「『年頃の少女たちの胸に芽吹いた恋の果実は実らない方が多い。恋をすることがある種のステータスのような年代だからだ。かくいう私も神様の手元で踊る少女の一人であった。実らない、愚かな恋をしていた。二人が幸せになれる楽園は何処にあるのだろう…』っと……。やばい、筆が乗りますわ」
「よっ七詩!何書いてんだ?」
「オギャーーーー!!」
「ウワーーーーーッびっくりした!でけえ声だすなよ」
「ビックリしたのはこっちだよ。何?わたしが携帯小説書いてることになんか文句でもある?」
「あーーあのクソみたいなやつまた書いてんのか。『からくりソング』だっけか」
「『がらくたワルツ』ね!!結構人気あったんだぞ!今は新作を書いてます」
「マジかよ……」

 世も末だな。まで言い切った綱海条介はわたしの携帯を軽やかに奪うと目を細めて画面を見つめた。自作携帯小説を投稿して天狗になっているわたしもわたしだが、国語の成績が2の男に何も言われたくはない。
 条介は真剣な顔をしてわたしの小説『楽園は何処や』を読んでいる。正直熟読されると滅茶苦茶恥ずかしい。途中でヒロインがポエムを徐に読み出すあたりや不良に乱暴されかけるあたりが条介の視界に入るとまずい。いくらわたしが天才小説家でも恥ずかしさで死んでしまう。

「なあ、二藍先生」
「何かね綱海くん」
「この”陸くん“ってモデルいんの?」
「うん?」
「誰」

 条介が気になったのはヒロインのポエムでも稚拙な性描写でもなく、相手役の陸くんについてだった。どうでもよくない?
陸くんはヒロインの海華ちゃんの彼氏である。ちょっとヤンキーっぽいところはあるが、根はやさしく面倒見が良くて友達が多い。運動神経が抜群で笑顔が素敵な青年である。モデルは誤魔化したけど特にはいない。ただわたしの好みのタイプを投影しただけである。そう、わたしの好みのタイプをキャラクターにしてね、お気に入りのヒロインとうまい具合に恋愛させてね……。ちょっと自己投影もしちゃったりなんかしちゃったりね……。
って、は????何してんだ???????

「……えっ、連載25話にして気づいたんだけど。今まで誰も突っ込んでくれなかったの!?」
「急にどうしたんだよ」
「こんなん、携帯小説じゃないじゃん……。条介とわたしの夢小説じゃん!!」
「は!?どうした?」
「読まないで!!!もう読まないで!!!」
「ちょっと待てよ、恋が実るのか、二人が楽園に行けるのか気になって仕方ねーんだ」
「やめて!!!!エデンに行くにはまだ時間がかかるの!!」
「これエデンって読ませるのか……」

 あーーーーーーーーやっちまった。恥ずかしさも天元突破だ。ただ条介は気づいていないようだった。陸くんの得意なスポーツを野球とスノボにしてたのが功を奏した。条介がバカで良かった。どう考えても誰が読んでも完全に頭の弱い高校生が好きな人と自分をテーマにクソみたいな小説に投影してしまっただけの代物だ。しかもそれを友人たちに公開してしまっているのがもうほんと世界の終わりだった。っていうか言われるまで条介をここまで投影してしまっていたことに気づいていなかった自分の愚かさが本当に恐ろしい。「条介が好きでたまらないので自分をヒロインにして小説書いちゃいました☆」ってことでしょ!?痛すぎる!!!!!
 脳内で駆け巡るわたしの理想のヒーローの行動がフラッシュバックする。クラスでいじめられた海華を助けてくれる陸くん。海で溺れた海華に人工呼吸をする陸くん。一緒に遊園地に行っちゃったりしてる。これは本当にやばい。わたし、完全にこじらせ女子だ。とりあえず『らくいず』は未完のまま削除するとして、どうやって読者(ほぼ身内)の記憶を消すのかが問題だ。消せないよ〜〜黒歴史は中々消せないんだよ〜〜。

