夢を見た。
 ボクは大きないきものから必死で身を守っていた。足は泥濘に嵌ったように動かないので、両手で頭を庇って、腕の隙間から相手を伺う。それは人間のかたちをした顔のない生き物で、輪郭が酷くぼやけている。生き物は長い腕を振るって殴りつけてくる。何度も何度も。
 抵抗しようにも身体に力が入らない。「やめてくれ」と言葉を発せば攻撃は苛烈さを増した。しばらく静かにしていると緩やかに腕が下げられた。ボクの体はズブズブと泥濘に沈んでいく。逃げるように、眠るように。
 そして、目が覚める。

★★★

 学校帰りにカフェ・ドゥ・マゴに来て欲しい、と露伴先生から連絡があったので、ボク、仗助くん、億泰くんの三人はいつもの席に座ってそれぞれ飲み物を飲んでいた。
「あ、いた」
 億泰くんの声に顔をあげると、やれやれと肩を竦めた露伴先生がボクらのテーブルの空いた席に座った。
「ぼくが呼んだのは康一くんだけだぜ。どうしてきみたちもいるんだよ」
「ボクが声をかけたんです。【スタンド】の話なら二人もいたほうが良いかと思って。ダメでした?」
「……まぁ良いさ。話を始めようか」
 どうしてこの人は開口一番に喧嘩をふっかけるんだろう。暗に「お前たちは必要ない」と言われた仗助くんと億泰くんはすっかりむくれた顔をしてしまっている。それでも帰る、と怒り出さなかっただけ僥倖だ。最近の彼らはどこか苛立っている。
「連日、杜王町一帯に降り注ぐこの【黒い羽根】だが、ぼくが調べたところ、あることがわかってね。これはクロウタドリの羽根だ。スズメ目ツグミ科に属する渡鳥なんだが、日本では少々珍しい鳥だな」
「鳥が大量発生したって話ですか? せんせ、おれたちはそんなこと聞かされるために来たわけじゃあねえんですよ。暇じゃねえんス」
「なんだ仗助、きみカルシウムが足りてないんじゃないか? いいから聞けよ。3週間は降り続いたこの羽根、軽く見積もっても重さにして数トンはある。その遺伝子を調べたところ、なんと全てがひとつに集結したんだ。つまり、この羽根を降らせているのはたった一羽のクロウタドリってことだ。……どうだ、異常だろう?」
 ごくり、と誰かが唾を飲み込んだ。態々確認されなくとも、明らかな異常事態だった。露伴先生が差し出した参考資料に映る鳥は、カラスを一回りほど小さくしたようなサイズで、数本羽根を抜き去ればすぐにハゲてしまいそうなこの鳥から、夥しい量の羽根が抜け落ちていると考えるだけでも気味が悪い。
「どこかで残っていた【弓と矢】に貫かれたこの鳥が、この異変を引き起こしてる、っつーことスか」
 固まっていた仗助くんが口を開いた。
「ああ。クロウタドリは冬鳥だ。海外で【弓と矢】に接触して、はるばるこの町にやってきたと考えても良いだろうな」
「でもよぉ、先生。一体全体どうやってその小せえ鳥を探すんだよ? 承太郎さんはもうアメリカに帰っちまってんだぜ」
 ボクは億泰くんの問いに頷いた。前に承太郎さんと仗助くんが撃退したと言う化け物ネズミの話を思い出したからだ。
 その時はシートン動物記宜しくネズミの生態を知り尽くした承太郎さんがネズミの潜む場所を探り出したのだと言う。
 残念ながら、今回ここにシートン教授はいない。
「気長にやるしか、ねえってことかよ」
「あと、ひとつ。気になることがあるんです」
「なんだ、康一くん?」
「この羽根が降り出してから、どうも町の人たちが落ち着かない気がして。どうもピリついていると言うか、町を歩いていても怒鳴り声をよく聞く気がするんです」
 ボクは遠慮がちに仗助くんと億泰くんに視線を送った。彼らは一瞬考える素振りを見せて、それから口を開く。
「実はよお、最近嫌な夢を見るんだよ。それで、寝覚めが悪いっつーか……、胸がムカついてるぜ」
「おれもおれも! なんかでけえヤツに殴られる夢見んだよ」
 二人が口を揃えて出した言葉に、ボクと露伴先生も思わず顔を見合わせた。それは、確かにボクが昨夜見た夢だった。
「うちにも先日石が投げ込まれたよ。イタリア製の飾り窓が粉々だぜ畜生」
「ただキモチワルイ羽根を降らせるだけじゃなく、負の感情を煽る【スタンド能力】だとしたら、こりゃ厄介だぜ」
「早急にカタつけねえとってことかよ」
 億泰くんが握り拳をてのひらにぶつける。そういやどことなく顔色が悪い気がした。仗助くんも目の下にクマを作っている。

