五年ろ組と合同で任務に行ってくれとシナ先生から告げられた。相手は好きに選んでいいと続けられた後、私は純粋に珍しい、と思った。
 二人きりのくのたま五年生は、専ら私がい組、瑠璃ちゃんがろ組と共に行動することが多かったから、私にとっては忍たまと言えばい組のイメージが色濃く根付いていた。
 任務の内容は聞く限りでは単純で、麓の市で学園長先生の望む菓子を手に入れてこい、というものだった。気楽な気持ちで行っていらっしゃい、とシナ先生が笑う。
 さて、誰と組むべきか。学園長先生直々の依頼となれば、難易度を簡単に測るのは軽率だ。シナ先生の言葉もまた、任務の難易度を勘違いさせるための甘言かもしれない。
 折り畳まれた文に書かれた菓子の名は、この辺りでは聞いたことのないものだった。
 山を降りるのならば変装をしていった方がいいだろう。兵助くんと組むならば姉弟で通すのが楽であったし、勘右衛門くんと組んだときは色々やった。旅の放下師、一国の姫と下人、夫婦役も試してみた。(兵助くんには当然嫌な顔をされた)
 ろ組と組むならば、と考えてみる。順当に考えて、幼馴染の三郎くんと組むのが一番楽だろう。しかし、彼は勘右衛門くんと別の任務に出ると言っていたような気もする。
 ……まあ、誰だっていいか。
 考えることが終いには面倒になって、私は忍たまの長屋まで歩いてきてしまった。
 壁にかかる表札を眺めていると、部屋の扉が勢いよく開いた。灰色の、荒れた髪が視界に入る。
「あ! 牡丹!」
「八左ヱ門くん、どうかしましたか」
 八左ヱ門くんが私の顔を見て大きな声を出した。彼は声が大きく、感情を大っぴらに露わにするので、私は今だに彼のことを掴みかねていた。
「学園長先生の任務さ、良かったらおれと組まないか」
「え?」
 意表を突かれた私は思わず素っ頓狂な声を上げていた。八左ヱ門くんは、わたしの友人が想いを寄せている相手である。二人きりでの任務など、彼女が喜んで声をかけそうなものなのに。
「構いませんけど、先に瑠璃ちゃんに声を掛けましたか?」
 余計なお世話かと思いながらも声をかければ、八左ヱ門くんは目を丸くして、それから当然のことのように言い放った。
「外での任務がある時、瑠璃はいつも雷蔵に声を掛けるんだ。あいつらはもう出発したよ」
「そうなんですか?」
 初耳だった。
「そうなんだよ、三年くらいのときからずっと。あ、部屋入ってくか? そこ暑いだろ」
 確かに、蝉の声が響き渡る軒下は蒸し暑い。
 お言葉に甘えて、八左ヱ門くんの部屋に入る。部屋の隅に作りかけの虫籠が積まれていることを除けば、無駄なものの少ない部屋であった。
 すぐに茶が出てきて、それから彼がごそごそと行李を漁り、「兵助に押し付けられた高野豆腐しかねえや」と諦めたように私の正面に座った。
「もう相方決めたなら無理強いはしないんだけどさ」
「いいえ、丁度探しに来ていたところだったんです」
「わざわざ忍たま長屋にまで来させちまって悪いなあ。よろしく頼む」
 胡座をかいたまま、八左ヱ門くんが頭を下げた。彼の所作は鷹揚な性格にそぐわず美しかった。


***


 任務は拍子抜けするほど簡単に終わった。
 学園長御所望の菓子は市場では取り扱っておらず、少し離れた村の小さな店で扱っている希少なものではあったが、聞き込みを続けている中で自然に行き着いた。
 八左ヱ門くんの持ち前の感じの良さで、中年のおばさまから子どもたちまで手広く情報を手に入れてくれたものだから、私は随分楽をさせてもらった。
 因みに簡単に変装した私たちの設定は、良家の娘と護衛の馬借だ。身体を壊した父にどうしても食べさせてやりたいのだ、と言えば違和感を与えることなく話は進んだ。

「いやぁ、俺たちはハズレだったみたいだな。えらく簡単に終わっちまった」
「ハズレ、とは?」
 加藤村から貸し出されている馬に乗り、手綱を握る。裾が広がらないように、足場の代わりに手を差し出す動作を目敏く見てしまう。馬借は、きっと彼の変装の十八番なのだろう。編笠を差し出しながら八左ヱ門くんが言った。
