3品目 ハンバーグ

「テスト?」

聞き返すと、二郎くんが頷いた。その後ろで不服そうな顔をしていた三郎くんが、ずい、と二郎くんを押し退け前に出る。

「あの、ほんとうに大丈夫なんです。おい、二郎!余計なこと言うなよ」
「っつっても事実だろーが!それにな、こういうのは後からバレた方が怒られんだよ」
「僕はお前と違って怒られるような悲惨な結果になったりしないんだよ 」

やけに実感の籠った二郎くんの忠告に、三郎くんが瞬時に反論する。
わいわいと言い合う声をBGMに、私はつい先ほど告げられた言葉を頭の中で繰り返す。テスト、テストかぁ。そういえば、先日一郎ともそんな話をしたばかりである。よく考えるまでもなく、彼らも学生なのだから、その他大勢と同じくその期間が被るのは当たり前だ。そう納得してから、私は確認するためにそれを再度口にした。

「えーっと、つまり、三郎くんは明日テストがあるのね?」
「ハイ!」

答えたのはなぜか二郎くんで、「なんでお前が返事するんだよ!」というツッコミが入る。うん、それはごもっともだ。

「なのにこいつ、余裕ぶって今日も手伝うなんて言ってるんスよ」
「だから、余裕ぶるもなにも、事実余裕なんだよ!」
「いや、テストならきちんと勉強しないと。今日はお手伝いはいいよ」
「えっ…!?」

テスト前の受験生にご飯作りを手伝わせるわけにはいかない。そう思って辞退をすると、断られると思っていなかったらしい三郎くんは、一瞬傷ついたような顔をした。
それに私の良心が痛む。年下の、しかもめちゃくちゃ顔が良い子を悲しませてしまった罪悪感すごい。

「どうしてもだめですか…?」
「ひえっ」

下から上目遣いで窺われて、思わず悲鳴が漏れた。
あっこれは私の心が揺らいでるのをわかってやってるな、と頭の片隅で冷静な私が判断している。けれど、画面偏差値の暴力の前ではそんなものは無駄な抵抗だ。
このままだと押し切られてしまう…!
うう、と苦し紛れに目をそらすと、もう一押しと思ったのか、三郎くんが私の手を取った。

「お願いします、名前さん。僕に手伝わせてください…!」
「いや、だから、あの、」

この子一体どこでこんな技を覚えてくるんだ。最近の中学生怖い。
自らの武器を駆使しどうにか私を頷かせようとする三郎くんの圧に私がとうとう屈しそうになったその時、そんな窮地を救ったのは、二郎くんだった。

「おい、名前さん困ってんだろ。ダメだって言われたんだから諦めろ」

べし、と軽い音がして私の手が解放される。二郎くんが三郎くんの手を上から叩いて振り落とした音だった。
普段は喧嘩になるからと嗜める場面だけど、今回ばかりは助かった…二郎くんGJ。
私は明らかにほっとした顔をしていたのだろう。常ならば手を出されたことに対して三郎くんの嫌味が飛んできそうなものだけれど、三郎くんは口をへの字に曲げ二郎くんを睨み、渋々という風情ではあるものの「仕方ないな…」と呟き引き下がった。

「三郎くんがテスト勉強優先したからって、私も、もちろん一郎も別に怒ったり失望したりしないよ?」

恐らく、三郎くんがここまで食い下がるのはその辺りを気にしてのことだろう。そう当たりを付けて諭すと三郎くんは首を振った。

「それはわかってます。いち兄も名前さんも、優しいので。ただ僕は、僕を差し置いて二郎が二人の役に立つことが単純に気に入らないんです」
「そ、そっか……」
「テメェ兄に向かってそこまで言うか」

私が思っていたよりずっと単純な理由に脱力する。そういえば、三郎くんもクールそうに見えて結構負けず嫌いな所があったんだった。

「三郎くんの気持ちは分かったけど、でもほら、もし万が一テストの結果が芳しくなかったとしたら私が申し訳ない気持ちになっちゃうから、ね?」
「…そう、ですよね。僕の方こそ、わがままを言ってすみませんでした」

