5品目 生姜焼きとポテトサラダ

「悪いんだけど、今日ちょっと残ってもらえない?」と店長に声をかけられたのは、レジに接客に品出しにと忙しく動き回りつづけ、ようやく一瞬人の波が途切れ一息ついたタイミングだった。

「あー…、やっぱそうなりますよね…」

私は店内の様子を窺いながらそう答える。今日は何故か普段よりも数倍忙しく店の中は客がごった返していて、何から何まで手が回っていない状態だ。あと1時間もすれば勤務時間は終わるが、おそらくこの忙しさはまだまだ続くだろう。

「無理そう?」
「ちょっと確認してみてもいいですか?」
「うん、よろしくね」

こんな状況で帰るのは気が引けるという気持ちもあるが、私には山田家でご飯を作るという仕事も残っている。多少ならば遅れても構わないだろうけれど、最低でも一郎が帰ってくるまでには作り終わっていたいというのが心情だ。
バイトが終わって、それから買い出しをして…と考えるとどうしても時間的に微妙な気がする。買い出しの時間がなければどうにかなるかもしれないが、確か山田家の冷蔵庫にはおかずになるようなものはなかったので、どうしてもスーパーには行かなければ。
…となると残る選択肢は、バイトを定時に上がるか、夕食時間を遅らせるか、もしくは二郎くんか三郎くんにお使いを頼むかの三択だ。
とにかく、皆に相談しないことにはどうしようもない。私は店長に許可をもらってから、一度休憩室に引っ込んだ。
ロッカーからスマホを取り出して、夕飯の相談なんかをするために作った山田3兄弟とのグループにぽちぽちとメッセージを送る。

『ごめん、今日ちょっとバイト長引きそうなんだけど大丈夫?』

夕方だからどうかなと思ったが、3人からの既読は直ぐに付いて、ほどなくして返事が届いた。

『俺は構わねぇぜ』
『俺も大丈夫っス』
『僕も問題ありません。というか、もしよければ買い物しておきます』
「おお、有難い…!」

私が切り出す前に三郎くんからそう申し出があり、私は感嘆の声を上げる。

『ほんと?じゃあお願いしてもいいかな』

返信を打ち込むと、間髪いれずに三郎くんから『任せてください!』というメッセージが届いた。そしてそれとほぼ同時のタイミングで、二郎くんからも返信が入る。

『あっ、俺もいけます!』
『僕一人で充分だ、お前はでしゃばってくるなよな』
『テメェ一人で点数稼ごうとしてんじゃねーぞ三郎』
『点数稼ぎも何も、僕が先に言ったんだから僕が行くに決まってるだろ低能』
『誰が低能だコラ』
『このグループで低能という単語に相当するのは二郎一人しかいるわけないだろ…そんなことも分かんないのかなぁ』
『分かった喧嘩売ってんだな、それなら買ってやんよ…!』
『おいお前らそんなことで喧嘩すんなよ…』

ぽんぽんとテンポよく交わされるメッセージの応酬はいつも通りのやりとりで、二人の言い争いとそれに呆れる一郎の声が聞こえてくるようだ。こんなところでも変わらないのかと微笑ましい気持ちで思わず笑いが漏れた。内容には微笑ましさの欠片も存在してないけれど。
ただまあ、仕事を抜けさせてもらっている手前あまり長引くとお店の皆に迷惑をかけてしまう。
恐らく店長も私の帰りをやきもきしながら待っているだろう。私は話の流れをぶったぎるのを承知で会話を元に戻した。

『えーっと、とりあえず二郎くんでも三郎くんでも良いから、お使い宜しくね!今日は豚肉の生姜焼きにしようと思ってるから買ってきてほしいのはーー』

朝の内に近所のスーパーのチラシはチェックしていたので、買うお店の名前と食材をそれぞれ挙げていく。
既読がついたことを確認だけして、お願いしますと頭を下げるウサギのスタンプを一つ送ると私はスマホをロッカーに戻して店内へと戻った。


