観光1日目

 ホテルの朝食はビュッフェ形式だった。観光客向けのメニューなのか、洋食とバルカの伝統的な料理が大皿に並べられている。日本では見たことのない料理やフルーツに目を奪われ、ついトレイを持ったまま通路を一周してしまった。
 案内された六人掛けのテーブルに一番初めに戻ってきたのは笑だった。荷物を見ていると申し出てくれたルナと交代で席に着く。
「笑ちゃんは朝あんまり食べない派? ここのホテルのお料理おいしいらしいよ」
「年々胃もたれがね……。朝から肉は食えねえのよ」
「見て、朝からお肉とってる人たちいるよ」
 ルナが笑いながら三人を迎えた。一未、荒北、美沙、三人とも白い皿の上に肉料理をしっかりと乗せていた。巨大な小籠包のような食べ物も。美沙は麺類までトレイに乗せている。
「三人とも、朝から満喫してんね」
「まあな」
「俺はこの味付けも嫌いじゃネェんだヨ」
「私はテーブルの上の調味料を見逃さなかったのだ…!」
 各々しっかりビュッフェを満喫しているようである。テーブルの上に美沙の皿が置かれた瞬間、笑は思わず自分の皿に向けていたスマホを美沙の皿に向けた。盛り付け方が芸術的なのだ。食事の量も彩りも立体感も、まるでビュッフェの見本のような盛り付けだった。
「綺麗に乗せるね〜。足りる?」
「勿論もう一周行こうと思っています」
「ンな腹いっぱいにして、市内探索できんのォ?」
 荒北の軽口を無視して、美沙は小籠包もどきを頬張った。
 笑はスクランブルエッグと白米、スープで簡単な朝食にしていた。なにせあと5日間もこの国にいるのだ。機内食で食べたものと同じ細長い米は、日本のうるち米とは品種が違い水分量が殆どない。ビリヤニの米みたいだなと思いながら口に運ぶ。
「お、異国を満喫してる! どうですかバルカご飯は」
 最後に戻ってきたルナの皿には羊の肉と麺が乗っていた。シンプルな朝食を見て、笑がスプーンを置いた。
「なかなか美味しいよ。ルナルナは日本食恋しくならない?」
「なるなる、めっちゃなるよ。でもわたしジンギスカン好きだから羊の肉で意外と生きてけるの。あと、愛……」
「焼肉のタレありゃうまそうだな」
「確かにそうっスね」
 ボケは普通に流されていた。一未も荒北ももう彼女の扱いをわかってきたらしい。ルナは慣れているのか気にせず食事を口に運んでいる。
「旦那さんは仕事忙しいの? 奥様を6日間も借りちゃうし、挨拶できたらと思ったんだけど……」
 美沙がこぼれ落ちた愛を拾ってあげていた。
 ルナが顔を上げて、「よくぞ聞いてくれました」と言わんばかりに美沙の顔を見る。
「そうなの! 最終日に空港にお見送りには行けると思うって言ってたけど、わたしはおもしろ夫婦を夫に紹介したいし、みんなには国宝を紹介したかった……」
「おもしろ夫婦?」荒北が眉間に皺を寄せる。
「国宝?」一未が復唱した。
「あっあっ、みなさん十分面白いのでご安心なさって。あと夫がバルカの国宝なので、わたし的には今回のツアーの目玉としたかったところでして。このホテルも素敵でしょ? 国宝が選んでくれたの。セキュリティもバッチリですよ」
「おぉ……」
 笑は素直に感心した。確かにホスピタリティ精神あふれるホテルであった。異国の地の1泊目として不自由はまったくなく、料理も味付けと食材に馴染みがないだけで、調理は丁寧。わざわざ自分たちのためにホテルの選定まで手伝ってくれたとは、有難い話だった。
 しかし国宝は言い過ぎじゃない? うちの志摩一未も国宝だが?
