかといえばさっぱりめなので、あんまりご飯のおかずにはならないと思うかもしれないし。

「うーん、どうしようかなあ」

白米が進むと言えば、味の濃いもの…醤油系か味噌系か、照り焼きって手もあるな…と考えながら大学の学食へと入る。私は弁当持参だが、友達が学食派なのである。
ぐるりと中を見渡すが、友達の姿は見えない。スマホを確認すると、『ごめん、講義長引きそうだから先に席とってて!』というメッセージが入っていた。
セルフサービスの水を取ってから、まだそこそこ空いている学食内でテーブルを一つ確保する。
今は空席が目立つからいいけれど、注文していない身で長々と居座るのは中々いたたまれない。
早く来ないかな、とスマホを弄って待つこと数分。ふっと視界に影がさしたことに気づいて顔を上げると、お盆を持った友達が「お待たせ、名前」と声をかけてきた。

「あ、お疲れー」
「ほんと疲れた〜お腹すいた〜あの教授いっつも話長いんだよね…。あ、席ありがと」
「どういたしまして」

がたがたと椅子を引き、私の向かいに友達が座る。
彼女がいつも頼むのは、主菜、副菜、ご飯と汁物がついてワンコインしないというなんともお得すぎる本日のランチ。
メインのおかずもなかなかバリエーションに富んでいて、この学食で一番の人気メニューだ。
私もひそかに今日のおかずはなんだろうと楽しみにしている。私が食べるわけではないけれど。

「今日もランチ?」
「うん、今日は魚だった」

そういって見せてくれたお盆の上の料理を見て、私は「これだー!」と声をあげ、友達に奇異の目で見られてしまった。


大学からの帰り道、寄ったスーパーで無事目当てのものを購入し、私はいつのもように山田家の玄関をくぐる。
今日は二郎くんと三郎くん、どちらが手伝ってくれるのかな。なんて呑気に考えながら台所へ入ると、一番予想外な人物がそこに立っていた。

「あれ?一郎だ」
「よっ、早いな名前。コーヒー入れるけどお前も飲むか?」
「それはこっちの台詞なんだけど。あ、コーヒー私が入れようか」
「別にこれぐらい良いって。砂糖は?」
「じゃあ2杯」
「了解」

インスタントコーヒーの瓶を取り出した一郎に、代ろうと声をかけたけれど軽く笑って流されてしまう。
仕方ないのでありがたく頂くことにして、私は買ってきた食材を冷蔵庫へ移していく。
今日は特に複雑な下拵えが必要なわけではなく、料理を始めるには少しだけ時間があるからだ。

「ほら」
「ありがと」

一郎からカップを受け取り、台所から続くリビングへと向かう。テーブルにカップを置いてから腰を下ろすと、ほどなくカップを持った一郎が現れ隣に座った。
「いただきます」と声をかけてから、カップに口をつけた。
外気で冷えた身体に温かいコーヒーが染み渡る。ほう、と一息ついてから、私はさっきからずっと気になっていた疑問を一郎へと尋ねた。

「今日帰るの早くない?」
「いや、必要な資料があったから一度戻ってきただけで、もうすぐしたら打ち合わせが入ってるからな。むしろ今日はちょっと遅くなるかもしれねぇ」
「そっか。ご飯待ってた方が良い?」
「いや、あんまり遅いと悪ぃし、さきに食っててくれ」
「んじゃ8時頃までは待ってる。間に合わなそうなら連絡ちょうだい」
「おう」

一郎抜きのご飯となると二郎くんも三郎くんも、あからさまに態度に出さないようにはしているものの、やはり少し寂しそうな顔になるので早く仕事が終わればいいのになあ、と思う。私にはそう祈るしかできないのが少し歯がゆいような気もした。
そんなことを考えていると、「それにしても、」と一郎が口を開く。