「おつかれさまです!」

残業が終わり、私は残る人たちにそう声をかけた。
振り返った店長の「今日はありがとね」という声に会釈で答え、店内を後にして扉を閉じ、客からもスタッフからも見えなくなった途端にダッシュで休憩室に滑り込み、慌ただしく帰り支度を始める。
私服をロッカーから引っ張り出して、脱いだ制服はシワにならない程度に適当にハンガーへかけ、着替え終わったら鞄をひっつかんで休憩室を飛び出した。
私史上最速といっても過言ではない勢いで、山田家への道を自転車を飛ばしていく。
本来なら仕事が終わった時点で帰る旨を伝えておくべきだったと思うけれど、そんな時間ももどかしくて結局メッセージは送らないままだ。
二郎くんと三郎くんは無事に買い物を済ませただろうか。いや、小学生でもあるまいしそこは心配してはいけないんだろうけど、どちらが行くかで喧嘩した結果まだ完遂していない可能性がない…とも言い切れない。まだ買い物途中なら先に家についても時間を無駄にしてしまう、やっぱり連絡しておこうか、いやでもとりあえず帰り着くのを優先するべきか。
そんなことを考えているうちに萬屋ヤマダの外観が見えてきて、私はとうとう連絡をつけるのを諦めた。ここまで来たら今更だからだ。
自転車を駐車場に置かせてもらい、階段を一段飛ばしで駆け上がる。さっきまで全力で自転車を漕いだうえにそんなことをしてせいで、少し呼吸が苦しくなった。

「お、邪魔、しますっ…!」

鍵を使って玄関の扉を開け、息を切らせつつ挨拶をする。家の奥の方には電気がついていて、かすかに人の話し声も聞こえる。どうやら二人とも、家にいるようだ。
ということは、きっと買い物はもう終了しているんだろう。ならすぐに料理に取り掛からないと。
すぐさまそう判断し、私は台所へと飛び込んだ。

「おい二郎、そのペースじゃ名前さんが帰るまでに終わらないんじゃないか…?」
「うっせ、集中してんだから話かけんな…!テメェはおとなしく残りの分洗っとけ」
「とっくの昔に終わったから言ってるんだよ。…とりあえずここに置いておくからな」
「おう」

目に入ってきたのは、エプロンをつけた後ろ姿が二人分。
とん、とん、とん、とゆっくりとしたスピードで包丁を動かす二郎くんと、その隣ではらはらとした表情でそれを見守る三郎くんだった。
私が入ってきたことに気づいてはいない様子で、口論をしながらも二郎くんの発する包丁の音は途切れることはない。
これは、もしかしてもしかしなくても、二人で協力して夕飯の下ごしらえをしてくれているんだろうか。喧嘩ばかりしているあの2人が?
信じられないような気分だが、目の前の光景はまぎれもない現実だ。まさかこんな光景をみることができるなんて思ってもみなかった。二人とも立派になって…なんて感想すら浮かんできて、私は二人の親か何かかと自分でツッコミを入れる。
そんな感慨深さに浸って、声をかけることもせずに無駄に立ちつくしていた私に気づいたのは、「キャベツは二郎に任せるとして…僕はあとは何をしておくかな…」と言って振り向いた三郎くんだった。

「あっ、名前さん、帰ってたんですか!?すみません、気づかなくて」
「えっ、名前さん!?もうそんな時間かよ…!お疲れ様っス、お帰りなさい」

三郎くんの声に二郎くんも振り向いた。
労いの言葉にありがとうと返事をして、首を傾げた三郎くんの「いつ帰ってきたんですか?」の問いには「うーん…ちょっと前かな…」と答える。

「早く声をかけてくれれば良かったのに…」
「ごめん、集中してたみたいだったから…突然声かけて驚かせても悪いかなって」

特に包丁を使っている二郎くんの方が、と続く台詞は二郎くんの名誉のために飲み込んで、私は二郎くんの手元を見た。
以前教えた猫の手をきちんと実践できていて、私の話をちゃんと覚えてくれていたんだなあと嬉しくなる。
私の視線に気づいた三郎くんが、「あ、そうだ」と声を上げた。

