第六話 決意を胸に


 波瑠の提案に目を丸くしたのはエーギルの民だけでは無かった。――魔女。それはミスラの民の信じる伝説の存在であった。先代の族長たちが誓いを交わしたことは真実でも、それを見守った魔女の存在は、話を神聖化するために人の口によって付け足された話だと思っていた。
 真剣な顔をして魔女の存在を口にする波瑠のことを驚いて見つめる太陽や豪の表情を見て、ミスラの中でも意見が統一されていないことに鳴は気づいた。それはそうだろう、こんなこと、前代未聞だ。

「いいわね。真実を知る者がいるのなら、魔女だろうとなんだろうと話を聞きに行きましょうよ」

 なんでもないことのように潤が言った。
 その余りの豪胆さに、鳴は思わず吹き出してしまった。

「いるかいないかもわからない存在に頼るの!?流石洞で暮らしてる民族は違うね」
「原始時代の民族が貴方たちに呪いを掛けていたと信じていた人に言われたくないわ。自分で解明できないことを他人のせいにし続けるよりは、自分の目で確かめたいと思うのが普通じゃない」
「……おいおい、行く方向で話が進んでるようだけどよ、本当にいるのか。魔女とやらは」

 呆れた様子の俊平が肩を鳴らした。質問の答えを握っているはずの波瑠は彼の問いには答えずに、部屋の壁に掛けられた地図に向かうとある一点を指した。

「山を越えた凍原の向こうに洞窟があって、そこの一番奥に魔女は住んでいるの」
「馬に乗っても3日はかかる距離じゃねえか」
「あら、間に合うわよね。婚約の正式な発表は七日後だもの」

 平気な顔をした潤の姿に従者たちは笑い、対するエーギルの三人は肩を竦めた。

「私は真相が知りたい。待っていてくれる?旦那様」
「……誰が知りたくないって言った?気の強い奥さんが逃げ出したら事だ、俺も行くよ」
「無理しなくていいのよ、漏らされても困るわ」

 鳴の頭に血が上っていくのが目に見えて、面倒になる前に一也が口を出した。このまま喧嘩させておくのも面倒だ。

「待てよ。魔女を探しに行くのもいいが、その間国はどうすんだよ?流石に七日も両国のトップがいないってのはまずいぜ」
「魔女に真相を聞きに行くだけなら俺達でもできますよ、潤さん」

 提案が受け入れられないだろうことはわかっていたが、太陽は一応とばかりに声を掛けた。彼女は一度決めたことは曲げない。案の定左右に首を振られて、彼は口を噤んだ。

「一也と俊平なら上手く誤魔化せるだろ?」
「お前なあ……」
「婚約前にミスラの族長を公に触れさせる機会は中々無いとは思うけれど。もし必要とあらば……」
「かしこまりました」

 潤の視線を受けて頭を下げた波瑠に注目が集まる。預言者を侍女として連れてくる意図は読めなかったが、影武者として連れてきたのならば理解できる。よく見てみれば波瑠の背格好や髪の長さは潤に合わせられていた。仮面をつければ遠目ではわからないだろう。

「潤様、私達も連れていってください」
「そのために着いてきたんだ」

 梓と豪が声を上げた。武勇に優れた二人を傍に置くことも潤の頭に過ったが、彼女はやはり首を振った。
 潤の言葉を代弁するように波瑠が言う。

「エーギル王と、ミスラ女王のふたりを、魔女は待っているから……」
「わかったよ。私たちは私たちでできることをやる」
「……もし、魔女なんかいなかったらどうする?」

 鳴が試すように潤の目を見た。彼女は不敵に笑って、鳴の肩を押した。

「私の首をあげるわ。妄言に踊った愚かな族長の首を晒して、開戦の狼煙にでもして頂戴」
「あははははは!そりゃ良いね! 望まぬ婚礼の行きつく先はどっちかな……」


***



 二頭の馬に乗って鳴と潤は魔女の住むという洞窟へと旅立った。深夜にひっそりと抜け出すように国を出た二人の背を見送り、残された従者たちは顔を突き合わせた。

「……どういう企みだ?蛮族が」
「あ?」
「うちの国王に何かあったら手前のところの雌虫の首揃えたって足りやしねえ」

 苦虫を噛み潰した様な表情の俊平が口を開くと、不穏な空気が場を満たす。乗せられるように睨みつけたのは太陽だった。

「無知なガキを国王に据えたてめーらの責を押し付けんじゃねえよ、軟弱者が」
「太陽!」
「やめろって!真実を知るために両国の長が動きだしたんだ、良い結果を待つしかねえだろ」

