京都の夜空から星が減り始めた。
 始めは誰にも気づかれないような小さな星だった。星の減少に誰かが気づいてからはあっという間に、空から星は奪われてしまった。
 肉眼で見えていた恒星が消えてなくなってしまったのか、それとも人間の目で突然捉えることができなくなったのか。まるで誰かに隠されてしまったように、星は無くなってしまった。
 それも京都地区だけだというので、天文学者たちはいくつもの仮説を立ててニュースを騒がせたが結局結論には至らなかった。星の消えた夜空は以前暗闇のままだ。
 七詩はベランダに出て、征十郎の天体望遠鏡で星を探している。何時間でも星を見つめて、それから安堵したように「やっぱり、無いんだね」と征十郎に言う。その理由を征十郎は知らない。

「七詩、何も無い空を見て楽しいのか」
「ねえ、征ちゃん。……からすって嘘つき?それとも酷くうっかり者?」
「なんだい」
「答えはどっちでも無いよ。からすは光り輝くかみさまが好きだっただけ。なにか役に立ちたくて、仕方が無かっただけ。………征ちゃんは、わかってくれるかな」
「からす座の神話か。アポロンが不義の罪で恋人コローニスを撃ち殺した原因はからすだ。けれどそれは神話だろう。七詩、君には関係が無いはずだ」
「関係があったの。信じてくれないだろうけど、アタシはからすなんだよ。コローニスが憎かった、征ちゃんが欲しかったの」

 七詩の顔は冗談を言っている風ではなかった。
 征十郎の服を掴んで離さない七詩の背中を撫でて、征十郎は「説明してくれないか」と冷静を装った声で言った。
 七詩はゆっくりと話し出した。

「夜空から星を盗んだのはアタシ。大変だったよお。アタシの身体が黒くて良かった。いくら暗闇を飛び回ったってバレやしない。昔なら、そうは行かなかった」
「…京都から星を消したのが、七詩だって?」
「そうだよ。星は沢山あるから、アタシの力じゃ京都の夜を暗くする事しかできなかった。……それでも十分。だって征ちゃんがいるからね」

 「証拠、あるから」そう言って七詩は軽い足取りで部屋の奥へ行くと、綺麗な箱を持って征十郎の元へと戻ってきた。訝しげな顔をする彼の目の前で、七詩は箱に手をかける。その時何かに気づいたかのように部屋の明かりを消した。

「アタシが集めた星。全部征ちゃんにあげる」

 七詩の手が少しだけ箱を開くと物凄い量の光が漏れた。
 空箱にぎっしりと詰められた五角形の星は一つ一つが鉱石のように光沢を放っている。それでもこの世に存在するどのような宝石よりも美しいと、征十郎は言い切ることができるだろう。それほど星は美しかった。
 星の輝きに夢中になっていると、七詩がそっと蓋を閉めた。光が急速に凋み、また部屋の明かりに照らされた。
 七詩は「綺麗でしょ」と問いかけた。征十郎はただ頷く事しかできない。

「浅はかなアタシは、夜空の星が全部無くなればあなたの光だけを見ていられると思ったんだよ。アタシのアポロン」

 征十郎が返事を返す前に、七詩は笑顔を浮かべた。
 それこそ全てを照らせてしまいそうだと思って、征十郎は七詩の手を強く握った。そのまま自分のほうへと引き寄せて抱きしめた。
 その拍子に七詩の手元から箱が落ちて、床にぶつかった拍子に星が飛び出した。
 光が爆発して、目が眩んだ。遅れてキラキラと金属がぶつかり合うような音が絶え間なく聴こえた。
 しばらくして、強く瞑った瞼をゆっくりと開けると、夜空にはいつも通りに星が爛々と輝いていた。
 久しぶりに見た星は、街の真ん中だと言うのに信じられないほど綺麗に見えた。

 隣に立っている七詩は一筋涙を流している。




< ひとつほしにかえすたび >
(あなたが霞んでしまうのではないかと、思った)

(赤 司 征十郎)
2015

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