「僕達ができる分だけでもお手伝いしようと思って。豚肉の生姜焼きと仰っていたので、二郎にはキャベツを切らせて、僕は豚肉に下味をつけておきました。
一応、ここのレシピを参考にしたんですが…問題はなかったでしょうか?」

そう言って三郎くんが見せてくれた画面には、私もよくお世話になっているレシピサイトが表示されている。
さらりと目を通してみたけれど、私の普段のレシピと大きな違いようだ。私は三郎くんにOKのハンドサインを作ってみせた。

「うん、大丈夫だよ」

そういうと、三郎くんがほっと安堵した表情になる。

「良かったです。余計なお世話になっていたらどうしようかと思っていたので…」
「余計なお世話だなんてとんでもない…!買い物だけじゃなくて下拵えまでしてくれて、むしろすごく助かったよ、有難う!」
「いえ、これぐらい当然のことです!」
「二郎くんも、有難う」
「こんなの朝飯前っスよ!……あ、」

ざく、と一際大きな音がして、自信満々に答えた二郎くんが先ほど切ったキャベツをつまみ上げた。千切りとはお世辞にも言い難い太さのそれを見て、はああ、と三郎くんが大きなため息を吐く。

「低能がすぐ調子に乗るから…」
「んだとコラ」
「ま、まあ食べられないわけじゃないから!ね!」

またしても喧嘩の始まる気配を察知して、先んじてフォローを入れた。
やっぱり、少なくともキャベツを切り終わるまでは二郎くんに話しかけるのはやめておいた方がよさそうだ、今回は無事だった二郎くんの指のためにも。

「じゃあ、二郎くんはそのままキャベツを切るの続けてね。間違えて指を切ったりしないように!」
「気ぃつけます」
「僕は何をすればいいですか?」

三郎くんの言葉に私は少し考える。本当ならば、すぐにタレを作って豚肉を焼き、野菜を切って…と考えていたけれど、二人のおかげで少し時間にも余裕が出来た。
折角だから何か作れないかと冷蔵庫の中身をチェックして、おあつらえ向きな食材があることを確認。早速調理に取り掛かろうと、私は冷蔵庫からそれを取り出した。

「ジャガイモ?」
「うん、先に副菜の方を作っておこうと思って」

ジャガイモ、きゅうり、玉ねぎ、人参、マヨネーズ、必要なものを次々に取り出していくと、何を作るつもりなのか三郎くんも察したようで、その表情が期待に満ちていく。
この材料で作れる副菜とは、そう、みんな大好きポテトサラダである。

「まずはジャガイモの皮を剥いて、適当な大きさに切ります」
「茹でるんじゃないんですか?」
「まるごと茹でてもいいけど、ちょっと時間がかかっちゃうからね。今日は先に小さくしてから茹でて時短するの」
「なるほど、そういう理由があるんですね」

納得したように頷いた三郎くんに、ピーラーでジャガイモの皮むきをまかせ、私は水を張った鍋に塩を入れ、それを火にかけて茹でる準備を始めた。

「切るときはどれぐらいの大きさにします?」
「どうせ潰すし、そんなに気にしなくて良いよ。あんまり細かくしすぎると旨味が逃げちゃうからほどほどに」
「わかりました!」
「切り終わったら鍋でゆでてね」
「はい!」