「学園長が二組に任務を与える時は、大体どちらかが一年でもできる「お使い」で、もう片方が面倒な内容らしい。まあ、あいつらなら大丈夫だろうけどさ」
三郎から聞いた話だけどなあ、と呑気に懐から饅頭を取り出した八左ヱ門くんは笑ってみせた。
「牡丹も食う?」
「いえ、私は遠慮しておきます」
「あいつらの分も買ったし、勘右衛門が任務から戻ってきたら酒盛りができるなあ」
 豪快に笑う八左ヱ門くんに、私は呆気にとられてしまう。信頼しているからこその態度なのかもしれないが、友人と恋人(まだ付き合ってはいないのだったか)が危険な任務に出ている最中、酒盛りの話をするだろうか。
 ーーするのかもしれない。と生真面目ない組らしい性格の兵助くんを思い出して、息を吐いた。
 どうしても彼と比べてしまう。優劣をつけているわけではないが、あまりに大らかで楽観的な八左ヱ門くんは「ろ組」らしく、几帳面で神経質な兵助くんは典型的な「い組」だった。
「……瑠璃が心配?」
「いえ、そういうわけではありません。瑠璃ちゃんも、くのたま五年生ですから」
「雷蔵と瑠璃が組む印象が薄いなら、まあ不安になるかもなあ。優柔不断と泣き虫だもん」
 ぎょ、と思わず目を剥いた。
 八左ヱ門くんはわたしを気にもせず、馬の横頬を撫でながら昔話をし始めた。
「三年の頃、今日みたいな男女組でお使いに行かされたことがあった。瑠璃は困った顔して ろ組のところに来たんだ。三年ってどうも中途半端な時期で、一年二年みたいに男女気にせず話せた頃とも違うし、五、六年みたいに性差を理解して付き合うとも違う、そんな時期だっただろ」
 そう言った後、八左ヱ門くんはこちらを見上げて「……おれはね」と付け足した。申し訳ないがそのころ、私と兵助くん、勘右衛門くんは男女の性差を理由に気まずい思いをするような感性を持ち合わせてはいなかった。
「瑠璃はおれに話をしに来たんだけど、なんだか周りに冷やかされるのが恥ずかしくて、理由をつけて断っちまった。今思えば勿体ねえよなあ。 それを聞いてた雷蔵がさあ、「じゃあ僕と組もう」って意気揚々と支度し始めたんだ」
「珍しいですね、雷蔵くんは悩むものだと思ってました」
「あいつの悩み癖、そういう時には出ないんだ」
 友人のことをよく見ている、と思った。八左ヱ門くんは話す時に律儀なほどにこちらを見つめる。凛々しい眉の下の色素の薄い瞳は澄んでいて、人間よりもむしろ、彼の使役する動物たちの瞳に近いような気がした。
 忍術学園まではあと一刻程歩けば着くだろう。
「実際、瑠璃と雷蔵は良いコンビだった。外に出る任務の時はさ、どうしても人と関わるだろ。雷蔵も瑠璃も順忍としての素質は申し分ない。黙ってにこにこしてるだけで人に話しかけられるんだから、情報集めが不得意なわけがない」
「まあ、そうですね。私と兵助くんとその二人なら、誰しも二人に話しかけるでしょうから」
 そう言えば八左ヱ門くんは噴き出して、「牡丹でも冗談を言うんだな」と笑った。
 素のまま任務に行くことは無いから、実際はそうはならないのだけれど。物乞いの役を与えられれば兵助くんは美しい髪を汚して人の足元に跪くくらい躊躇いもせずにやるだろうし、私だって夜鷹を演じるのならどこまでだって人の好い笑みを浮かべられる。
 あの二人は、素でお人よしだ。それが強みなのだろう。
 八左ヱ門くんの身の振り方を思い返して、きっと彼も苦労したのだろう、と話しぶりから推測する。体格が良く、彫の深い顔をした彼は人の好い笑みを浮かべてはいるが、彼を見て驚く人もいるかもしれない。そう取られないように、訓練をしているのだろう。
「それに、瑠璃は芸能が好きだろ。能とか、筝の演奏とか」
「ああ、だから雷蔵くんと話が合うと。瑠璃ちゃん、いつの間にか暗号の解読がとても速くなっていて驚いたのですが、雷蔵くんから教わったんですね」