「鍵、早速使ってるんだな」
「ああ、うん。一々インターホン鳴らして出てきてもらうのも手間だろうし、有難く使わせてもらいました」

私が訪ねる時間帯には大体誰かが在宅しているはずだけれど、やはりそれぞれに都合というものもあってどうしても外出しないといけない時もあるし、私もこれから頻繁に出入りすることになるからと、実は先日合鍵を借り受けてしまった。
それだけ信頼をしてもらっているという意味でもあり嬉しくもあるが、それと同時に万が一にでも紛失したらマジでやばいという危機感もある。
いやだって、あのBusterBros!!の自宅の鍵なんて、欲しい人は何をしてでも手に入れたいと思うような代物に違いない。例えば、厄介なファンとか、敵対してるチームとか。
というわけで、自宅の鍵にすらつけていない紛失防止用センサーなんてものの購入も検討している…という話を一郎にしたところ一郎は「そこまでしなくてもいいだろ別に」と呆れ顔で言った。

「いやいや、本気で失くしたら大問題じゃん?」
「いやまあ確かに失くされたら困るけどよ、お前はそんな無責任な奴じゃないだろ」
「私を信頼してくれるのは嬉しいけど、絶対に失くさないと誓えるかと問われるとその自信はあんまりない…!」
「そこは自信もてよ!」
「世の中にはねぇ、万が一ということもあるんだよ」

いや、そりゃまあ注意はするし最大限気を付けるつもりではあるけれど、何が起こるかわからないのが人生ってものだ。強く主張する私に、一郎は何を言っても無駄と悟ったのか、

「あー…わかった、ちょっと待ってろ」

と言い残すと立ち上がり自分の部屋の方へと行ってしまった。
一体なんだろう?と思いつつその背を見送り、コーヒーを飲むことしばし。戻ってきた一郎の手にはマスコットが握られていた。

「ほら、これ付けてろ」
「あ、かわいい」

鈴付きの首輪のつけた愛らしい子猫のマスコットは一郎には不似合いで、「どうしたのこれ」と問うと
「ゲーセンで推しのぬいぐるみ取るついでに落ちたんだよ。これ付けときゃ落としても気づくだろ」との答えが返ってきた。
確かに、鈴がついているから落とせば音がするし、そこそこの大きさもあって目に付くから無くなればすぐに気が付くことが出来るだろう。

「ありがとう、一郎。大事にするね」
「ぜひそうしてくれ」

一郎から受け取って、すぐに鍵へとつけた。揺らすとチリンと鈴が鳴る。
これでさらに落としてしまうわけにはいかなくなったけれど、それよりも嬉しさの方が勝った。
意味もなくチャリチャリと揺らして遊んでいると、ふいに一郎の手が私の頭へ伸びてきて、そのままわしゃわしゃと頭を撫でられる。
というよりは、掻きまわすといった方が正しいような雑さで、当然のように髪がぼさぼさになってしまった。
私は片手で一郎の腕を下から押し上げ、その手から逃れる。

「ちょ…っと一郎!髪が…!」
「っと、悪い。今完全にお前が二郎や三郎とダブった」
「はぁ!?私一郎と同い年ですけど!?」

完全に年下扱いをされたことに憤慨し、抗議の声をあげるものの一郎は気にした様子もない。
更に言葉を重ねようと口を開きかけたところで、計ったようなタイミングで一郎のスマホが鳴った。
片手を上げて、悪い、というジェスチャーをしながら一郎が電話に出る。それを邪魔するわけにもいかず、不本意ながらも私は口を閉じるしかなかった。
はぐらかされる流れになってしまい、納得いかない。ただあまりにも食い下がるとそれはそれで子供っぽくなってしまう。仕方ない、ここは私が折れるしかないみたいだ。
乱れた髪を手櫛で整えながら、私は一郎の通話が終わるのを待った。

「――はい、わかりました。…いや、こっちは問題ないっす。はい、はい……じゃあまた都合の良い時間を連絡してください。では、よろしくお願いします」

電話越しに頭を下げてから、一郎がスマホを顔から離す。
ふーっと長く息を吐いてから、一郎は私の方を向くと、「予定が変わった」と告げた。

「今からの打ち合わせが延期になった」
「ってことは…」
「今日の仕事は終わりだな」

そう言って、一郎は時計を見た。釣られて私も時間を確認する。
話しているうちに気付けばそれなりに経ってしまっていたようで、そろそろ晩御飯の準備を始めなければいけない。
私の表情からそれを察したんだろう、一郎は空になった2つのカップを片手で持つと私に向かって笑って言った。

