みなさんお久しぶりです。帰ってきた奇跡、東洋の輝石、二藍七詩です。春休みを使ってカナダの音楽院に留学してきたわたしは、今、丁度二ヶ月ぶりに懐かしのジャポンの地を踏みしめております。感動です!!
なんだか周囲のパッセンジャーたちもわたしのことを見つめているような気すらします。まあ、まだこの小さな国でクラシックが広く評価されていないとはいえ、国外の大きなコンクールで優勝したということはジャポンのメディアでも取り上げられているでしょうから!空港でインタビューとかされちゃったりすることは想定内でしたけど!!やだもうわたしって有名人!?ダイソーでサングラスとか買ってきたほうが良かったんじゃないのー!!!
クソ重たいスーツケースをガラガラ引きながら飛び跳ねるわたしを弾ませるのは、周りの羨望の視線だけではありません。わたしの愛しのダーリンが空港に迎えに来てくれているのです。彼の事を考えるだけで、わたしの心はバーニング。燃え上がる様は江戸の大火事。喧嘩と火事は江戸の名物…スシ、ゲイシャ、テンプラ……。つまるところわたしはダーリンにフォーリンラブなのです。Do you understand??
行きよりも遥かに重たくなっているスーツケースはかよわいわたしの行動に制限をかけます。行きはよいよい帰りは怖い。エスカレーターを使っているはずなのに息が上がります。
けれど、このエスカレーターを下った先には、わたしのダーリンがろくろ首のごとく待っている筈なのです!!!
段差を降りたその先は、沢山の人がひしめいていました。でも大丈夫!わたしとダーリンの愛の前では、人ごみなどポテトのごとく!ポテトの中からイケメンを探す事なんて、朝飯前です。
………………Before breakfast.
あさめし、まえ。
……あれ?
「あれ!?」
いない!!辰也くんが!いないんですけど!!
浮かれた気持ちもぶっ飛び、わたしは焦り始めました。確かにスマホの画面には彼からの連絡が来ています。わたしは確かに待ち合わせ場所に立っている筈なのに、どうしても辰也くんの姿が見えません。おっかしいなーと首をかしげていると、着信がありました。
「辰也くんー!着いたよー!どこにいるのー?」
『七詩?君こそどこにいるんだい、オレはもう待ち合わせ場所にいるよ』
「わたしもいるよー!でも見当たらないの」
『おかしいな………』
「……うーん」
気づけば周りの人たちは皆お互いの探し人を見つけていたようで、この場所にいるのはわたしと、少しの人たちだけになりました。流石にこの人数の中から辰也くんを探すのは難しいことではありません。そして、非常に不愉快なことがありました。わたしの彼氏である氷室辰也くんは高校時代にバスケで全国大会に出場する程のスポーツマンで、尚且つ帰国子女で英語はぺらぺら、更に頭も良く、立ち振る舞いも完璧、更に更に見た目も難癖のつけようの無いという、まるで王子様のような人なのです。片側だけ長めに垂らした前髪も、彼だからこそ似合うのです。そんじょそこらの一般人が真似しようならそれこそ大火傷することでしょう。
その、髪型の真似をした太った男の人がいるのです。彼は何か食べ物でも探しているのか、やたらめったらキョロキョロとしています。
「………七詩?」
「!!!」
わたしがデブを見ないようにして立ち去ろうとすると、後ろから辰也くんの声が聞こえてきました。
「辰也くん!ただいまー!!!!」
全力の笑顔を浮かべて振り向くと、そこにいたのは顔をしかめたデブでした。
デブは言いました。わたしも思わず叫びました。
「「デブじゃん!!!!」」
***
感動の再会を夢見ていた自分が馬鹿みたいだ。彼女を持つ諸君は考えてみて欲しい。自分の可愛い彼女が、二ヶ月ぶりに会ってみたら豚になっていたのだ。その衝撃は途方も無いものだろう。
