「ツキヨタケの城から、蔵書を一冊褒美として手に入れて来てほしい」
 学園長先生に呼び出されて、直々に頼まれたのは、個人的なお使いであった。
 なんでも良いのですか、と問えば、学園長先生は笑って「褒美としてもらえる蔵書ならばなんでも良いのじゃ」と言った。
 それならその辺の本で良くないですか、と喉の奥まで出かけたけれど、わたしは立場の弱いくのたま、喉元で不満を飲み込んで、学園町先生の庵を後にした。
 おつかいには二人一組で行って来いとのことで、相手は五年ろ組の生徒に声をかけなさい、と言われていた。
 芸を見せるのであれば、五年ろ組の生徒は誰でも最適の相方になるだろう。三郎は器用でなんでもこなすし、八左ヱ門の虫獣遁は唯一無二の彼だけの特技だ。けれど、褒美の蔵書というのが厄介であった。学園長先生が望むものが蔵書の形をした別の何かであることも考えられる。そうとなれば、とわたしは不破雷蔵に声をかけた。
 雷蔵は図書委員会に所属する五年生で、悩み癖が忍びに向かないと言われてはいるが、実際彼は非常に優秀な生徒であった。
 あの”天才”鉢屋三郎に五年間顔を貸し続ける精神だ。雷蔵が不出来であれば、三郎と雷蔵は”双忍”と呼ばれる名コンビには成り得なかっただろう。面倒見の良さと温和な性格に隠れて彼の実力は秘められがちである。それに加えて悪戯好きの三郎の印象が強すぎるのだが、それこそも彼の姿を借りている三郎が雷蔵への返礼として学園中に雷蔵の実力を知らせないための細工であるともいえる。
 とにかく、雷蔵は優秀である。というか、わたしが親しくしている六人は総じて学年でも名の知らぬ者のいない程の優秀揃いなのだ。
 わたし? わたしは、ふつう……。誰を比較対象にするかでこの評価は変わってくるのだけれど、まあ、任務もそれなりにこなせているだろうし。委員会では時折怒鳴られるけど、それはわたしだけじゃないし。落ちこぼれだなんてそんなことないもの。お荷物だなんて陰口叩かれてたことは聞かなかったことにしてるいし。
 ちょっと気持ちが暗くなってしまったけれど、任務のことを話せば雷蔵は快く承諾してくれた。渋られたらどうしようかと思ったけれど、雷蔵が優しくてよかった。

 わたしたちは放下師に化けることにした。雷蔵は腰に色とりどりの小毬を幾つもつけて、それをお手玉のように自在に操る。毬だけでは面白くない、と途中で投げ上げるものを手当たり次第に変えていくものだから、隣のわたしも彼の芸には笑ってしまう。
 わたしは腰に大きな鼓を下げて、調子を取りながら物語を歌う。雷蔵が芸を見せている間は毬の歌を歌うし、物語になれば時折台詞に合わせて軽業を披露したりもする。ツキヨタケに向かう前に道中の村で芸を披露していれば、自然と人が集まり、それに伴い情報が耳に入ってきた。
 どうやら、ツキヨタケは城主の子の誕生を祝う宴を行っているらしい。現城主が芸の類を好む人物で、芸人たちを歓迎しているのだそうだ。わたしたちを見に来た観客のひとりが城の下働きであったらしく、その少年は喜んで手を引いて城まで案内してくれた。
 ぞろぞろと門の前に列をなす派手な集団は、褒美目当てに集まった芸人たちだろう。
 話を聞けば、参加するだけでも殿様の自伝が配付されるらしく、わたしと雷蔵は顔を見合わせた。
 学園長先生ったら、自分の伝記の参考にしたいだけじゃないの。
 なんだよ、とやる気を削がれたわたしたちであったが、なんと一等優秀だった芸人には、金一封と高級菓子の詰め合わせが与えられるらしく、わたしは途端にやる気を出した。
「雷蔵さん、甘味がもらえるんですって。金平糖に笹餅、羊羹にびすこいと……。瑠璃、俄然やる気出ちゃった」
「ほんと現金だよね」
「学園長先生には自伝渡して、わたしたちは甘味もらおー!」
 えいえいおー! と腕を高く上げれば、雷蔵は仕方ないなあ、という顔で一緒に手を掲げてくれた。いい人だ……。甘えてしまう三郎の気持ちも分かる。三郎と雷蔵って、わたしと牡丹みたいな関係なのかな? それはまた違うか。

***

 わたしはご機嫌であった。
 なんとわたしたちは見事城主の心を射止め、優勝に輝いたのであった。
 その上菓子と金一封を受け取ったあげく、参加賞の自叙伝も頂ければ、と控えめに提案したところ、顕示欲の強い城主はわたしたちを偉く気に入り、まさかの御前まで呼び出されてお話をする機会までいただいてしまった。

