「お前を見てると空腹も忘れるぜ」

「あら、素敵だわあ」

俺の言葉など右から左へと流す女は水辺で魚を器用に捕まえては大きく口を開けて放りこんでいく。しばらく見つめていれば魚の骨を口から出しながら微笑まれた。腹が立つことこの上ない。

爪を立てないように腕を伸ばして彼女の髪を掴み自分の方へ引くと、軽い体は簡単にひっくり返った。

「ちょっとお、何するの」

「別に。急に空腹を思い出しただけさ」

「わたし、美味しくないよ。砂抜きをして、酒蒸しにする手間がかかるし、生じゃお腹を壊すわ。グルメな狼さんのお口には合わないでしょ」

「空腹は最高のスパイスだって言うだろ」

貝殻の中に隠れられては堪らない。腋の下に腕を差し込んで、浅瀬から陸地に引きずり出した。水中で靡いていた白いスカートから足が覗く。

「きゃあ、やだやだ」

陸地に上がれば更に動きも鈍く、ひくりと身体をくねらせる。頬を膨らませて抵抗のつもりか此方を睨む姿も、欲が煽られるだけだ。
すらりと伸びた脚を掴んで皮膚の薄い部分に舌を這わせれば色気の無い声が上がる。

「塩辛いよ、本当だよ」

「最近は山羊の肉ばかりで淡白な食事には飽きていたんだ」

「友達、やめちゃうから」

ああ、やめてくれ。そんなもんこっちから願い下げだよ。
大体狼と貝風情が友達だなんて、前提からして可笑しな話なんだ。海鮮を食べる狼だって変だとお前は怒るだろうか、そんなのは此方の勝手だよ。

「やめてやるよ」

衣服からはみ出した皮膚に爪を立てて、赤みのさした首筋に噛みついてやろうか。
騒ぎ立てる貝を黙らせるために、手始めに肩口に歯を立てた。犬歯が皮膚を穿ち、少しだけ血が漏れた。塩辛い液体を舐めると遂に生命の危険を感じたのか、力ない平手が頬を打った。
ぼたぼたと彼女の目元から涙が落ちた。頬を伝う前にそれは真珠へと変わり地面に転がる。次々に零れ落ちる真珠は一粒一粒が大きく、人間ならば大喜びしたことだろう。

「痛い!」

押し倒されたまま、自分の涙の玉を鷲掴みにして俺にぶつけてきた七詩は、唇を噛みしめて突っ伏して泣いてしまった。

「悪かった」

真珠まみれになりながら俺が謝罪の言葉を口にすれば、可愛い可愛い俺のお姫様は目元の涙を拭いて言うのだ。

「食べないでくれるなら、許してあげる」

それは約束できないけれど、俺も真珠の涙には弱い。


< 狼には真珠を一粒 >
(神谷カルロス俊樹)
2015
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