確かに、『ちょっと太っちゃったかもー!』とは聞いていた。しかし、空港で実際に会った彼女は『ちょっと』の限度を越えていた。もはや脂肪の塊。お前その指でよくピアノ弾けたなあと感動しそうなくらいには太っていた。
しかし、彼女はオレのことを見て間髪いれずに言ったのだ。「デブ!」と。それはお前のことだと平手打ちでも食らわせてやりたいところだったが、二人で並んで出口へ向かっていたときにガラス張りのドアに映った姿を見て、俺たちは我に帰った。
まるで相撲部屋の師匠と弟子の凱旋であった。高校三年生の時の文化祭、ベストカップルに選ばれてはにかむ彼女の表情を思い出しながら、オレはグローブのような彼女の手を取った。
***
「……辰也くん、あのさ」
「なんだい」
「わたしもね、10キロも太って帰ってきたからさあ、あんま言えないんだけどね。辰也くんスポーツマンでしょ?あまりに体型だらしなすぎない?」
「うん、オレもね、それはちょっと感じなかったわけじゃないよ?あとホント人のこと言えないからな、七詩。お前はその体型で入るドレスはあるのか?」
「ドレスの話はしないでくれますか!?お気に入りの破いちゃって傷ついてるんだから!」
「はぁ……みっともないな、隣で歩いて欲しくないよ」
「こっちの台詞だもん!このデブ!!!!」
「は?デブはお前だろうが!!!」
家に帰って、お互いを罵りあうデブたち。それは非常にみっともないものでありました。二ヶ月前であれば、多少の口喧嘩であっても、すぐに仲直りできたのですが、今回はそうは行きません。お互いの肉厚な顔を見ていると自己嫌悪と相手への憎しみがこんこんと湧き出てくるのです。デブの口論を止めたのは思いやりでも優しさでもなく、只の疲労でした。デブは体力が無いのです。
「…オレのチームは、留学生が多いから、春休みはみんな実家に帰ってしまってね」
「で、自主練習ばっかりで他人の外見評価が得られなかったということね」
「そうだね」
「そんでわたしがいないから好きなだけジャンクフード食べてたのね」
「うん、そうだね」
お互いがお互いを罵っていても、大したカロリーは消費できない。そのことに気づいたわたし達は口論をやめ、どうして太ってしまったのか。その原因から探る事にしました。
「あのね、カナダ、おいしいものが沢山あったのね。チョコレートとか、クッキーとか、メープルシロップとか」
「うん、わかるよ。クソ甘いスイーツ、沢山あるよな」
「それでね、寮のおばさんが優しい人で、ご飯三食てんこもりにしてくれたの。しかも全部炭水化物でね、そのあとにデザートも出たの」
「まさか、その後で食べ歩きなんかしてないよな」
「したよね。チョコレートにアイスクリームにクレープ……誘惑には勝てなかったの」
お互いの原因を知ってから、わたし達は深く溜息をつきました。『そんな生活を送ってたら誰だって太るわ。成人なのに自己管理もできないのか、このデブ!!』と内心思っていても、それを口にすれば全て自分に返ってくるのはわかっていたので、軽いジャブで我慢したのでした。
「……四月、試合あるんじゃないの?」
「……コンクールもあるんじゃなかったかい?」
お互いの一番触れられたくない話題をセレクトしてくる辺りが、やはりわたし達がラブラブな恋人である所以でしょう。程よい弾力の頬を叩き合って脂肪を確認し、漸くわたし達はダイエットを決意しました。
***
「……七詩、このスープ肉が入っていないんだけど」
「デブは肉とか食べちゃ駄目なんだよ。辰也くん」
「はぁ……。…おい、おいおい紅茶に何杯砂糖を入れる気なんだデブ」
「デブって言わないで!!お菓子食べれない分ここで糖分を摂取させてください!!」
「糖分も肉も小麦粉も全部絶つって言ったのは七詩だろう?ほら、貸して」
「あぁあああああああああああ流した!!!!」