「もうすべて雷蔵のおかげだよ!」
「そんなことないよ。あと、金一封は山分けでまとまったけど、お菓子こんなに貰っていいの?」
「いいのいいの。図書委員会とろ組と、みんなで食べてよお。わたしのお使いに手伝ってもらったんだしさ。楽しかったしお土産までもらえちゃっていいお使いだったねえ」

 大事に自叙伝と褒美を背負って、わたしたちは帰路につく。ツキヨタケの城は学園から意外と距離がある。到着するころにはとっぷり夜が更けているだろう。幸い学園長は期限を設けてこなかったから、のんびり帰るつもりでいた。
 他愛もない話をしながら雷蔵と歩いていれば、次の実習の話になった。
「瑠璃は次の実習は誰と組むの? また忍たまと組になるんだろ」
「あー、そうだよねえ。実習、早い者勝ちだからなあ。ハチにお願いしようかな」
「珍しいね、正直になるの」
「え?」
「瑠璃、ペアを組むときはいつも八左ヱ門を避けるじゃないか」
 お見通しだよ、と雷蔵は微笑んだ。わたしは驚いて一瞬固まってしまう。
 わたしが八左ヱ門を好いているのはくのたま内では有名な話(有名にしてどうする)であったけれど、忍たまにまでばれているとは恥ずかしい。
「ふ、深い意味はないよ。次の実習、裏裏山でしょ。だから生物委員会で野山を駆けまわってるハチと一緒なら心強いなあと思いまして……。そ、そうだよ。わたしがペア頼むときってちゃんと考えてお願いしてるんだよ、雷蔵」
「知ってるよ。きみは意外に慎重だから、きちんと任務の成功率が高い相手に頼みに来るもんね」
「そうそう!」
 いつもありがとね、と感謝を伝えれば、今度は雷蔵が目を丸くした。それから目を細めて、「どういたしまして」と彼は言う。
「一年生の時から好きだろ、八左ヱ門のこと。上手くいくといいね」
「……それ、有名な話?」
「そこまでみんなが興味ない話題だと思うよ」
「それはそれで悲しいとこあるなあ」
 あはは、と二人して呑気に笑う。
 一年生の頃。ふと思い返せばもう入学して四年が経ってしまったのだ。
 今思い返せば成長してないなあと思うけれども、一年生の頃のわたしは同室の牡丹が大好きで仕方が無くて、これが金魚の糞よろしくくっついて歩いていたものだった。
 わたしたちの学年でくのいちを目指したのは牡丹とわたし二人しかおらず、実技の授業はそれぞれ牡丹がい組、わたしがろ組に混ぜてもらっていた。
 初めてにんたまの子たちに会うとのことで、わたしはガチガチに緊張していて、そんな中で自己紹介が始まっていく。わたしが困ったのは、生徒たちが皆自分の出身を告げていくことであった。自分の出自は必要以上に言わないほうが良い、と両親から言われたものの、嘘を付くにも忍術学園の周りの村には詳しくない。近隣の村の名前を挙げて、その村の出身がいても困る。
 事前に考えておきなさいよ、と今なら思うけれど、当時のわたしはまだ忍者の心構えさえも見についていない十歳の子どもであったのだ。
 自分の番になって名前を言った後に、わたしは黙りこくってしまう。するとわたしの横にいて先に自己紹介を終えていた八左ヱ門が「こいつ、俺と同じ村!」と声をあげたのだ。
 そんなわけは無くて、当然初めましてだったのだけれど、彼は機転を利かせてそう言ってくれた。そのあと何事もなく授業が終わり、八左ヱ門に礼を言えば彼は何でもないことのように「さっきごめんな。勝手に俺の村の奴にしちまった」と笑った。わたしはそれがとてもうれしかった。
 あの時からずっと、八左ヱ門のことが好きなのだ。わたしは意外と一途な女である。もう五年生になるのだから、さっさと告白するなりなんなりしてしまえばいいのだけれど、どうにも嫌われたくないという気持ちが先行しすぎて動けない。
「頑張ってみなよ。断られたら、また僕が組んであげるからさ」
「ら、雷蔵……!」
 自伝を入れた背中を、雷蔵がぽんと叩いてきた。
 頑張るね、と言えば彼はまた目を細めて笑った。
 もう少し歩けば学園だ。空には月が浮かんでいる。




<ああ、恋なんてやめちまえ>





(気付かない振り、じゃなくて。本当に気付いて無けりゃいいのに)
(でもそんなの、僕の空想でしかない。気付かないわけ無いよなあ)
(愚かで臆病だから。断られたら、なんて言い方しかできない)
(断わるなんて勿体無い。僕ならーー。ああ、やめよう、馬鹿らしい)



prev next
back