 笑が顔を上げると、美沙も笑を見ていた。あれは、「うちの夫も国宝ですけど」の顔である。流石に目の前に本人がいるのでふたりとも口にはできなかった。

 食事のあとは早速観光に向かった。ホテルからの移動は徒歩だ。今日もルナはバルカの民族衣装、デールを着ていた。クーダンに住んでるはずなのにスマホのマップを見ながら先導するルナに四人はついていく。
「みなさんデールは何色にするか決めました?」ルナが振り向いた。
 男性陣が首を傾げる中、笑と美沙は笑顔を浮かべた。
 これから向かうのは民族衣装を着て記念写真を撮ることのできる写真館だ。そのまま衣装を購入することもできるらしい。折角ならこの旅行中は皆デールを着て過ごそうと、笑と美沙は計画していたのだ。
「カズミンは青のイメージあるけどね〜」
「靖友くんもブルー系だよね」
「見る前から気が早い……。自分はもう決まったのか?」
「アタシ? アタシはオレンジかな〜」
「美沙チャンもブルー好きだよナァ」
「え? あ、うん。私は昔から水色が好き……」
 いつのまにかね、と小声で補足した美沙を、笑は暖かい眼差しで見守っていた。荒北の愛車の色を長年好んでいる彼女のいじらしさを知っていたからだ。
 写真館に到着し、やんや盛り上がりながらも各々衣装を選び、写真を撮る。いかにも海外旅行客といった振る舞いに気恥ずかしさを覚えなくもないが、とにもかくにも記念である。五人での集合写真も撮り、支払い後データはすぐにスマホに転送された。
 写真館で飼育されているワシを腕に乗せている笑とその隣で微笑む一未の姿は、写真の彩度を下げれば現地の住民かのように見えた。思わず感嘆の声が漏れた。
「うお! これ良い写真! なんかアタシとカズミン現地の人ぽくない? 我ながらワシが似合うわ〜」
「どれどれ。バルカ在住のわたしより? ……似合う!!」
「二藍さん明るい茶髪だから、黒髪の方がそれっぽい感は出るのかもな。荒北さんたちは色白だから、なんかこう……」
 言い淀んだ志摩に、美沙が続ける。
「コスプレっぽいですよね、わかります」
「志摩サン、自分が似合うから余裕あんのネ」
 確かに荒北と美沙はいかにも民族衣装を着た観光客だ。
 それは現地人離れした色の白さと、美沙のスタイルの良さもあるのだろうと笑は思ったが、余計なことは言わないでおいた。
 写真館でたっぷりと時間を使ったため、店を出るともう昼を過ぎていた。レストランで食事を済ませ、そこからはクーダンの街を歩いた。
 大通りを歩いていたルナが足を止めて振り返る。バスガイドのように左手を建物に向けた。
「ここがバルカ警察署。国宝が働いていま〜す。窓に石とか投げたら出てくるかな〜」
「ソレ射殺されね?」
「されるかも……」
 落ちている石を拾おうとしたルナが荒北の言葉に石を落とした。署に出入りしている警察官は皆大きな銃を背負っている。この国では日本よりもかなり簡単に引き金を引くらしい。
 そもそも夫の勤務先に石投げる妻っておかしくない?