 図書委員は博識で無ければ務まらない。委員長の中在家長次先輩には劣るだろうけれど、雷蔵くんは暗号の解読がとても得意だと聞いたことがある。
 普段の任務で瑠璃ちゃんと一緒になった時、私は特別危険が無い限りはできるだけ彼女の思考を待つようにしている。私にとっての実習は、一度習ったことの復習のような物だ。出来て当たり前なのだから、彼女の学びの場を奪うようなことをするつもりは無かった。烏滸がましい思考ではあるけれど、実際のところその通りなのだ。
 学年が上がり別々の任務が増えて、瑠璃ちゃんの成長を見ると自分の知らないところで彼女もまた、忍びに近づいているのだと実感する。瑠璃ちゃんは暗号解読が得意だ。諜報も上手い。変装の技術はまだ未熟だけれど、演技力は目を見張るものがある。きっと良い、忍びになれるだろう。――なって欲しい、と思う。
「恥ずかしい話、おれは暗号苦手でさあ、詩歌と絡めた奴なんか出てくるともう、頭抱えちまう」
「……だから最近図書室でよく会うんですね」
「あ、気づいてた!?」
 難しい顔をして漢詩を読んでいる八左ヱ門くんは目に付いた。
「それこそ瑠璃ちゃんに教われば良いでしょうに。あの子、詩歌とか大好きじゃないですか」
 そう私が言えば、八左ヱ門くんは照れたように頬を掻いた。なんて世話の焼ける二人だろう。
 瑠璃ちゃんは部屋の重箱に八左ヱ門くんへの恋文を沢山したためている。渡さないのかと言えば、彼女は顔を赤くして重箱を押入れの底に仕舞い込んでしまった。見えるところで書くものだから中身を見てしまったが、中々難解な内容で、八左ヱ門くんはきっと彼女の秀作を理解できなさそうだ。
「八左ヱ門くんは、頑固だと言われるでしょう」
「兵助ほどじゃねえさ」
「いいえ、同じくらい頑固です。自分が苦手を克服するまで、瑠璃ちゃんとは組まないって決めてたりするでしょう」
「う」
「良いところを見せたいんでしょう」
「ぐ」
「男の人って格好つけたがりですよね。そういうの、女の子は理解できませんよ」
 八左ヱ門くんは黙ってしまった。
 時間は有限だ。愛だの恋だの、夢物語のような感情に迷って居られる時間はもうすぐ終わってしまう。学園から出ていけば、もう二度と会えないかもしれないのだから、想いを温めておく方が勿体ない。
 それに、二人は誰がどう見ても互いに想いあっているのだ。私が偉そうなことを言えた立場ではないが、じれったくて仕方が無い。手の届くところに幸せがあるのだから、何を臆病になっているの、と言ってしまえたらいいのに。自分と兵助くんを見ていた周りの人たちも思っていたのだろうか。
「八左ヱ門くん、先程の市で、来週古書展が開かれるそうですよ」
「へ、へぇ〜」
「女性の好きそうな装飾品も売ってましたね」
「……牡丹、面倒見良いって言われない?」
「お節介ということはわかっています。戻ったら瑠璃ちゃんには伝えておきますから」
「……いや、自分で誘うよ。あいつらも夜には戻ってくるだろ」
 はあ、と八左ヱ門くんは深く溜息を付いた。ひょっとしたら、初めからそのつもりだったのかもしれない。私は彼の買った饅頭の数を思い返す。学園長先生の分とは別に和紙に包まれた饅頭はきっちり、私と瑠璃ちゃんの分も入っている。
 学園の屋根が見えてくる。小松田さんがこちらに気づいて手を振った。
「ありがとな、牡丹」
「いえいえ、こちらこそ。また機会があれば組んでも良いですね」
「ははは、そう何度も組んでたら、兵助に怒られちまうなあ」
 からりと笑う彼は日差しを受けて眩しく見えた。瑠璃ちゃんは彼の笑顔が好きなのだと言っていた。一端の詩人である彼女に八左ヱ門くんの魅力を語らせると長くなるが、彼の魅力が少しだけ理解できたような気がする。
 今日くらいは、草臥れて戻ってきた瑠璃ちゃんの惚気を聞いてあげてもいい。




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