「デブは、ジンジャーティにしような」
オレ達は口論を繰り返しながらインターネットで探した脂肪燃焼スープでダイエットを行うことに決めた。本来ならば水泳やジョギングをすべきなのだろうが、日常的に運動をしている俺とは違い、もう一人のデブが恐ろしいほどに運動を嫌うので、始めは食事制限だけにしたのだ。
海外から帰ってきたばかりの時は浮かれていたデブも、新学期が始まり、コンクールの出場が近いということに焦りを感じたのか、黙って野菜スープをすする姿は可愛げも見出せる。それにしてもアザラシがテーブルでスープを食べているようにしか見えない。帰ってきた当初は関取のようだったのが、まだ愛玩動物になった分だけ成長だろうか。
「うえっ、辰也くん味覚おかしいよお。人が飲む物だって考えて生姜入れてる?」
だから太るんじゃない?と喧嘩を売ってくるデブ。わざとらしく溜息をついて、作り置きのジンジャーティーのポットの中に、残りの生姜のチューブを全て入れてやった。痩せろ。
***
わたしはスマホの画面を見つめて、溜息をつきました。名誉の為に言っておくけど、別にお腹がつかえて呼吸が困難なわけではないからね。それはもう片方のデブについてです。いやわたしもデブなんだけど、なんかもう、辰也くんは目に余るデブだね。場所取るもん。
カナダに行く前に一緒に撮った写真の中では、見るだけで顔がにやけそうな美男美女が幸せそうな笑顔を浮かべていました。しかし指を滑らせると、同じアングルから笑顔を浮かべた二人のデブの写真が現れました。わたしは一瞬で真顔になります。これも、言い方によっては見る者に笑顔を与える事はできるだろうけれど、それは間違いなく失笑でしょう。わたし達はこれを戒めに、自分達の携帯のロック画面にしました。もう、外出する時とか凄く辛いのね。恥ずかしいのね。
戻りたい、あの日に。高校時代、みんなの羨望を独り占めしていたあの頃に!!!辰也くんとわたしがベストカップルに選ばれたあの!!名誉の姿に!!!大学一年の冬、コンクールで賞を取り、なんか有名な外国の先生に抱きしめられたあの!!名誉の姿に!!
気づけばわたしの頬には一筋の涙が伝っていました。貴重な塩分を意地汚い舌で舐め取ってから、わたしは食卓に立ちます。塩の隣に佇むべきの調味料、おさとうさんがどこにもいないことに気づき、それがあのデブ…もとい辰也くんの仕業だと気づきます。わたしの命の素を始末するとか正気の沙汰とは思えませんが、ダイエットには効果絶大でしょう。わたしはまた流れてきた塩分を舐め取って、味に飽きてきた野菜スープを作ります。
***
そして時が過ぎ、三月も終わりという頃、オレ達は自分の体に訪れた変化を感じていた。
「…辰也くん、もう、デブじゃないね」
はにかむ彼女こそ、もうデブでもアザラシでもない。オレの可愛い七詩であった。口角をあげるとえくぼが浮かぶ事に感動を覚えて、彼女の頬にキスを落とす。
「も、もう!辰也くん、かっこよくなったから恥ずかしい!」
「それは光栄だね。ホントに痩せれて良かったよな」
「ほんとに!身体測定も安心だね!」
「身体測定終わってからスイーツ三昧とか、やめてくれよ?」
「辰也くんこそ、大我くんとジャンクフードめぐりとかやめてね?」
すっかりスリムになったオレ達にとってはこの程度はジョークでしかない。どこに骨があるのかがわかる肩を叩きあって笑う今があって良かったと、オレは棚に飾られている写真を視界に入れながら思うのだ。……リバウンドを恐れて飾っている写真は他人には見せられない。
そこではオレ達に良く似た二匹の豚が引きつった笑顔を浮かべていた。
< Fat boy, Fat girl >
(氷 室 辰 也)
2014
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