三郎くんが、始めたころよりは格段に慣れた手つきで包丁を扱っていく。ざっくりとした大きさに切る程度であれば、もう心配の必要もなさそうだ。
ジャガイモは三郎くんに任せ、私はきゅうりと玉ねぎを準備することにした。
薄切りにした玉ねぎと、薄くいちょう切りにした人参を電子レンジで2分ほどチンする。たったこれだけで玉ねぎの辛みを抑え、人参も程よい歯ごたえの食べやすい固さにすることができるのだ。あとはきゅうりも輪切りにしてしまえば私の方は準備万端だ。
ジャガイモをゆでてマッシュし、他の食材とマヨネーズを一緒に和えればそれで完成する。かかる手間の割に満足度は高い、時間の無いときには重宝するメニューの一つだ。
ジャガイモは箸がすっと通るまで茹でなければならないので、様子見は引き続き三郎くんにお願いして、私はみそ汁作りに着手する。
具は玉ねぎとわかめと豆腐。シンプルかつ定番だが、今日はメインのおかずがガッツリ系なのでこれぐらいのシンプルさが丁度良い、と思う。少なくとも私は。
私がささっと味噌汁を作っている間に、三郎くんが茹でおわったらしきジャガイモを一つ皿に取り「これぐらいでいいでしょうか」と差し出してきた。
三郎くんからお皿と箸を受け取り、ジャガイモに刺す。特に抵抗もなく箸が通るのを見て、もう充分だろうと三郎くんに鍋の火を止めてもらった。
さて、ジャガイモを取り出すために鍋の中身をざるにあげなければ。そう思い、鍋の取っ手を掴もうとした私を三郎くんが制す。

「重いですから、僕がやります」
「ありがとう、三郎くん」

三郎くんは水とジャガイモの入った鍋を軽々と持ちあげ、ザルにそれを流しいれた。ザルを振って水切りをすると、それをボウルに入れ替える。
湯気を立てる熱々のジャガイモを潰すため木べらを手に取ると、ひょいと横から伸びた手にそれを奪われた。
驚いてそちらを見ると、二郎くんが「これで潰せばいいんスよね」と問いかけてきた。

「キャベツは切り終わったの?」
「勿論っス」

こんもりと盛られた千切りキャベツを指さして二郎くんがふふんと誇らしげに胸を反らす。「ありがとう、お疲れ様」と声をかけると照れ臭そうに頬を掻いた。

「こっちは俺らに任せてください」

そういわれて、本当に任せていいものかと一瞬逡巡する。
この後は特に難しい工程があるわけではないし、味付けだって基本は市販のマヨネーズだから、味見をしっかりすれば食べられない代物になることもないだろう。今日は二人とも、多少の言い争いはあっても普段よりはお互いに協力的だし、それになにより、私が来るまで一緒に頑張っていた実績がある。
…うん、きっと任せても大丈夫だろう。

「…じゃあ、お言葉に甘えちゃおうかな。ジャガイモは熱いうちにこれで潰して、粗熱をとったら野菜とマヨネーズを混ぜて、最後に味見をしながら塩コショウで味を調えてね。
ジャガイモの潰し方とかマヨネーズの量は二人の好みで良いから、そこは任せるね!」

作り方をざっと説明して、そのままジャガイモの入ったボウルを三郎くんに手渡した。任せるね、という言葉に気合が入ったのか、二人とも「はい!」という良い返事を返してくれる。何かわからないところがあれば聞いてね、と言い残して、私は途中だった味噌汁作りへと戻った。とはいっても残る作業は味噌を溶いていれるぐらいだけだったので、数分も関わらず終わってしまったけれども。