「メシ、一緒に作ろうぜ」


「本当に良いの?休んでてもいいんだよ」
「別に疲れてねぇし、気にすんなって。たまには作らねぇと腕もなまるしよ」

折角エプロンも買ったんだから使ってやらねえとな。と続ける一郎は既にエプロンを身に着けて、やる気満々だ。
手伝ってくれるに越したことはないし、それならば、と私もエプロンを着けて冷蔵庫から食材を取り出す。
今日のメインは鯖に味噌と生姜。副菜に使うのはほうれん草、人参、胡麻。今日の汁物は、メインに味噌を使うのでみそ汁ではなく和風スープにして、具は白菜と人参とネギを使うことにした。
並べた材料ですぐ想像がついたのか、一郎が「鯖の味噌煮とほうれん草の胡麻和え、で合ってるか?」と問いかけてきたので、「大正解!」と返す。
鯖の味噌煮は学食からアイデアを、それに彩りが欲しくてほうれん草と人参を買って、今日はとことん和食で揃えてみた。

「じゃあまずは鯖からだな、湯沸かすぞ」
「よろしくー」

一郎が小鍋でお湯を沸かす間に、私は鯖の皮に切り目を入れていく。こうすることで火の通りをよくして、さらに皮が破れるのを防ぐのだ。
そうしておく間にお湯がすぐに沸いたので、鯖をボウルに入れて上から熱湯をかける。
そのままぐるりと箸で中身をかき混ぜ、全体的に身が白くなり汚れが浮いてきたらお湯を捨て、水で流しながら血合いや身に残った汚れを取り除いていく。
鯖の味噌煮はここが一番大変だけれど、この工程をしっかりしないと臭みが残ってしまうので、二人で黙々と作業をしてしまった。
そうして、下処理を終わらせさえすればあとはもう火加減に気を付けながら味噌と煮ていくだけだ。
私が味噌と酒や砂糖、醤油などの調味料で煮汁を作る間に、一郎が中に入れるための生姜をスライスしてくれていた。

「よし、できたぞ」
「ありがと」

作った煮汁を、鯖が広げられるぐらいの大きさの鍋に入れて煮たたせる。ある程度まで煮詰めたら、皮目を上にした鯖と生姜を入れて煮る。
初めはそのままで出てきた灰汁をこまめにすくい、その後は落とし蓋をして中火で7〜8分ほど煮ればもう完成は目の前だ。
次は副菜を作っていく。一郎が先ほど使った小鍋で水を沸かし始めた。ほうれん草を茹でるためだ。
それを受けて、私は人参の皮を剥いて細切りに。出来上がったら耐熱ボウルに移して電子レンジでチンをすればすぐに火が通る。

「電子レンジって便利だねぇ」

しみじみと呟くと、ほうれん草を茹でていた一郎に「なんだそりゃ」と笑われた。

「だってレンチンすれば大抵のものには火が通るんだよ。すごすぎない?文明の利器様様」
「確かにそうだが。っつーか、その様様っての、嫌な奴を思い出すから止めてくれ」
「?うん、わかった」

なんだかよくわからないが、一郎が苦虫を噛み潰したかのような顔をしていたので素直に頷いておく。
その返答に満足したのか、一郎は「ならよし!」と言ってぱっと表情を変えた。
茹で上がって冷水にさらしたほうれん草をぎゅっと絞って水気を切ると、そのまま包丁でざくざくと切り分けていく。
その様子があまりにも手慣れていて、思わずじっと見入ってしまった。

「どうした?」

私の視線に気づいた一郎が顔を上げる。

「いや、慣れてるなって。一郎ほんとに料理するんだね」
「なんだ、信じてなかったのかよ」
「信じてなかったっていうか、ほんとに何でもできるんだなーって感心したっていうか」