ぺこり、と三郎くんは頭を下げる。自分が悪いと思ったらきちんと謝れる、良い子だなと思う。二郎くん以外に対しては、と注釈がつく点さえどうにかなればだけど。


「けどほんとうに心配だ…二郎、間違っても邪魔だけはするんじゃないぞ!お前のせいで今日の夕飯が台無しになったら皆が迷惑するんだからな」
「うるっせーな!!何回も言われなくてもわかってんだよ、テメーは俺の保護者かアァン!?」
「もし僕がお前の親なら早々に親子の縁を切ってるさ! なにかあれば、すぐに僕を呼んでくださいね…!」
「大丈夫大丈夫、出来たら呼ぶから、こっちのことは気にせず勉強に集中してね」
「テメーが感激の涙を流すぐらいスゲー晩飯を作ってやるから覚悟しやがれよ三郎」
「だからお前が無駄に張り切ると嫌な予感しかしないからやめろっていってるだろ。言われたことだけをやってろ、余計なことはするな、マジで!」

これでもかと心配を残しつつ、三郎くんは自分の部屋へと向かっていった。
勢いよく啖呵を切ったついでにハードルもがっつり上げてしまった二郎くんは、張り切った様子で「で、何をすればいいっスか!」と聞いてくる。

「ちなみに今日の献立は何か分かる?」
「今日は、ミンチと玉ねぎ…卵…だから、ハンバーグ…?」
「正解!」

ぱちぱちと拍手をすると、二郎くんは照れ臭そうに頬を掻いた。簡単な問題だったとは思うが、そんな風に喜んでくれるなら出した甲斐もあるってものだ。

「でも、ハンバーグってこれ使います?」

材料をざっと見まわした二郎くんが、そういって不思議そうに取り上げたのは白くて細長い野菜。そう、長芋である。

「うん、これをタネに入れるとふわっふわになるの」

説明しながら、ちょうどよかったと私は引き出しからおろし器を取り出した。

「さて、今日の二郎くんにはとっても重要な仕事が2つあります。そして今からやってもらうのはその一つ目です」

重大なことを告げるように声を落とすと、二郎くんもその雰囲気に釣られてごくりと唾をのむ。

「それは…?」
「それは、長芋をすりおろすことです…!」
「な、なんだそんなこと…楽勝じゃないっスか!」
「あ、ほんと?助かるなー、じゃあよろしくね」

そう言って二郎くんにおろし器を手渡す。簡単な作業だと高をくくっていたらしい二郎くんの余裕は、しかし、数分後には脆く崩れ去ることになった。

「んだコレ、ぬるぬるしてやり辛ぇ…くそっ…!」
「間違えて手を擦らないように気をつけてね〜」
「は、はい…!」

長芋につきものの粘りに、案の定二郎くんは苦戦している。その様子を背に、私はハンバーグに入れる玉ねぎをみじん切りするために包丁を手に取った。
皮を剥いた玉ねぎを半分に割って、先端の部分は切り落とす。根本の部分を奥側にして、まずは縦に切れ込みを。その後包丁を寝かして横にも何度か切れ込みを入れたら、玉ねぎの向きを変えてまた縦に切っていけばみじん切りの完成だ。生のままでも食感が残って良いけれど、今回は水気を減らしたいので先に炒めておくことにした。
フライパンに入れて、焦がさないように気を付けながら火を入れていく。飴色になったらフライパンからお皿に移し、熱を逃がしやすいように平らにならしてから冷蔵庫にインしておいた。
さて、二郎くんの進捗はどうだろうか。確認するために振り返ると、ちょうどよく二郎くんが山芋をすりおろし終わるところだった。

「おっしゃ、終わりました!」
「ありがと、手はかゆくなってない?」
「いや、それは大丈夫っス。俺丈夫なんで!」
「そっか、それならよかった。私すぐかゆくなるから苦手なんだよね…」
「名前さん、それで俺に重要な仕事って言ったんスね」
「うん」

丸投げしてしまった手前、これで二郎くんもかゆくなる体質だったら申し訳ないなと少し心配していたのだ。あのかゆみに体の丈夫さが関係あるのかどうかはわからないが、結果としてなんともないのならよかった。
出来上がったとろろは後で使うので端の方へよけておく。

「それじゃ、あともう一個の仕事も俺にばっちり任せて下さい!」
「やる気があって大変よろしい。まあ、玉ねぎを冷やさないといけないから次の仕事はもうちょっと待ってね」

次の工程では玉ねぎを使うのだが、先ほど冷蔵庫に入れたばかりだからまだ温度が下がりきっていないだろう。温かいものを使うわけにはいかないので、玉ねぎが冷めるまでしばし小休止だ。

「使う器具だけ出しとこうか。大き目のボウルを用意しておいてくれる?」
「ウス!」

その隙に私は別のボウルに水を張り、冷凍庫から出した氷をがらがらと入れていく。冬場になぜ氷を使うのだろう、と言いたげな二郎くんの視線を感じたが、私はそれを敢えて無視をしておいた。あと少しすれば嫌でもその理由は分かるからね…。
一通りの準備を終えて、私ははじめの三郎くんとのやり取りを思い出していた。

