最近、ハチがお団子くれるじゃない。私さあ、それがすっごく嬉しかったの。お団子くれることに対して喜んでたのに、その買った理由についてとやかく言うのって良くないことだよね。でもさあ、私はハチから物をもらえることが嬉しかったのに、そのお団子、ハチは御茶屋の女の子に会いたいがために買ってたって言うのよ。そしてめでたく今日、お付き合いになったんですって。


 そこまで一気に言い切って、七詩は俺の目の前でぼろぼろと涙を零した。唇を噛み締めて俯くから、畳の上に涙が何滴か落ちて小さな水溜りが出来た。

 ああ、可哀想な七詩。俺は彼女の手を引いて座らせて、優しく優しく頭を撫でた。ハチは悪い奴だよね、自分のことを好いてくれてる女の子に、自分の恋の相談をするなんて。でもそれを笑って聞いて、その上助言を与えて手助けしちゃうところが、七詩だよなぁ。

「勘ちゃん…わたし、もうお団子食べないから」
「えぇ。それじゃあ俺が甘味食べたい時は誰と一緒に行けば良いのさ。一人で行けって言うのか」
「……勘ちゃんが甘味食べに行くときは、付き合うよ」

 馬鹿だなあ、七詩は。行かないって言えば良いのに。俺はそんあ七詩が可愛くて仕方が無くて、本当に彼女のためなら何だってできるのになあ、って思う。そして恐ろしい事に、俺は思うだけにしとけばいいのに、それを口に出してしまうのだ。
「ねえ七詩、ハチの彼女には会ったことある?」
 七詩は赤くした目を見開いて、「あるよ、すっごい可愛い」と悲しそうに呟いた。
「ハチはその顔が好きなの?」
「顔も、好きなんじゃないかな」
「じゃあ、その顔に傷でも作ってこよう。そのままでも負けてるとは思わないけど、顔に大きな切り傷こさえたら、七詩とは比べ物にならなくなるよ」
 突然の言葉に、大人しく頭を撫でられていた七詩は座ったまま後ずさって、少し俺と距離を置いた。
 俺は腰の苦無を目の前に持ってきてにこりと笑ってみせる。七詩は泣いて真っ赤だった顔を今度は青白くして、俺の手元から目を離せないみたいだった。
「それだけじゃあ七詩が不服だって言うなら、消してしまったらいい。心配しなくても、俺が一人で全部やってあげるから。裏々山にでも埋めれば絶対わからないよ。あぁ、ハチの狼が掘り出しちゃうかな。それならもっと遠くの山に埋めたって良いんだから。そうしたらきっとハチは七詩のところに来るよ。慰めて、そこに付け入って付き合っちゃえ」

 ふふふ、と笑ったら、七詩は顔をくしゃくしゃにして今度は声を上げて泣き出した。我侭を言う幼子みたいに首をぶんぶん振って、「やめて」と声をあげた。
 俺の予想。七詩はきっと、俺がなんでこんな事を言うのか考えている。そして、ハチの友人としての俺が、あいつの幸せを願ってこんなことを言っているんだって考えると思う。
 でもそれって大外れだ。俺は二藍七詩が好きなのだ。ハチのことが好きで、どうしたら良いかって俺に助言を求めに来る、俺のことなんて優しい友達としか思っていない七詩が好きなんだ。
 俺はハチのことも大事な大事な友達だと思ってる。でも、七詩に抱いてるような独占欲とは違う。七詩が、ハチのことで相談しに来るのは悔しい反面、嬉しくて。嘘でもなんでもつけば良いのに、馬鹿正直に応援なんかしちゃって後悔して、でも七詩が幸せならそれでもいいかなあって、思う。それは、そうわかってる。七詩がハチにしてることと全く同じで、俺はその話を聞くたびに似たもの同士だとむず痒い気持ちになる。

「泣くなよー。七詩が幸せになるんだったら、俺はなんだってしてあげるからね」

 わんわんと泣いていた七詩は俺の裾を掴んで、「それじゃあ、隣町のお汁粉を食べに連れて行って」と笑った。俺はそこで、彼女が『じゃあ私を勘ちゃんが幸せにして』だなんて言ってくれることを期待してたのに。でも、自分からハチの代わりになりたいだなんて言いだせるわけでもなくて。七詩の恋敵を殺すくらいなら簡単にやってのけてやる、って思うのに、七詩を幸せにする恋人になるのは酷く酷く難しい。


 七詩はきっと、これは俺の考えすぎだったら良いなって思うんだけど、俺が七詩に好意を抱いている事、わかってるんじゃないかな。それで、七詩が自分に好意を抱いている事をハチが知ってたりなんかしたら、傑作だ。俺も含めて、どいつもこいつも狡くて、どいつもこいつも可哀想だ。

 相手のためなら何だってできるはずなのに、ただ一つだけ、自分が相手を幸せにすることだけが出来ない俺たちは、どこまでも平行線上で生きている気がしてならない。


<殉愛綺譚>
2011
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