「物間くん、ビッグニュース」
大型連休が明ければ季節はすっかり初夏だった。視界を埋め尽くしていた薄紅色は北へ向かったのだろう。
屋外プールに上屋が貼られた、と何が嬉しいのか彼女は廊下ですれ違った僕に向かって満面の笑みを浮かべて教えてくれた。そりゃあ屋根が無けりゃ水泳は厳しい。吹きさらしでは水温も上がらないだろうし、ゴミだって飛んでくる。僕としては天下の雄英高校が毎年業者を雇ってプールの上屋の取付け作業を行っていることの方に驚いた。室内にも数個プールが備え付けられていたはずだ。
「フォークとボウルを持って放課後集合しよう。B組のみんなにも声掛けてさあ」
「キミの脳味噌って腐ってんの? 無断で入れないだろ」
「それほどでも」
ウフ、と上品ぶって口を隠す指先にはプールの鍵が掛かっていた。借りているのか。一体何のために。
クラスの中でも「ド」の付く不思議ちゃんである彼女の前では、僕ですら凡愚に成り下がる。(正式名称で言えば超ドレッドノート級のバカ)
「連絡網、回してよお。一佳ちゃんの了承は取りました」
「マジか」
おかしいな、B組の良心である拳藤一佳が懐柔されている。
バカに言われるがままLINEで連絡網を回せば、クラスメイトたちは嬉々として返信するではないか。僕の知らないところで何が仕組まれているんじゃないのか。
悶々と考えていれば個人窓から連絡が届いた。
「ちょっと早く来ない?」
「まあ、いいけど」
「水着で来てもいいよ」
「バカだよねホント」最後の言葉に既読は付かなかった。水温はまだ上がりきってないから、泳ぐには冷たいだろうに。
あいつだけ水着を着ていたら物凄く滑稽だろう。バカは夏に風邪引くんだと教えてやったほうが良いかもしれない。荷物を一つ増やして寮の部屋を出た。

「じゃじゃん!」
僕の予想は当たっていた。彼女は想像どおり水着を纏ってプールサイドで待っていた。
「寒くないの? バカも風邪引くんだよ」
「やば、水着持って来いとか言ってごめん! この前のテスト、物間くんの方が点数悪かったもんね…」
「おい!」
バカはお前だ、お前。
文句の一つも言ってやろうかと近づけば、プールサイドにはフルーツの缶詰とサイダーの空ビンが並んでいた。待ちきれずに一人で飲み食いしてたのか。多少哀れになって水着姿の彼女を見れば、満足気に水面を指差すではないか。
「ご賞味くださいな」
うふふ、とまた彼女は笑う。なにが、と水面を覗き込めばそこには、奇妙な世界が広がっていた。水色の塗料に覆われたプールの中が異様にカラフルなのだ。オモチャにしては精巧な、桜桃に苺に蜜柑。林檎は星の形をしている。
「水着持ってきてるよね、物間くん!」
白状しようか。制服の下に着てきた。
そう伝えれば、種明かしをしてくれるだろうか。僕が口を開こうとしたところで、「どん!」と彼女が口で言ったのちに背中を思い切り押してきた。
(あいつ馬鹿だな!? ホンット……!!)
種明かしも何も、僕はいま身を以て味わっている。
サイダーが目に滲みる。気泡がきらきら白い泡になって上へ上へと上がっていく。シャボン玉のような空気の玉を纏う巨大なフルーツは水中だからか艶めいて見える。舌を出せばミントのきいたサイダーの味が口に広がった。
ゆるゆると顔を上げればきっと超ド級のバカは満面の笑みを浮かべて手を伸ばすだろう。その手を掴む頃には、きっとタイミング悪くクラスメイトたちもやってくる。全員揃いそうなものだから、また口の中にサイダーが入った。まったく、浮かれすぎじゃないのか。

<初夏はフルーツポンチに乗って>
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