「……っ、やべえ、ちょ、七詩。ちり紙持ってねえ?」
「え?」
「20話、やべー泣ける……。お前小説家になれるぜ。切なすぎ……」
「えっ?えっ???」

 盛大に鼻水をかんだ条介は目を潤ませたまま続きを読み始めた。書いた小説で泣いてもらえるなんて、作者冥利に尽きる。なんて素晴らしい読者なんだこいつ。ちょっとさらに好きになっちゃう!じゃなくて。じゃなくて。

「そ、そんなに泣ける……?参考までにどの辺が泣けたのか教えてもらえたら嬉しいな〜」
「誰よりも近くにいたのに、彼の瞳に自分は映っていない…。って海華が悩んで海見に行くあたりがヤベーな。しかもその時陸も海華のことを考えててよお……このすれ違いがもう切なすぎんだよ」
「ひええぇえありがとう!最高の読者かな!?」
「うんうん、わっかるぜえ〜〜。結構気になってんのに、相手にされないっつーか。俺もそうだもんなあ〜〜」
「えっ条介恋してんの」
「そうなんだよ、それこそ陸と共通点めっちゃ多いんだよな!」
「ヒッ」
「幼馴染が好きなとことかさあ」

 エ―――――。
 知る限りでは綱海条介に幼馴染はわたしくらいしかいないのですが。どういうことだ。
 いや、どうもこうもない。まさかこの人全部わかってて今までの会話を振ってきたんじゃないだろうな。ふと目線を向ければ、顔色を信号機のように絶えず変えているわたしの向かいで、思い出したように条介が顔を赤く染めていた。

「……え、超今更だけどこれモデル俺?」
「気づいてしまったか。……無意識でやってしまっていた。ほんとごめん忘れて!」
「うわーーーー!やべーーー俺自分に感動して泣いちまったぜ」
「わたしなんか好きな人との小説書いて投稿しちゃったんだよ!?しかもそれ本人が読むってどんな超展開なの!?う、っ自分馬鹿すぎる……泣けてきた」

 今の絵面も結構壮絶だろう。放課後の教室で携帯小説を読んで泣いている高校3年生2人にはなかなか出会えない。

「おいおい泣くなよ、エデン良かったぜ!」
「エデンの話はやめてーー!!黒歴史すぎる!もう小説家卒業する……」
「なんで、卒業しなくてもいーじゃん。いい趣味だと思うぜ」

 どこがいい趣味なんだ!と反論しかけたが、普通ならドン引きするであろう所業にもこうして笑って流してくれる所も好きなのだ。そう、本当に好きで、夢中で、でも、関係は壊したくなくて、夢の世界に逃げた。可愛くて、健気で、きちんと自分の想いを伝えられるヒロインに自分を落としこんで、理想の恋愛をしようとした。馬鹿だったなあ。
 その結末が、こんなぐちゃぐちゃになるだなんて、思ってもみなかったのだけれど。
 条介はひとしきり泣いたわたしの頭をわしわしと撫でて、それから言った。

「陸ほどカッコよくねーけど、いい?」

 事実は小説よりも奇なり、って?
 こんな、素敵な人中々いないよ。面倒見がよくて、とびきり明るくて、優しくて、誰にでも好かれるんだから。そんなわたしの大好きな彼から今、告白をされているのだ。もうね、夢みたい。
 
「こちらこそ、全然、可愛くないですけど……。ラリって小説書いちゃう変な女ですけどいいですか」
「喜んで。なかなか面白かったしな!」
「わーーーー。楽園、探さなくてもここにあったかも」
「ははは!」

 日に焼けた掌がわたしの額を叩いた。ぱちん、といい音がして、条介が歯を見せて笑う。やっぱり楽園はここにあったし、神様は上手く恋心を転がしてくれている。海華と陸の青い果実は30話までにはきちんと熟すだろうけれど、始まったばかりのわたしの恋は熟すまでに一体どれくらいの話数を使うのか、さっぱり見当がつかない。


< 楽園は何処や >
(綱 海 条 介)
2017
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