 太陽を止める梓も、仲裁に入った豪も納得をした訳では無い。それでも、彼らは自分達の主君が納得のいく道を求めるならばそれを止める術を持たない。梓の握りしめた拳も、噛み締める唇も、全ては潤のためだった。

「同意だね。この占い師がインチキだろうと本物だろうと、先代が俺たちにもこいつらにも隠し事をしていたのは事実なんだ。しこりを残したくないっつーのは両長とも本意だろうよ」
「俺たちにできるのは待つだけってことだ」
「ってことで、考えようぜ。これからどうするのかよ」

 一也も豪の方に着いたことで、場は収まりを見せた。彼らが考えなければならないのは、二人を送り出した後のことだった。婚礼前の新郎新婦が忽然と姿を消したなど、エーギル側もミスラ側にも知らせるわけにはいかない。事実が白昼の元に晒されれば、先代の望みである和平などあっという間に消え去るだろう。
 誰よりも落ち着いた様子の一也は腕を組んで考えるような素振りを見せて、それから楽しそうに笑った。

「なあ、ミスラの男衆。お前ら一旦ミスラに戻ってくれ」
「ああ、情報を探るのか」
「お、流石回転が速いな。そうそう。先代の族長の周りをちょーっと調べてくれりゃいい。だっておかしいだろ?いがみ合っていた両国を婚礼で和平に導こうっていうのに、それを決めた先代たちがだんまり決め込んでるんだ。こりゃ、なんかあるぜ」
「それは、俺らでいいのか?」
「ああ、適任だと思うぜ」

 豪と太陽は反論せずに一也の言葉に頷いた。ミスラの歴史は長い。けれどもそれを継いでいくのは歴代の族長であり、他の民は伝承としての歴史の一部しか耳にしていないのだ。何かが隠されているというのなら、自分達も紐解く手助けをしたかった。

「んで、俊平も」
「わーったよ。神野様の身辺洗えば良いんだろ」
「あの、私は…?」

 高い背を縮まらせて、梓が口を開いた。

「あんた、結構戦える?」
「まあ、それなりには戦えると思うけれど」

 梓の控えめな答えに、豪と太陽は顔を見合わせた。それなり、がどの程度のことを指しているのか二人には皆目見当も付かなかった。ミスラ一の武勇を誇る梓は、彼らの知る限りでは世界で一番強い女性であった。

「ミスラとエーギルの婚礼の余興としてね、女戦士の腕前を拝見したいんだ。そこで思い切り暴れてくれたらいい」
「なるほど、目を逸らすのね。それなら、戦わせてもらうよ」
「御名答」

 役割を振り当てられていくミスラの従者たちはやけに従順で、眼を丸くして自分の言葉を聞く様に一也は思わず笑いだしそうになる。忌み嫌っていた山の向こうの蛮族たちは彼らが思っていたよりも賢く、そして仲間想いだ。それは自分の友人も同じで、だからこそぶつかり合う。
 露見すれば一大事というこの状態で、知見が広がっていくのを感じてやはり面白いと思うのだった。

「んで、預言者サマは…」
「あは、暖かい牢屋がいいな」
「そんなとこねーよ」

 鳴と潤を焚き付けたのは波瑠の言葉だ。妙にしっかりと告げられた彼女の“予言”が本当かどうかは彼女以外は確かめるすべを持たない。ミスラの従者たちは牢に入れる、という言葉に表情を変えたが、波瑠自身がそれでいい、と同意した。

「御幸さん、その子に酷いことしないでね。私をこちらに残したこと、後悔させちゃうから」
「はいはい」

 ミスラの民は余程結束が強いらしい。睨みつける三つの目を一身に受けて一也は俊平に目配せを送る。こちらだって、ただ待つのは性に合わない。


prev next
top/サイトへ