「それにしてもテストか…そういえば、二郎くんの方は終わったの?」
「この間終わったっス」
「なるほど。結果は?」
「……兄ちゃんに迷惑かけない程度には…」

二郎くんはあらぬ方向へ視線をずらしてそう言った。この反応から見るに、赤点ギリギリというところかな。

「っつーかどんだけテストでいい点とっても、将来何の役にも立たねぇと思うんスよね」
「うーん…二郎くんは進学するの?」
「いや、俺、卒業したら兄ちゃんの手伝いをしてぇなって。わざわざベンキョーしに大学なんか行きたくねぇっつーか」
「ということは、萬屋に就職するってこと?」
「まだ兄ちゃんには言ってないけど、一応、そのつもり…。今までも簡単な依頼とかだったら、手伝ったりもしてるんスけど、でも、やっぱりもっと兄ちゃんの力になりたくて」
「…そっか。そうやってきちんと目標があるんだったら、あんまり成績を気にしなくてもいいかもね」

少なくとも、特に将来の夢もなく惰性で大学に行っている人に比べたらよほどしっかりしているといえる。この言葉、そっくりそのまま自分にも刺さるブーメランだったりもして、なんだか心が痛くなってきた。私より年下の二郎くんの方が将来をきちんと考えているなんて、年上として情けない気分だ。
いけないいけない、ここで落ち込んでしまえば二郎くんが気に病んでしまう。それに、暗い気持ちで美味しいごはんが作れるはずもない。
気分を変えるため、私はパン!と手を叩いて「ハイ、休憩終わり!」と声を上げた。突然の音に二郎くんがびくりと肩を震わせる。

「うわっ!名前さんいきなりビビらせるのやめて下さいよ」
「あはは、ごめんね。そろそろ玉ねぎも冷えたかな、と思って」

冷蔵庫の中の玉ねぎを確認すると、良い感じに冷たくなっている。私はそれとミンチも一緒に取り出すと、二郎くんに出してもらったボウルの中に投入していった。
ミンチ、玉ねぎ、パン粉、塩コショウ、ナツメグ。そして卵は黄身と白身に分けてから、黄身だけを入れる。
殻を使って分ける様子を、まるで魔法でも目の当たりにしているかのように見ていた二郎くんから「そっちは入れないんスか?」と疑問の声が上がった。

「白身までいれると水分が多くなりすぎちゃうかもしれないから、とりあえずは黄身だけ。白身は使わなかったら冷凍すればいいから」
「へぇ…あ、とろろ入れます」
「ありがと」

材料を全て投入し終わり、ここからが大変な作業である。

「さて、二郎くん。本日二度目の重要なお仕事だよ」
「おっ、やっとっスね!!混ぜりゃいーんスよね」
「うん、そうなんだけど。その前にやらないといけない大事なことが一つ」

そこまで言って、私は氷水の入ったボウルを指さした。

「これで、手を冷やしてください」
「は!?こんなに寒ぃのに!?」
「ミンチが体温で温まると脂が溶けちゃって食感が悪くなるんだよね。だからそうさせないために手を冷やすの。私もやるから、がんばろ!」

ぐっと握りこぶしを作って励ますけれど、ぷかぷかと氷の浮かぶ水を前にして、二郎くん完全に躊躇している。
いや分かるよその気持ち。でもここを通らないことには、先には進めない。私は心を鬼にして、追い打ちをかける。

「一郎と三郎くんのために、美味しいハンバーグを作るんでしょ?」
「そっか…兄ちゃん、とついでに三郎にも…! よし、俺、行くぜ!!」

私のセリフは効果絶大だったようだ。気合の入った掛け声とともに、二郎くんは勢いよくその手を氷水につける。

「冷てぇえええ!!」

間髪入れずに悲鳴が上がった。そんな姿を見ていると私もしり込みしてしまいそうになるけれど、私も腹をくくってボウルに手を浸した。
刺すような冷たさが手先から広がっていく。感覚がなくなってくるぐらいまでよく冷やし、もう充分かなというところでボウルから抜いた。
急いでビニール手袋をはめて、もう1対を二郎くんに渡す。

「さ、手が温まらないうちにこれつけて!」

二郎くんが手袋をはめている間に、タネを混ぜていく。
やはり卵は黄身だけにして正解だったようで、丁度いいぐらいの水分量だ。残った白身は、落ち着いたら冷凍することにして、まずはこちらを片付けてしまわないといけない。
適度に練りつつ、けれど練りすぎないように気を付けて、手早くタネを混ぜ終わると私は二郎くんに声をかけた。

