「動き難くないのか、それ」
相澤の背後には心操が、対峙している塵炭の背後には天喰が隙を狙って距離を詰めていた。当然、塵炭は三人の狙いに気付いている。それでも彼女は余裕を崩さず、長い前髪を掻き上げては不適に笑った。
「別に、似合うでしょ」
いつの間に着替えたのか、敵が用意したのか、普段のヒーロースーツではなく漆黒のドレスを纏っている塵炭が浮かべる微笑みは冷たい。
ーーチクショウ、絵になるな。相澤は柄にもなく独りごちた。正直、三人がかりでも勝てる気がしなかった。それでも止めなければならない。ヒーローとして、同僚として、恋人として。
「ねぇ、相澤。アンタに見つめられると、アタシ、力が抜ける」
当然だろう。抹消の個性を使っているのだ。ハイヒールの踵を鳴らしながら、塵炭が距離を詰める。彼女の背後で天喰が跳躍する。相澤は塵炭を見つめたまま捕縛布を伸ばす。
「甘いねぇ」
変化させた蛸の足が塵炭に巻きつこうと伸ばされた瞬間、動きが止まる。遅れて鮮血が噴き出した。ぼとりと1メートルはあろう蛸の足が床に落ちる。
「ーーっ、ダイヤの、剣……」
「剣、まで大層じゃない。柄も無いから、忍者の使う鏢刀に似てるかもね」
三日月型に煌めく刃物、自身の髪から生み出しては衣類の内側に隠していたのだろう。薄く削った金剛石の凶器は容赦なく相澤と天喰に向けられる。捕縛布で絡めとるにも限度がある。塵炭の手から離れて皮膚を削ったのち、弧を描いてまた彼女の手元に戻るのがまた厄介だ。
「忍者か、お前」
「あは、エッジショットと共闘したこともあったね」
そりゃあ、エッジも気の毒に。
こんなくノ一が間近に居れば彼の見せ場も奪われてしまったことだろう。
「ーーっ、塵炭先生!!」
「ば、っ……心操!」
突然声を上げた心操が、相澤の瞬きのタイミングを作ろうとした。当然、塵炭が生徒の個性を把握していない筈はない。それがヒーロー科だろうと普通科だろうと、雄英の教師は皆生徒の個性を把握している。
「が、ぁ、ぐっ!!」
「なぁに? 心操」
爪先が、心操の鳩尾にめり込む。どぶ、という鈍い音が部屋中に聞こえる。鍛えている心操が一撃で沈むのだ。民間人があの蹴りを喰らえば内臓破裂では済まないだろう。
檻舘の隣に沈んだ心操を横目で確認して、再度ゴーグルの向こうから塵炭を見据える。背後に立つ天喰にハンドサインで指示を出す。
塵炭の攻撃で一番恐れなければいけないのは、”炭素爆発”だ。細かく刻んだ髪を炭素に変えて、大小規模を変えた爆発を起こす。
普段の彼女なら、倉庫の中で、生徒を巻き込むような攻撃を行うようなことは避ける。けれども今は反転している状態だ。
匙測や檻舘のように運動能力や性格を反転させられている訳ではなさそう、となると。より内側の部分だろうか。冷静さは普段通り、相手を試すような行動も、今までも見られた。ーーとなると、やはり、反転させられたのは「情け」の部分だろう。厄介だ。非常に。
「ーー、あ、ら。個性の使い方、さすが教師だね、相澤」
「お前ほどじゃない」
心操と檻舘から距離を取らせるため、胴に捕縛布を巻きつけて引っ張り上げる。簡単に持ち上がるのは、彼女に抵抗の意思がないからだ。空中で体勢を変えた塵炭が、ダイヤのナイフで捕縛布を切り裂く。
「おい、お前ーっ…!」
「甘いねぇ」
身体を離した塵炭が高く飛び上がる。彼女が纏っていたロングスカートは太腿の上まで短くなっていた。漆黒のドレスの繊維は、個性によって編まれていた。目を離した一瞬で個性を使用し、当たりに撒き散らしたのだろう。
塵炭が笑う。両手を打ち鳴らして、声を張った。
「どーん!」
ひた、と時間が止まる。
「ひ!!!!」
声を上げたのは縛り上げられていた敵の男だけだった。沈黙が場を支配する。はら、はら、と色のついた雨が倉庫に降り注いだ。
「……出血大サービスですよ、♡」
「やるねぇ、3年」
正に身を張った攻撃だろう。いつの間にか檻舘たちのいる壁際に走り寄り、意識を取り戻していた匙測の手は巨大な匙へ変わっている。その隣で両手を蛸の頭に変えた天喰が座り込む。
「一か八か、でしたけど」
「血液を撒き散らして湿り気を、ねえ……。もっと良いアイディア無かったの?」
ヒールを脱ぎ捨てて、塵炭が生徒の元へ駆け寄った。鼻血を流す匙測の鼻を摘み、「だから、アンタは無鉄砲すぎるってば」と額を指で突いた。
「ひでぶ……」
「先生、個性は解けたんですか」
「あのボケが気絶したからね……。ごめんね、天喰。手荒なことしたわ」
「いえ…」
きょとん、と目を丸くする天喰と匙測に声を掛けて、塵炭は身を翻した。頬から血を流す相澤に向き合うと、裸足のまま距離を詰める。
「相澤」
「なんだ、」
「来てくれてありがと」
ーー助かったよ。
早口でそれだけを告げると、塵炭は椅子に縛り付けられていた敵を蹴り飛ばし、恐ろしいほどの迅速さで警察に引き渡した。
気を失っている檻舘と心操を救急隊に引き渡し、軽傷だと言い張る二人も車に押し込んだ。ぞろぞろと人が掃けて、残されたのは相澤と塵炭だけになる。
「……お前、本当に個性に掛かってたのか?」
「まあね。途中までは世界征服、考えてたよ」
途中までは。相澤は塵炭の言葉を復唱する。試してたのか?と喉元まで出かけて、誰よりも強く美しいこのヒーローが他者を悪戯に傷つける訳がないと押し込んだ。
「でも」
「なんだよ」
「アンタがいなけりゃ、面白く無いもんねぇ」
「本気かどうか知らねえが、恐ろしい女だよ、お前」
はは、帰ったら始末書だ。と塵炭が相澤の髪に触れた。わしゃ、と乱して、それから緩やかに撫でる。
「……来てくれてありがと。ホントにさ」
「ハイハイ」
おわりんこ!
prev next
back