「俺が潰すから、テメェは動かないようにボウル持ってろ」
「モタモタするなよ、熱いうちにって言ってただろ」
「ナメんな、俺にかかればこれぐらい楽勝だっつーの」

背中越しにそんな会話が聞こえて、じわりと浮かびかけた笑みを慌てて引っ込める。
いかんいかん、一人で笑っている変な人になってしまうところだった。もしそんな場面を目撃されて、二郎くんと三郎くんに不審者を見る目で見られてしまったら多分私の心は死んでしまう。現にちょっと想像してしまっただけでも精神にダメージを負ったし。気をつけよう、うん。
気を引きしめなおし、今日のメインにとりかかるため私は満を持して冷蔵庫からバットに入った豚肉を取り出した。
まずは一枚、豚肉をまな板の上に広げてみる。しっかりと漬かっているようだし、筋切りもちゃんと出来ていた。レシピサイトを見たと言っていたし、一応念のためのつまりだったけれど、流石三郎くん、仕事が完璧だ。
ボウルに料理酒としょうゆ、砂糖、みりん、そしてチューブのしょうがを絞りいれ、かき混ぜてタレを作る。
しょうがは生をすりおろした方が美味しいだろうけれど、そういうのは余裕があるときにやるものであって、チューブでも充分美味しいし今日みたいな日は時短優先だ。
豚肉に下味をつけられないときはここで一手間、豚肉に小麦粉をまぶしてたれをからめやすくする工程が加わるのだけれど、三郎くんのおかげでその必要は無くなった。ので、早速軽く油を引いたフライパンに豚肉を投入していく。
肉が焼ける音がして、香ばしい匂いが広がった。嗅覚と聴覚がダブルで空腹を刺激するのを感じつつ、豚肉の両面の色がうっすらと変わるまで火を通す。
豚は生焼けが怖いから本来ならしっかりと焼くべきだけれど、この後タレを入れてまた焼くため今の時点ではこの程度で大丈夫だ。あまり焼きすぎてせっかくの肉が固くなってしまっては美味しさも半減である。
入れた豚肉がまんべんなく焼けたのを確認し、先ほど作ったタレを一気に流しいれた。
途端にじゅわああああ!と醤油の焦げる匂いがあたりに充満して、ごくり、と自然に喉が鳴る。
音と匂いだけでも、これは絶対に美味しいものだと分かるのだから不思議なものだ。
ぐう、と背後で鳴ったお腹の音に振り返ると、いつのまにやら二郎くんと三郎くんが私の後ろに立ってフライパンを覗き込んでいた。

「美味そう…」
「良い匂いですね…」

考えてみれば今日はいつもより遅めの夕食だし、私ですらお腹が空いてたまらないのだから、育ち盛りの彼らにしてみればこの香りは耐え難いのかもしれない。

「こっちはあともう少しで出来るから、ちょっとだけ待っててね…! ポテトサラダは出来た?」
「はい。味見をお願いしても良いですか?」

そう聞かれ、ポテトサラダを持った小皿が差し出される。けれどあいにく、私の両手はフライパンと箸で埋まっていて、それを受け取る余裕はない。
私はフライパンを揺らす手を止めないまま、「あ、」と口を開いた。私の意図を理解したのか、三郎くんの動きが一瞬止まる。

「え、っと…では、失礼します」

箸で摘ままれ口元までやってきたポテトサラダを、ぱくりと口に入れると、なぜかものすごく緊張した面持ちで私たちの言動を見守っていた二郎くんがはあああ、と大きく息を吐いた。

「三郎…おまえ…すげぇな…」
「こ、これぐらい別に大したことじゃないだろ…名前さんにも僕にも他意はないわけだし…」

二人がなにやらこそこそと話しているのを不思議に思いつつ、もぐもぐとポテトサラダを味わう。
少し大きめに潰されたジャガイモはゴロゴロとした食感も残していて、キュウリのシャキシャキ感とマッチしている。
マヨネーズと塩コショウのバランスも良く、私が作るより少し濃い目の味付けに男の子らしさが出ている気がする。

「美味しいよ。良くできてると思う」

素直にそう伝えると、二人の顔がぱあっと華やいだ。
自分が作ったものを美味しいと言って貰えた時の喜びは当然私にも覚えがあるので、その表情に勝手に共感してしまう。これがあるからご飯作りは楽しいのだ。
美味しいポテトサラダのお返しにと、私はタレもだいぶ煮詰まって完成まであと少しとなった豚肉を菜箸で一口サイズに千切り、摘まみ上げた。

