緊張した手で、チャイムを押した。ゆっくりとボタンから手を離せば、ドアの向こうでチャイムの音が聞こえた。30秒と待たずにドアが開いて、部屋着の留三郎が顔を出した。
「よぉ。上がれよ」
「おじゃまします」
「今週の休みは家に来ねえ?」と留三郎が言ったから、今週の土曜は初めてのお家デート記念日になる予定だ。
緊張で、気の休まらない日々を送って、ついに今日、食満留三郎くんのお家に来ちゃったのでしたー!無いわー、わたし無いわー、と思いながらも新しい下着とか買っちゃったりしてね。そうなるともう自分でも訳がわからなくなって、いつも履かない様な短いスカートなんか買ってみたりしてね。新しい自分デビューさせすぎて自分を見失うところだった。財布の諭吉が家出してなかったら完全に美容院も行ってただろう。
几帳面な留三郎の部屋は綺麗に片付いていて、私は勧められるまま座布団の上に座っていた。
「な、なんかすいませんね」
「何がだよ、コーヒーでいいか?」
「全然おけー…」
緊張しまくっている私と違って、留三郎はなんだか余裕綽々という感じだ。今だってコーヒーを入れに台所へと向かってしまった。コーヒー、沸かすんだろうか。沸かすんなら、ちょっと部屋とか見ちゃってもいいかなあ。うん、見ちゃう。
見ちゃうー。と言ったわりに、私はビビリなので留三郎の机の引き出しを開けたり、ベッドの下を除いたりは怖くて出来なかった。彼の好みをここでリサーチして帰るっていうのも悪くは無いけれど、見つかったときの気まずさを考えて、私は行動に踏み切る事が出来なかったのだ。結局むやみに深呼吸してみたりだとか、ベットカバーの趣味いいなあ、とか、本棚の本を眺めてみたりした。
初めてやってくる留三郎の部屋で、緊張していると、コーヒーカップを二つ持った留三郎が戻ってきた。部屋中にコーヒーの香りが漂う。
「ありがとー」
「で、ちょっと待っててな?」
「え?」
「なんにもしないから、ちょっと待ってろ、本当になんにもしないから」
コーヒーを受け取って、机に置くと、留三郎は私の後ろに回った。なにをするのだろう。なにもしない、と繰り返し言うもんだから、逆に不安になってきた。
「え!ちょっと!」
「取るなよ」
急に視界が奪われた。ネクタイだろうか。紺色の布が目を覆って、頭の後ろでくくられた。留三郎は「別に何にもしねえから!」と三度目のなんにもしない宣言をして、また部屋から出て行った。足音が遠くなっていく。
私は落ち着いて考える。黙って正座しているけれど、これってどういう状況だろう。留三郎は緊縛プレイがお好きってこと?いきなり!?それはちょっと彼女として一言物申さねばならない気もする。でも、そこまでなんにもしませんアピールをするということは、やはり…。下心があるということか!?
まあ留三郎の家に呼ばれたからって可愛い下着買いに行く私に下心が無いといえば嘘だ。嘘だけど。嘘だけどいきなり目隠しされるとか想定外じゃない!!でも私は彼を信じているから目隠しを取ったりしない…。そうよ!なにか恐ろしい展開になるなら手も縛るはず。もしそうなったら警察沙汰だったかもしれない。
私の想像がとんでもないところまで行き着く頃に、留三郎が部屋に戻ってきた。
「よし!目隠し取って良いぞ」
「もう、なんなのさ」
目隠ししていた布をはずして、半目を開いたところで、クラッカーが大きく音を立てた。驚いて見開いた目に、カラフルなテープが飛び込んで来る。それから机の上には小さな可愛いケーキがあった。チョコレートのプレートには『HAPPY BIRTHDAY』と書かれている。
理解が追いつかなくて、私は何度目かの瞬きで、ようやく状況を理解した。胃の辺りがじんじんと熱くなって、なんだか幸せすぎて泣けてきた。化粧が取れるのも構わず、私が本格的に涙を流しはじめると、それに気づいた留三郎が慌て出した。
「お、おい!嬉し泣きかよ…」
「うれしいぃ…!!!」
留三郎は私の頭をがしがしと撫でると、少し困ったような顔をして笑う。なぜか左手は後ろに隠されている。まだ何か私を喜ばせるような事をやってのけるつもりなのだろうか。
私の期待を裏切らず、留三郎はその手を私の目の前に持ってきた。
「誕生日おめでとう、七詩」
手に握られていたのは、ピンクのカーネーションの花束だった。
「外で渡すのは、ちょっと恥ずかしくてな」
「…ありがとう留三郎うぅう…」
「泣くなって」
だって、留三郎、わかってる?
あなたのくれたカーネーションの花束の花言葉。添えられたメッセージカードに書かれているのは<熱愛の告白>なんだからね。
花束を抱きしめたまま、額に落とされた唇の感触に、私は幸せで溶けてしまいそうだ。
<熱愛の告白>
2011
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