「ん、……い、…たっ、う、ぅ……っ」

 薄暗い部屋の一点だけに強い明かりが灯っている。ライトに照らされている七詩の腕を掴んだまま、辰也は笑みを浮かべた。右手に握るニードルで彼女の皮膚を打つたびに、七詩はくぐもった声を上げる。額に汗を浮かべて、涙に潤んだ目をきつく瞑って痛みに耐えている姿は辰也の心を満たすものである。
 七詩の腕には美しい菫の下絵が描かれている。麻酔も無しに針を打たれる痛みは相当なもので、針を刺す手が休められると、七詩は我慢が切れたかのように震えて辰也にしがみ付いた。

「七詩、大丈夫?」
「う、うん……」

 色を入れる段階になると、七詩は力が抜けたように辰也の肩に凭れ掛かっていた。傷つけた皮膚の上に鮮やかな色が入っていく様に恍惚の表情を浮かべる辰也とは対照的に、痛みに耐えて呼吸をする七詩は何度か喉をひくつかせて完成を待つ。
 暫く、皮膚をカッターで切り刻まれているような痛みの中を朦朧としている七詩の意識を引き戻すように、辰也が頭を撫でた。

「ほら、できたよ」
「あ、すみれ…。綺麗……」

 差し出された鏡に映った自分の腕に描かれた菫の花を見て、七詩は蕩けるような表情を浮かべた。先程まで痛みに耐えて涙を浮かべていた少女とは一変して、ふらりと立ちあがると道具の片づけをしている辰也に擦り寄った。

「綺麗だよ、七詩」
「えへへ、…痛いけど、うれしいよ」
「これは、俺の所有物だって印」
「うん、ピアスも、タトゥーも、…わたしが、辰也くんのものだっていう証拠、ね」

 七詩の腕に咲かせた花を撫でながら、辰也はもう片方の腕で彼女を抱き寄せた。同じように針で開けたピアスの穴に舌を這わせて、耳元で囁けば七詩は身体を震わせて顔を染めた。
「好きだよ」
「わたしも…だいすき、辰也くん…」

「君のこと、離したくないんだ」
「大丈夫だよ。わたし、ずっと辰也くんのものだから」

 辰也の頭を抱きかかえるようにして七詩が腕を回した。唇を重ねて、笑った七詩は聖女のようでもあり、毒婦のようにも見えた。
 
「 だから、好きにして? 」


 辰也が七詩の身体に印を残すたびに、七詩は嬉しくて仕方が無くなる。辰也は自分が七詩を拘束しているつもりでいるが、痕が残せば残すほど、辰也は七詩から離れなくなるのを知っているから。辰也が束縛するたびに、七詩はそんな辰也が愛しくて堪らなくなる。
 自分達はお互いがお互いを求め合って、磨り減っていくのだろうと七詩は考える。重なって一つの綺麗な丸にはなれやしない。奪い合って、求め合って、最後には小さくなって消えていくのだ。一緒に消える筈のタイミングさえ間違わなければ、それでも自分達の終わりとしては上等だと、辰也は思っている。
 求め合いながらも自己の幸せしか考えられない二人は、それが恋なのだと愛なのだと盲目を演じ続ける事に疑いを抱かない。


< ほどけないひとたちへ >
(氷 室 辰 也)
2014
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