ここまで完璧なんだから、二郎くんと三郎くんが一郎に憧れるのも無理もない話だ。
「すごいね」と思ったままに口にすると一郎は「ありがとな!」と溢れんばかりの笑顔で返してきた。
二人だったらここで照れているところなんだろうけど、賞賛を素直に受け取れる余裕もまた尊敬を集める所以なことに、一郎は気づいているんだろうか。
…きっと気づいていないんだろうなあ。
図らずも、二郎くん三郎くんの気持ちを追体験してしまった。
さっきは年下扱いされて、今度は自分から年下の気持ちを味わって、今日はやけに一郎の兄ムーヴに当てられる日だ。
このままではいけない、私はご飯を作りにきたのであって、一郎の妹になりにきたわけではない。
私は気持ちを入れ替えるため一度首を振ると、一郎に人参の入ったボウルを手渡した。
その中に切ったほうれん草を入れて、すりごまと砂糖、醤油と和える。これで副菜もできてしまった。
それにしても、今日はいつにもまして料理が順調だ。何も言わなくてもテキパキと調理が進み、やりやすいことこの上ない。
二郎くんや三郎くんとわいわい言いながら作るのも楽しくて良いのだけれど、こういう風に息の合う相手と料理をするのも楽で良いなと実感した。
いつかは、ここに二郎くん三郎くんも交えて4人で料理をしてみたいと思う。
それはそれで、そもそも私は一郎の代わりにご飯を作っているのだから本末転倒感もあるけれど。
それでも、例えば一郎の仕事が落ち着いて私がお役御免になったとしても、その後一度ぐらいはそんな機会を持ちたいといえば、彼らはきっと快く協力してくれるだろうから。
そのためにも、二郎くんと三郎くんを私がびしばし鍛えておこう。
そんなことを考えていると、噂をすれば影とでもいうべきか、玄関から「「ただいま!」」と二人分の声が重なって、ばたばたと慌ただしく廊下を駆ける音が聞こえてきた。
まさに転がり込むような勢いで、2つの人影が台所へと飛び込んでくる。

「すみません、名前さん。もっと早く帰るつもりだったんですけど、途中で会った二郎が邪魔をして…!」
「邪魔してんのはテメーの方だろうが!…ってあれ、兄ちゃん!?」
「えっ、いち兄!?」

これはおそらく、二人で足を引っ張り合いながら帰ってきたんだろう。その様子が目に浮かぶようで私は苦笑する。
ぜいぜいと息を切らし、服も大きく乱した二人は、一郎の姿を見止めると大きく目を見開いた。そんな二人に一郎は呆れたように話しかける。

「お前らもうちょっと静かに帰ってこれねぇのかよ」
「それはごめん、兄ちゃん……っていうか、なんで居るの!?」
「なんだ、俺がいたら困ることでもあるのか?」
「そんなわけ…!むしろ嬉しいけど!」
「でも、お仕事はどうしたんですか…?」
「今日は休みになったんだよ」
「そうだったんですね…!あの、お疲れでしょうしいち兄はもう休んでいてください。続きは僕がやりますから!」
「そうだよ兄ちゃん、あとは俺たちに任せてよ!」

意気込む二人に、一郎は手を振ってやんわりとそれを断った。

「ここ最近はお前らに作ってもらってたからな、今日は俺の番だ。それにもう終わるし、な?」
「だね。もう少しだし、二人とも座って待ってて」

話を振られ、私も頷く。あとは鯖の味噌煮の仕上げと和風スープで終わりだから、手伝うといってもやることは少ないし。
私たちからそういわれてしまったら、もうそれ以上食い下がることもできない。
二郎くんと三郎くんは、

「わかりました、なら、できたら呼んでください」
「楽しみに待ってるよ!」

と言うと台所を後にした。
その背中から手伝いは出来なかったけれど、思いがけず一郎(と私)の手料理が食べられることが嬉しいという気持ちが滲み出ていて、微笑ましくなる。

