成宮鳴と御幸一也は火力発電所の建物の屋上に立っていた。
 一也の操作しているタブレットの画面を鳴が覗き込む。画面には火力発電所の平面図が映されている。所々動き回る赤い点がアークの能力者たちだ。
 動きを止める三つの点を指して、一也は笑う。
「とりあえず、足がつくことは無くなったな」 
「レベル7を瞬殺? やるじゃん一也」
「殺してねーし俺はちょっと干渉しただけだ。多田野の力が大きいな」
「へえ、あのオタクもたまにも役に立つんだ」
「お前なあ、多田野がどんだけ高度なことやってるか理解できてねえだけだろ」
「だってパソコン苦手だもん」
「だもん、じゃねーよ。おら、行くぜ」
「はいはーい、窮鼠、猫を噛むってね!」
「猫も鼠もいねーぞ」
「……ワザとだよ!」

 照れ隠しのように鳴は屋上から勢いよく飛んだ。やれやれ、と一也も彼に続く。重量に従順に落下する二人の身体は鳴が両手を打ち鳴らすと跡形もなく消えた。


***


 爆発音が響く。
 動力庫に梓と雷市が駆けつけた時には、そこは火の海だった。
 おかしい。二人の頭に警鐘が鳴り響く。平畠からの連絡から1分と経たないうちに駆けつけたはずなのに、どうして動力室に見知らぬ人物がいるのか。しかも、爆発音に誰も気づくことが無かった筈が無い。この手際の良さは明らかに無能力者の仕業ではない。それならどうしてこちらのセンサーに掛からないのか。
 動力室にいたのは「兎の足」のメンバーの一人だ。真田俊平は梓と雷市に向き直り、街で友人に会ったかのように声を掛けてきた。
「おー、中々早いな。御幸の奴、超感覚の奴を潰すとか言ってたけど、間に合わなかったのか」
「あなたが『兎の足』のメンバー?」
「カハハ! 捕まえた……!!」
「捕まるかよ」
 燃え盛る炎の中だというのに、雷市は自身の足を健脚の動物の様に変化させて俊平に迫る。けれどもその拳が彼を打つことは無かった。俊平の身体は雷市が触れた瞬間に液体のように飛散したのだ。
「<物体変化>!?」
「御名答」
 雷市が俊平に向かう間、梓は消火のために火元を探す。火が外に漏れては惨事だ。手当たり次第金属を浮かし、積み上げ、雷市の方へ熱が向かわないようにバリケードを作る。
「いやはや、すげー力だな二人とも。羨ましいぜ。でもまあ、当たらなきゃ意味ねえな」
 じゅるん、と全身を液体状に変えた俊平は二人の間をすり抜けてドアへと向かう。
 敵の狙いはなんだ。攪乱?足止め?外には何がある?この男は何のために……。
「待ちなさい!!」
 考えている暇はない。止めればいいのだ。そのための能力だ。梓は両手を伸ばして自身の能力で俊平を引き留める。人間とはいえ、物質として認識してしまえば彼女の能力で動かすことが可能だ。
「げ、こりゃやべえな、バラバラにされちまう……。こいつの出番か」
 梓の念動力に逆らう術は一般の人間には無い。俊平が尻ポケットに入れていた機械を起動させた。本来指の一本だって動かすことは不可能であった。彼は動くために物体変化の能力で自身の腕を構成する物質を梓の能力が追い付く前に雑多に分解し、そして同時に構築するという離れ業をやってのけた。
「なっ……!!!」
 俊平が起動させたのは、<能力阻害電波発生機>キャンセラーと呼ばれる超能力を無効化す機械だった。アークや国の超能力開発施設などの大規模な訓練施設でしか実用されていない機械のはずだ。しかも、ポケットに入るサイズの小型化に成功したという話など聞いていない。
 妨害電波を出すだけの偽物かと疑ったが、実際に能力を封じられてしまえば信じるほかなかった。
「雷市くん! 追って!」
 自分の能力が抑えられても、放出系の能力ではない雷市ならば俊平に無効化されることもない。梓の声よりも早く、扉を破壊して弾丸のように雷市が飛び出した。
 彼らが遠のいたことで、自身の能力も元に戻る。深く息を吐いて、梓は平畠に連絡を取る。
「もしもし、平畠くん? ちょっとまずいことになりそうかも」