「はい、まずは三郎くんから。あーん」
「は、はい…!」

おずおずといった様子で開かれた口に、生姜焼きを放り込む。そして新たに一切れを摘まんで、今度は二郎くんへと向き直った。

「二郎くんも、ほら」
「は、俺もっスか!?」
「勿論。ほら、タレが落ちるから!早く早く!!」
「じゃ、じゃあ…、えっと、あー…ん」

目をぎゅっと瞑り、顔を真っ赤にした二郎くんの口の中にもぽいっと生姜焼きを入れる。
もぐもぐと咀嚼するのを確認してからの「美味しい?」という質問に、「美味しいです!」と即答したのは三郎くんで、「美味い…と、思います…」と曖昧に答えのは二郎くんだった。

「え、口に合わなかった?」
「いや、なんかもう、味わう余裕が…」
「そこまで!?」

特に色気のある絵面ではない気がするが、耐性がなさすぎじゃないだろうか。最近の女子高生は肉食タイプも多いと聞くのに、そんなで大丈夫だろうか高校生。純情な青少年の行く末を勝手に案じてしまう。
逸れかけた思考をパチパチと油が跳ねる音が引き戻した。フライパンは火をかけっぱなしだったことを思い出して、危ない危ない、と視線をそちらに戻す。
中味もいい具合に煮詰まってきたし、そろそろ本当に、完成と言ってもいいかもしれない。

「よし、じゃあお皿だしてくれる?」

火を止めると、私は二人にそう声をかけた。待ちに待った夕ご飯まで、あと一歩だ。


あれからほどなく、ちょうど盛り付け終わったタイミングで帰ってきた一郎を加え、私たちはテーブルを囲んでいた。

「一郎、今日はポテトサラダから食べて欲しいな」

頂きますの合掌を終え、早速食べようと箸を手に取った一郎にそう伝える。すると、一郎は不思議そうに首をかしげた。

「別に良いけど…なんでだ?」
「それね、ほぼ二郎くんと三郎くんが作ったの。私は玉ねぎと人参ときゅうりを切ったぐらいで。
…っていうか豚肉の下拵えは三郎くんがやってくれたし、二郎くんはキャベツ切ってくれたし、私は味噌汁作って豚肉焼くぐらいしかしていない…申し訳ない……」

こうやって声に出して挙げてみると今日の私はあんまり役に立っていない。バイトだから仕方ない、というのは結局言い訳で、夕飯づくりは私に任されたことである以上不甲斐なさが先に立つ。

「…ンなことないっス!名前さんにはいつも美味いメシ作ってもらってるんで」
「そうです、たまには僕たちにも任せてください…!」
「うっ…有難う…二郎くんも三郎くんもほんとに良い子だね…」
「そりゃ俺の自慢の弟達だからな!」

落ち込む私にフォローを入れてくれる二人の気遣いが心に沁みる。感謝をそのまま口に出すと、一郎が胸を張ってそれに答えた。
その言葉に、二郎くんと三郎くんがへにゃりと表情を緩ませる。憧れの一郎に褒められて嬉しいというのが駄々洩れだ。

「じゃ、早速…。うん、うまい!」
「! 兄ちゃん、ほんとに?」
「僕たちのことは気にせず、忌憚ない意見を聞かせてください…!」
「ああ、マジでうまいぜ。いつも俺が作るのと変わらねぇな」
「それなら良かったです…!」
「いつものやつをイメージしながら作ったんだ!」

二郎くんと三郎くんのその台詞に、なるほど、この味付けは山田家の味だったのか、と納得した。
いつも私の味付けでご飯作っているけれど、山田家には山田家で作っている味付けがあるのは当然で、普段は知ることのできないそれを味わえるのは少し新鮮な気分だ。

「生姜焼きもうめぇな…!キャベツは二郎が切ったんだって?」
「そうだよ、兄ちゃん!」
「二郎お前、この太すぎるキャベツは流石にどうにかするべきじゃないのか…」
「食えりゃ良いんだよ食えりゃ!」

わいわいと賑やかに食事をする三人の姿を眺めなら、この家庭の味をしっかり覚えておこうと、私はまた一口ポテトサラダをかみしめた。

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