「二人とも待ってるし、早く終わらせちゃおうか」
「ああ」

一郎に向かってそう声をかけて、私はスープの具材になる野菜たちを手に取った。
私が持ってきてから何かと大活躍した白菜は今日でもう使い切ることにして、残り全てをざくざくと適当な大きさに切る。
人参は縦半分に切ってから、斜めにして薄切り。ネギは斜めに切ったものと、最後に上に散らすように小口切りにしたものの2つを用意した。

「鯖の方は俺がやっとくな」
「うん、任せる!」

一郎が落し蓋を取って、弱火にしながら中の煮汁掬って鯖へかけ、絡めていく。
横から確認してみたが、大きく煮崩れもしておらず、美味しそうに出来上がっているようだった。
一郎に負けていられない。私は気合を入れなおし、スープ作りを再開した。
火を通しやすくするために先に野菜をさっと炒める。やりすぎると焦げてしまうので本当にさっとで大丈夫だ。
水を入れて、出汁と醤油とお酒で味を整えた。小口ネギの方は器によそってから盛り付けるので、これで後は火が通れば完成になる。

「こっちはできたけど、一郎はどう?」
「良いと思うぜ。ほら」

菜箸で摘まんだ鯖の欠片を口元に差し出される。味見ということだろう。少しお行儀が悪いことには目を瞑り、そのままそれに口をつけた。
噛むとじゅわりと鯖の油と味噌の味が広がった。鯖にもよく味噌が染みていて、端的に言うととても美味しい。

「うん、美味しい」
「じゃあ完成だな、二人呼ぶか」
「あ、なら私が」

呼ぶね、と続けるはずだった台詞は、後ろを振り向いた途端に二人と目が合って、どこかへ飛んで行ってしまった。。私たちの会話が聞こえていたのか、あるいは待ちきれずずっとこちらの様子をうかがっていたのだろうか。私が声をかけるまでもなく、二郎くんも三郎くんも既に準備は万端のようだ。

「二人とも、食器を運んでくれる?」
「っす!」
「はい!」

こちらへ向かってきた二人にそうお願いをすると元気な声が返ってきて、私は微笑ましさに顔を綻ばせた。


いただきます!と声を合わせて食事をするのもこれでもう何度目だろうか。何度重ねても皆で食べるごはんは良いものだ。
鯖の味噌煮は思った通りごはんが進むし、濃い目の味に飽きてきたなと思ったら、あっさりとした胡麻和えで味覚をリセットさせる。そしてまた、美味しく鯖が頂けるという寸法だ。
和風スープは煮込まれてくったりとした具と、後から乗せた小口ネギのシャキシャキ感が対照的で、やはりネギを2種類用意したのは正解だったなと思う。

「やっぱり、いち兄と名前さんの作るごはんが一番おいしいです…!」

箸を止めることなくごはんと鯖の味噌煮を交互に口に運んでいた三郎くんが、漸く一度箸を止めてしみじみとそう言った。
喋る暇も惜しいのか二郎くんがその言葉にうんうんと頷いた。鯖の味噌煮をごはんに乗せ、豪快にもどちらも一気に口に入れ頬張っている。
二人とも、みるみるうちに茶碗の中味が減っていく。そして、

「「おかわり!」」
「…俺が先だ!」
「いいや、僕の方が早かった!」

ほぼ同時に、空になった茶碗を手にもって二郎くんと三郎くんが立ち上がった。お互いがそれに気づいて横目で一瞬にらみ合い、そして競い合うように炊飯器へと向かう。

「喧嘩しなくても十分な量はあるんだけどな…」

わいわいと言い争う声をBGMに、仕方ない奴らだな、と零した一郎はそれでも楽しそうな表情をしている。

「でも、あんなに幸せそうにたくさん食べてくれるのは嬉しいよね」
「…まあ、それはそうだな」

見ていて気持ちの良いぐらいの食べっぷりにこちらも幸せな気分になって、一郎と顔を見合わせ笑い合った。

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