***


 波瑠、信二、秀明の三人は通路で爆音を聞いていた。
 蹲る波瑠の状態は悪化の一方で、頭痛を訴えてから一歩も動ける状況では無かった。二人にも原因がわからない。敵の攻撃であろうことはわかったが、姿が見えない。

「いたい、いたいよ、っ、おえ、……」
(どうしよう、どうしよう、どうしよう、わかんない、何も考えられない。読み取れない、信二と秀明ですら、こんなに近くにいるのに何にもわからない。聞こえない)
「波瑠さん!! 能力を使わないで!」
「ううぅ、うう……」
(能力を解く? 解くってどうやるんだっけ? 敵の手がかりひとつ掴まないで、帰っていいのかな? わたしは、レベル7なのに、また役立たずって言われてしまう。そんなのは絶対いやーー!)
「誰かが脳に干渉してるんだ……、このままだとシナプスが焼き切れる!」

 頭が割れるような痛み、平衡感覚もまともじゃない。ぶちぶちと頭の奥で何かが切れる音がして、口の中が鉄の味で溢れた。鼻から血が垂れて、自分で能力を制御できていないことに気づいた。基本的に波瑠の力は常時解放されているのだ。意図的に心を読まないことはできても、攻撃されている状態ではその誰かに意識が向いてしまっているため、「能力を使わない」という選択を脳が行えなかった。
 このままだと廃人になってしまう。信二が咄嗟に首の後ろを殴った。
 がくりと波瑠が意識を失った。瞬間、背後から声がした。

「おいおい、いいのか」
「……あんたが首謀者か」
「まあその一味ってとこかな。それにしても便利だな、その子の能力。一人いるだけで犯罪激減するんじゃねーの。あぁまあ、その逆も然りか」
「目的はなんだ」

 信二と秀明は波瑠の前に立ち、一也と対峙した。二人の手には電子銃が握られている。
 戦闘向きじゃない、と何度言わせるつもりなんだ。信二は舌打ちを隠さない。
 一也はへらりと笑って頭を掻いた。

「この世から、超能力者を排除したいんだ。俺たち、『兎の足』はな」

 ぞくり、と背筋が冷えた。一也の言葉は嘘じゃない。本気で考えているのだ。

「今日は宣戦布告のつもりだったんだが、レベル7を仕留められるなら仕留めて帰ろうと思ってさ」

 一也が取りだしたのは普通の拳銃だった。

「−−っ!!」

 殺させるかよ。照準を合わせるよりも早く、秀明の手が宙を掻いた。空気の塊を噴射しただけの単純な攻撃だったが、避けようのない風圧に一也の身体は吹き飛ばされる。

「ってぇ! なんだお前等も能力者かよ」

 壁に身体を打ち付けて、一也は背を見せる二人に向けて銃を打つ。正確に放たれた三発は見えない空気の壁に当たって止められる。風力操作の能力者がいることは把握していなかった。
 一也の持つ能力は<空間偽証>超感覚に該当する能力で、空間を歪めて実際とは異なる風景を見せたり、今回の様に脳に直接干渉することも可能であった。同じ超感覚系の能力者であれば、能力を使用する際に相手の思考や脳波を読み取ろうとする。その発されている脳波を少し歪めることで脳が正確に情報を読み取れなくなるのだ。
 一也自体に強力な能力があるわけではない。それでも、レベル3程度の超能力者くらいなら殺せる自信はあった。能力を使わせなければただの一般人だ。訓練を受けてきた「兎の足」のメンバーには敵わない。

「あいつらが暴れるまで、鬼ごっこでもするか」

 サングラスに施設の平面図が投影される。一也の見ている視野と、今秀明と信二が見ている視野には大きな違いがあった。干渉されている当人は、歪みには気づけない。そういう能力なのだ。