★★★

 噂の鳥を捕まえるためにどうするべきか、鳩首凝議が行われる中、背後から明るい声が掛けられた。
「あれ! みなさんお揃いで」
 リクルートスーツを着いた女性は重そうなキャリーバッグを引き摺っている。「玻瑠さん」と彼女の名前を呼んで、仗助くんが立ち上がった。
「学校帰りにみんなでお茶会?」
「まあ、そんな感じです。玻瑠さんは面接の帰りスか?」
「そうなのよ、お祈りお祈り。あ、見てみて。さっきバスターミナルでイベントやっててね、くじ引きしたら沢山お菓子もらったの。みんなで食べたらいいよお」
 屈み込んで徐ろにキャリーバッグを開けた玻瑠さんは、大きな紙袋を取り出して仗助くんに渡した。彼でも抱えるほどの中身はチョコレートやらクッキーらしく、仗助くんは失笑している。
「すげえ。ホントは就活じゃなくて、パチ屋に行ったんじゃないスか〜?」
「パチンコやらないって知ってるくせに〜」
 玻瑠さんに軽く叩かれて、仗助くんが大袈裟に痛がる。ふたりは相変わらず仲睦まじい。
 軽口を交わしたあと、玻瑠さんは手を振って歩いて行った。仗助くんが伸ばしかけた手を引っ込めたのを見てしまって、ボクは慌てて視線を逸らした。内定を貰うまで、邪魔はしたくないと言っていたから、彼を応援したい気持ちがある。
「波瑠さんは元気そうでよかったね」
「無理してねえならいいんだけどよ。この間も不審者に遭ったって言ってたし」
「不審者?」
「ボケた爺さんらしいぜ。具合悪そうにして声掛けてもらうの待って、急にどついてきたってハナシ」
「それ、共有しておいたほうがいいかもね」
 仗助くんは浮かない顔だ。本当なら側にいて守ってあげたいと思っているのだろう。彼の、類稀な血筋のまわりの人たちは危険が多い。お祖父さんを亡くしたり、お母さんが怪我を負ったり。その度に彼は酷く心を痛めているのだ。
 仗助くんの大事な人たちが傷つく姿を近くで見ていたボクは、彼の気持ちが多少なりともわかるつもりだ。
「……あと、追い掛けたら? 玻瑠さん荷物重たそうにしてたし、今日くらいはゆっくり休んでも良いと思うなあ」
「ありがとよ、康一。……これやるわ」
 背中を叩く手のひらは優しくて、見上げた仗助くんの顔色は先程よりもよく見えた。仗助くんは鞄を掴み、億泰くんと露伴先生に向けて短く謝罪をすると玻瑠さんの後を追いかけていった。

 後に残されたのはボクたちと、仗助くんがボクに持たせた大量の菓子。よく見ればそれは市内の洋菓子店の焼き菓子で、安物ではないことがわかる。ひとつつまみ上げて、億泰くんが言った。
「すっげぇ量! くじ引きだっけぇ? 波瑠さん、ツイてんなあ」
「この時期に【ツイてる】ねえ。こんなことで運を使い果たして、就活で転けなきゃいいがね」
「ろ、露伴先生! それ本人の前で言わないでくださいよ」
 わかってるさ、と露伴先生は言って、それから頬杖をついて思案を始めた。ボクと億泰くんは飲み物を注文して、ふたりでカバンに焼き菓子を詰め始めたのだった。
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