「ラビット・フット?」
「そう、波瑠が言ってたテロリストの名前。知ってる?」
アークから支給された制服を着こんだ潤が太陽に向かってシリアルバーを手渡した。
行き先も告げられずに乗せられた輸送機はけたたましいプロペラ音を鳴らして二人を運ぶ。
<瞬間移動能力>を持つ太陽ならばわざわざ移動手段を用いる必要はないのだが、任務の際はアークから派遣されている現場監督者も同席するため彼の指示を仰ぐために現場の近くまでは航空機を使用するのだ。
手を使わずにシリアルバーの中身を瞬間移動させた太陽は齧りながら潤に答える。
「まあ、触りくらいは。最近勢力を広げてるアンチ超能力者の集団ですよ。加入メンバーは多国籍で、爆弾騒ぎから超能力者贔屓の政治家の暗殺まで手広く迷惑行為を行う迷惑な奴ら」
「詳しいじゃない」
「まあね」
「また総務で情報盗み見てきたんでしょ。駄目よ、後でクリス先輩に叱られるんだから」
「……潤さん、いいかげん姉さんぶんなくていいでしょ」
肩を竦める太陽に潤は笑う。二人は同じ養護施設の出身だった。彼らの能力を持て余した両親によって施設に預けられた二人は姉弟のように育ったため、どうしても年上の潤は太陽の世話を焼きたくなってしまうのだ。
彼もレベル5の瞬間移動能力者だ。高校生にもなって子ども扱いされたくないという気持ちをどれだけ表に出しても、日本最強のレベル7を前にしては逆らえない。
「いつまでたっても、私は太陽の姉さんのつもりだよ」
「はいはい」
はあ、と溜息をつく太陽を見れば誰もが彼の気持ちに気づいただろうが、当人の潤は彼の気持ちを知ってか知らないでか彼のことを弟扱いすることをやめるつもりはなかった。彼女の中で太陽は優秀なパートナーである以前に、守るべき弟分であるのだ。
「おい二人とも、準備いいか? 今回はテロリストの殲滅が目的だ。予知によると火力発電所で暴発騒ぎが起こるらしい。そこにテロリストが関与しているという話だ。敵の潜伏場所が届いたら殲滅に向かってもらう。それまでは発電所の被害を食い止めてくれ」
「オッケーだよ豪ちゃん。今日は秒で終わらせよ。ハウンドにもパロットイズにも負けられないからね」
「お、珍しくやる気じゃないすか。いいっすよ、あいつらの負け顔拝むのも悪くない」
リヴァイアサンの現場指揮担当の若林豪が潤と太陽の背中を叩く。二人は通信用のイヤフォンを耳に着けて、航空機の扉から身を乗り出す。遥か下方に目的の発電所の明かりが見えた。
「行ってこい、アーク最強コンビ!」
豪の声を聞いて、軽やかに二人の爪先が離れる。太陽が潤の手をつかんだ時には、二人の姿は消えていた。
***
『梓、雷市、準備はどうだ?』
「おっけーだよぉ平畠くん」
アークの猟犬<ハウンド>は制服を身に纏い来る発電所の異変に備えていた。
通信機器からは平畠からの連絡が届く。彼は本部で現場の状況を調査していた。強い念動力で巨大な物質を動かせる梓と<合成能力>によって人間離れした力を手に入れられる雷市は災害時に重宝される。
二人ともその強大な能力の作用で頭に血が上りやすいのが弱点であったが、そこは現場指揮担当の平畠遼が持ち前の冷静さで上手く二人をサポートしていた。命令に忠実な獣。猟犬、と呼ばれるのはそんなチームの在り方が由来であった。
『今のところは動力にも異常がないらしいが、予知によれば大きな爆発が起きるらしい……。未然に防げれば良いんだが、異常が見られないのであれば動きようがないな』
「怪しい奴がいたらぶっとばーーーす!!!」
「やだ、雷市くん今日もやる気十分で素敵」
カハハハハ!!と大声で笑う雷市とそれを幸せそうに眺める梓。一見気の抜ける風景ではあるが、梓はいつでも能力を解放できるように気を張っている。雷市はもう自身の視力を常人の何倍にも高めていた。自身の身体能力を底上げできる能力は多く在れど、自身の姿を自由自在に変化させる程の例は雷市が初めてだった。しかもその変化を無意識に行って居るのだから底が知れない。
『−−−、動きがあった。動力庫へ向かってくれ。蛇と鸚鵡に負ける気なんか更々ないぞ』
「あら、今日の勝負の話、平畠くんも知ってたの」
「勝負と聞いたら負ける気しねえ、梓さん、頑張ろう……!」
『さ、アークの敵を嗅ぎつけてくれ。俺の自慢の猟犬』
「「了解」」
****
火力発電所の事務所に<パロットイズ>の三人は待機していた。高感度の<接触感応能力>を持つ波瑠は情報や思念の集まる場所に行くだけで事件解決の糸口を見つけることができる。彼女の前では嘘をつくことすら無駄だ。深層心理にまで潜り込まれて暴かれてしまう。
そんな彼女が事件の起こる前に現場に向かっているというのに、思念の一つも拾えない。職員に疑わしいものは見つからない。動力庫に爆弾等が仕掛けられた痕跡もない。本当にこの場所が予知で導き出されたものなのかすら疑いたくなる状態であったが、アークに所属する<未来予知>の能力者たちが数人係で演算によって叩き出す予知はほぼ”確定”の未来なのだ。それを変えることができるのは、彼女たちのような超能力者だけだ。
「駄目だ、何一つ引っかからない。ここまでくるとステルス系の能力者でもいる可能性が高いね」
「波瑠さんの能力から痕跡隠せる能力者なら、生半可なレベルじゃない。そんな奴がラビットフットに所属してるなら、結構やばいね」
「笑い事じゃねーだろ……、っと、動力庫の方で異常だ。気をつけて行きましょう」
タブレットを鞄に押し込んで、東条秀明と金丸伸二は波瑠に移動を促した。波瑠は見るからに落ち込んでいるが、彼女の能力は精神状態に左右されない。人間の心理に触れる機会が多いからか超感覚を持つ能力者たちは総じて精神力が強いのだ。
「(ほら行きますよ波瑠さん)」
「(まだ蛇にも猟犬にも負けてないですって、頑張りましょ)」
「脳裏に語り掛けてこないで口で言って口で!」
彼女の能力は正常だ。走り出した三人は声を出さないで会話を続ける。
「(従業員は先に避難させておいて正解でしたね)」
「(爆発も大規模じゃないらしい、攪乱か?)」
「あんたたち、喋ると体力消耗するからわざとやってるな!?」
「(昨日も徹夜してんすよ俺ら)」
研究者として働いている信二と秀明はパロットイズのメンバーでありながら現場指揮担当も兼任していた。本来戦闘向きの能力ではない波瑠が現場に出る際のサポートとして彼らも能力を保持している。レベル3ではあるが風力操作と電力操作は応用が広く利く。なにより、超感覚と相性が良いのだ。犯人拿捕にかけては彼らの右に出る者はいない。
だからこそ、三人とも不安を強く感じていた。
「わ、……っあ!痛い!いた、たたっ……」
「波瑠さん!?」
突然足を止めた。波瑠は頭を押さえて蹲る。どこからか攻撃を受けている。この施設の電力情報は信二が抑えていた。張り巡らせている電波についても、ジャミングを受ければ嫌でも彼が気づく筈だった。空気に毒物でも混ぜられていれば秀明が気づく。いや、それよりも波瑠の超感覚に引っかからず攻撃することなど不可能だ。
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