「じゃあこれをハンバーグの形にしていこうか。タネをある程度取ったら両手でキャッチボールみたいに往復させて空気を抜いて、真ん中をすこしへこませるの」
「こう…こんな、感じ、で…オッケーっすか」
「ばっちり!じゃんじゃん作っていこ!」

氷水でキンキンに冷やした手が痛い。それに耐えながら手早くタネをまとめていく。
隣で同じ作業をしている二郎くんもかなり辛そうだ。

「名前さん、ハンバーグ作るときって毎回こんなことしてるんスか?辛すぎません?」
「いや、私も一人で食べるんだったら面倒だし絶対やらないけど」
「えっ」

というか最悪ボウルも使わずビニール袋でにぎにぎして終わらせる。二郎くんの問いに即答すると、二郎くんはびっくりしたようにこちらを向いた。

「やらなくてもいいことを、わざわざ…?」
「そりゃあ楽しようと思ったらもっと楽は出来るよ。でもほら、人に食べてもらうものだから、どうせならより美味しいって思うものを作りたいからね。
まあ、単なる拘りだから付き合わせちゃってる二郎くんには悪いけど」

ごめんね、と続けると二郎くんはゆっくりと首を振った。

「や、それちょっと分かるっス。俺もこの間、そんな大したことしたわけじゃねーけど、でも、自分が作ったモン兄ちゃん達が食って、うまいって言ってくれたの、すごく嬉しかったんで」

そういってへにゃりと相好を崩した二郎くんの顔は本当に幸せそうだ。その気持ち、私にも覚えがあるのでよく分かる。

「お、料理の醍醐味がわかってきたね〜。折角だからこの際二郎くんも料理勉強する?」
「初めは俺には必要ねーって思ってたんスけど、それも良いかもなーって」
「女の子にもモテるかもしれないしね」
「ハァ!?いやそれは俺は別に興味ねーし!」

少しからかってみると、二郎くんは面白いぐらいに動揺して、持っていたタネをぐしゃりと握りつぶしてしまった。動揺しすぎて口調も崩れてしまっている。
その様が面白くてくすくす笑うと、漸くからかわれたことに気づいたのか、二郎くんはじっとりとした目でこちらを睨んできた。ただその眦は先ほどの騒ぎで少し赤く染まってしまっているのであまり迫力はない。

「うう、笑うとかヒデェ…」
「ごめんごめん。でも実際、モテ云々は冗談にしても、出来ないことは少ないほうがかっこいいと思わない?」

そうフォローすると、二郎くんは「そりゃそうかも知んねーけど…」と、もごもご呟いた。

「…名前さんもそう思ってるんスか…?」
「私?うーん…そりゃ何もできないよりはなんでもできた方がいいんじゃないかな」
「そっか…」

一般論的に考えてそう返すと、二郎くんは視線を落として何事かを考えていたが、しばらくしておずおずと口を開いた。

「じゃあ、ちょっと、考えてみるっス…」
「うん、その気になったら教えてね」

その気になればと言ったものの、この様子を見る限りでは、三郎くんに続いて二郎くんにももっとお手伝いを頼めるようになるのも遠い未来ではなさそうだ。


そんな話をしている間にもハンバーグづくりは順調に進み、最後にボウルに残った少し多めのタネを大きなひとつのハンバーグにしおえると「終わったー!」と自然と声を上げていた。

「はー…今日イチ辛かったぜ…」
「お疲れ様!後は焼くだけだから簡単だよ」

フライパンに油をひいて、よく温めてから、ハンバーグを並べていく。今回は煮込みハンバーグにするつもりなので中火で両面に焼き色をつける間に、二郎くんにデミグラスソースの缶を開けてもらった。
焼き色が付いたら、煮込む前に中にも火を通すため蓋をして数分焼いておく。こうすると肉汁が出ていきにくくなるのでジューシーなハンバーグになるのだ。
その片手間で、サラダにするための野菜をささっと切っていった。キャベツは千切り、キュウリは斜めに薄切り、レタスは二郎くんに手でちぎってもらう。
以前どこかでレタスは包丁を使うより手でちぎった方が良いと目にしてから、レタスは出来る限り包丁を使わないようにしている。
それらを合わせてできたグリーンサラダは、大きなお皿にまとめて入れた。それぞれ好きな量を取り分けるスタイルだ。
そろそろ中心に火も入ったころだろう。フライパンの蓋を開けると、肉の焼ける良い匂いがキッチンに充満した。