 冗談混じりのガイドは続く。五人は大きな広場に来ていた。大使館前広場には子供達やカップル、笑たちと同様の観光客が写真を撮っている。塀に囲まれた頑丈で荘厳な建物の前でルナが足を止める。
「こちらは日本大使館で〜す。日本とバルカは友好国! ここに来たら大体のことはなんとかなるでしょう。建物が綺麗で〜す。志摩さん石投げますか?」
「なんでだよ」
 おお、しっかりカズミンにも絡み、そしてツッコミを入れられている……。
 ルナのガイド力の高さに感心しながら大使館に背を向ける。このまま歩いていけば寺院に辿り着く。元々徒歩での観光になると聞いていたが、道路の渋滞状況を見るに納得だった。
「地下鉄とか電車とかないから、いっつも道路が混んでるの」
「確かに。平日なのにめちゃ車多いもんね」
「最近キックボード乗る人が増えて危険で〜す」
「日本と一緒だ。私轢かれかけたことある……」
 他愛もない会話をしながら歩きつづけると、寺院に続く階段が見えてきた。バルカは四つの国と国境を接しており、国民の信じる宗教も異なる。ここは仏教徒の寺院だが、街にはモスクもあった。キリスト教を信仰する民族もいるのだという。
 観光案内を買って出る少年を断り、寺院を巡る。ルナの説明はガイドブックと同じ内容だったが、四人は黙って聞いていた。
 寺院を後にすると、さすがに疲労を感じた。
「これで本日のガイドはおしまいで〜す。あとは夕ご飯を食べて、明日に備えて英気を養ってください。明日からはツアーに参加して、馬に乗りますよ〜。明後日はラクダ!」
 ルナの号令にならい、一度ホテルに戻ってからレストランに向かった。カザフスタン料理を提供するレストランで食事を取る。ビールは独特の風味があり美味だった。職場の土産もこれにしようかと笑はラベルを見た。
 丸一日過ごした五人はすっかり打ち解けていた。アルコールの力もあり、会話に花が咲く。
「二藍さん、今日は案内ありがとう。石投げろと言われた時はなんだこいつ?と思ったが……。おかげで楽しめたよ」
 一未がルナのグラスにコーラを注ぎ、礼を口にした。
 こいつ……ほんっと良い男だな……。笑は一未のグラスにビールを注いでやった。
「志摩さん良い人〜! わたしは距離感を間違えたかとヒヤヒヤしてました」
「アンタそういう感情あンのかよ」
 荒北が間髪入れずに突っ込む。付き合いが長いわけではないが、笑と美沙はルナの性格を大体掴んでいた。
「ありまくりですよ!」
「ルナルナは気の強いタイプじゃないから……」
「わかるわ〜。明るさの裏で色々考えて落ち込むタイプ。だからデスゲームが好き? なのか?」
 ルナがデスゲームという単語に反応し、早口で語り出す。
「そうなの! 特に学生が巻き込まれる奴が好きで! 起源は海外の古典らしいんだけど、わたしはやはりバトル・ロワイヤルを推したい……! ダンガンロンパで討論が入ったことでもう一度跳ねたよね〜。フリーゲームで素人が作ってるやつも好きで……。見知らぬ少年少女が密室に集められて殺人を強要される、理性と感情の絶え間ない葛藤が見られるのはデスゲームだけ……! は〜、いつかやりたい、わたしの考えたデスゲーム」
「バルカでその思想を持っていて大丈夫なのか?」
 志摩がさすがにストップをかけた。まさか本当に黒幕を務めたいとは……。荒北が同情の目を向ける。
「二藍サン、スポーツとか見たらァ……? 健全に盛り上がるヨ。美沙チャンに星座教えてもらって星見るとかサァ」
「いや趣味がないわけじゃないんですよ! YouTube見てるから大丈夫です!」
 でもそれもデスゲームなんでしょ!? と一同に詰め寄られてルナは口を閉じた。わかってねえな…という顔をされ、挙句に話題を変えられてしまった。
「星といえば、明日はゲル泊なんだけど、それこそめちゃめちゃ星が綺麗に見えるよん!」
「アタシたちは鴫原先生の解説を楽しみにしてます。デネブアルタイルベガ?」
「おっ正解! 今時期は丁度夏の大三角が見られるよ。天気が良いと良いな〜」
 美沙がスマホを取り出してテーブルの中心に置き、星座の解説を始める。小さなスマホを真剣に覗き込む大人たちの姿に、顔を突き合わせて思わず笑ってしまった。

 
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・星座はウソかも。作中は9月頭の設定です。10月は寒くてゲル泊キツイみたい。
・これを書くためにノベライズ買いました。

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Latimeria