***
 

 成宮鳴は外に配置されている燃料タンクの上に座っていた。
 結構な高さの場所からは動力室から上がる火もはっきりと見える。銃声も聞こえる。思わず、笑ってしまうほど首尾よくことは進んでいた。この場所には、日本の誇る最強の超能力者が3人も集まっているのにも関わらず、だ。
 何、結局は微温湯で育ってきた少女たちだったということだろう。大した戦闘訓練も積んでいない、強大な超能力を持つという理由で災害対処に呼び出されていただけ。道具の様に使われて、女神だ、希望だなんだと祭り上げられているだけの女の子じゃないか。
 危険視していた自分たちが馬鹿らしくなって、鳴はポケットのキャンセラーを取り出して手の上で弄ぶ。
 潤と太陽が鳴に座標を合わせて飛んできたのは、その時だった。

「見つけた、犯罪者」
「……ったく、散々邪魔してくれやがって」
「瞬間移動! 便利でしょうがないね」

 眼前に突然現れた潤と太陽は臨戦態勢を整えている。

「とりあえず、先に挨拶からかな。はじめまして。俺は「兎の足」のメンバー 成宮鳴。綺麗な女の子には名前を覚えてもらいたいんだけど、短い付き合いになりそうだから、覚えてなくてもいいよ」
「つれないのね、鳴。収容したあとは面会に行ってあげてもいいわよ。私は星野潤」
「……名乗る意味あります? 俺は向井太陽。さっさと死ね!」

 太陽が金属の板を鳴に向かって投げた。真っ直ぐ飛んだ金属片は太陽の能力で座標を越えて鳴の背後から飛び出した。その時には平たい金属片はもとの形を保っていない。細長く針金のように引き延ばされ、今にも鳴を捕らえる檻へと形を変えていた。

「アルケミスト、だっけ? 大した呼び名だよね」

 潤は複合能力を使いこなす。物質の形状を変化させるくらい彼女にとっては他愛もないことであった。それも太陽の移動させた座標の中で行う操作だ。
 発電所は電気に満ちている。走っている電線から電気を拾い、鉄格子に電磁波を絡ませる余裕まであった。その威力と速さは同系統の能力者である信二が足元に及ばない程で、彼女が錬金術師と呼ばれる所以であった。
 能力を一つに絞らない代わりに、念動力を中心とした異能を合わせ、分かち、自分の手足のように使いこなす。ほとんどの能力値がレベル5以上のため、彼女一人で軍隊と戦える、とまで称される。それが、星野潤の能力だ。

「こりゃ手間取りそうだ。ごめんね、ゆっくり戦ってあげたいんだけど」
「逃げんな!」

 鳴が手を鳴らす。彼の身体は空中へ移動する。まるで遊戯のように、鳴は手を鳴らして太陽と潤の攻撃から身を交わしていく。なにか狙いがあることは明白だった。

「あはは、鬼さん、こちら〜〜」
「殺す!!」
「(……何かを待ってるの…?)」

 潤が疑念を抱いたその時、鳴が上空を見つめた。空には報道のヘリが一台発電所の様子を確認しに来ていた。それがどうかしたのだろうか。潤や太陽にとっては些末なことであったが、鳴にとっては転機であった。

「どこのテレビ局だろ。ま、いっか。『こんばんはーーー みなさん!俺たちは『兎の足』!! 今日は俺たちの活動目的を紹介にきました。俺たちが目指しているのは、至極単純、超能力者のいない社会です』」

 拡声器でも持っていたのかという程の音量で、鳴はヘリに向かって演説を始める。血相を変えたのは潤と太陽だった。いまこれが報道されるとまずい。テロリストを野放しにしてなるものか。鳴の動きを止めるため、潤が周りの機材を分解し、太陽が金属の棒を鳴の周りに転移させる。檻に囲まれても、鳴は動じなかった。

『超能力者は国の宝? 俺はそうは思わないな。特別な力を持った人間なんて、いないほうがいい。違いが大きすぎると、そいつはいつか多くの人に災厄を与えるよ。力を持った人間が、ずっと民衆を助けてくれるとは、限らないんだから、ね!!』

 鳴が手を掲げた。ぱちん、と指を鳴らす。彼を囲む檻が壊れる。呆気にとられる二人の背後で、燃料タンクがけたたましい音を立てて爆発した。
 ドォオオオオオオオン!! 爆音。地響き、建物の崩れる轟音。唖然とする二人を余所に、鳴は手を振った。

「また会おうよ、潤。今度はもっとゆっくり話したいよね」

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