「うっわあ…腹減る…」
「だねぇ…はやく食べたい…」

ともすれば鳴ってしまいそうなお腹の虫をどうにか宥め、デミグラスソース缶の中身をフライパンに開けた。
このままでは濃いので水で伸ばして、ケチャップを加えて味を調える。適度な大きさにしたしめじとブロッコリーを加えてから、また再び蓋をした。
ぐつぐつとソースの煮込まれる音がキッチンに響く。匂い、音、すべてが空腹を刺激する。お腹すいた。辛い。

「やべぇぐらい良い匂いが外まで漏れてんぞ」
「あ、一郎お帰り」
「兄ちゃん、お帰り!」
「おう。あれ、三郎はいねーのか?」
「部屋でテスト勉強してるよ」
「俺、呼んでくる!」

私も二郎くんも余りにもお腹が空きすぎて、一郎がキッチンに現れるまで帰ってきていたことに気づかなかった。
この匂いが外にまで漏れているということは、当然三郎くんの部屋にも届いているだろう。とんだ飯テロをしてしまった気がする。
テスト勉強の妨げにならないようにしたつもりだったのに、結果的に邪魔した形になってしまったかもしれない。申し訳ない。
二郎くんと三郎くんの言い争う声が、かすかに聞こえてきて、一郎が呆れた声を出した。

「全く…あいつらしょうがねぇな…」
「もう二人のコミュニケーションになってるよね」
「ちょっと止めてくるか」
「いってらっしゃい」

一郎が喧嘩を止めるためにそちらへ向かう。私は食事の用意をしておくことにした。
3人が帰ってきたら、待ちに待ったごはんの時間だ。


ハンバーグを深めの更によそい、その上からデミグラスソースをたっぷりとかける。しめじもソースも茶色だが、ブロッコリーの緑のおかげで色合いも鮮やかだ。
ご飯の配膳も済ませてもらっているし、サラダも先にある程度取り分けた。後でおかわりしたい人は残りを取っていけばいい。
一人一人の席にハンバーグの入ったお皿を配っていくと、自分のお皿をみた二郎くんが「あ、」と声を上げた。
慌ててしーっ!と、口の前に人差し指を立てた。幸い、お茶の準備をしていた他の二人はそれを見ておらず、ほっと胸を撫でおろす。
二郎くんの器に入れたのは、最後に作ったひと際大きなハンバーグだ。

「今日は二郎くんが頑張ってくれたからね。皆には内緒」
「…!あざっす!」
「ん?どうしたんだお前ら」
「なんでもなーい。ほら、あったかいうちに早く食べよ」

私たちの様子に気づいた一郎が聞いてきたが、それを軽く受け流して、私は席につき皆を急かした。

「じゃあいただきまーす!」
「「「いただきます!」」」

全員が席についたのを確認して、もう恒例となった私の掛け声を皮切りに、みんながハンバーグに箸を入れていく。
一口分を取るために端の方を割ると、じゅわりと肉汁が飛び出した。デミグラスソースを絡めて、口に運ぶ。

「肉汁熱っ…うまっ…!」
「これ、すごくふわふわしてて…美味しいです」

とろろのおかげで柔らかさが増していて、口に入れるとふわふわほろほろと解けていく。それに肉の旨味がつまったデミグラスソースが絡んで、頬が落ちそうなほどに美味しい。
皆の口から幸せの声が零れた。二郎くんに至っては、言葉もないほどに食べるのに夢中になっている。
仕方がないので、私が二郎くんの代わりに教えてあげることにした。

「このふわふわも肉汁も、二郎くんがたくさん頑張ってくれたおかげなんだよ。ね、二郎くん!」
「二郎が?よくやったな!」
「へ、へへ…」
「三郎くんはどう?」
「……まあ、二郎にしては、よくやったんじゃない…?」
「三郎…お前…!」
「おい調子に乗るなよ…!お前にしてはってだけで、僕だったらもっと上手にできるんだからな!」
「テメーはどうしても俺を手放しで褒められねぇのか!?」

そうは言うものの、三郎くんの物言いが照れ隠しであることぐらいは二郎くんにだってわかっているんだろう。
その証拠に、それ以上言い争いが続くことはなく、二人は食事に戻った。
今日話していた料理の醍醐味、また二郎くんに味わってもらうことが出来たみたいだ。
美味しそうにハンバーグを頬張る一郎と三郎くんを見る二郎くんの表情が、それを雄弁に物語っていた。

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