「すくいちゃん、コロッケ食ってきな! 好きな味いいよ!」
「わあ嬉しい! わたしエビが好きです!」
商店街のパトロール中に、精肉店のおじさんから名前を呼ばれる。見習いヒーローのすくいちゃんもすっかり定着してしまった。
声をかけられるまま、店頭に吸い寄せられていけば「サンイーターにもあげてな」とおじさんが笑う。手に乗せられた紙袋に入れられたコロッケは揚げたてであたたかい。
お礼を言ってパトロールに戻れば、突然走り出したわたしを待っていてくれた環くんが睨んでいる。むむ、これは「パトロール中にコロッケ食ってんじゃないよ」って思っている顔かもしれない。
「……待たせてごめん! ほら、カニクリームコロッケだよ、サンイーター。カニク……」
「きみ、商店街に馴染みすぎだ」
カニクリームコロッケは環くんに挨拶をしそびれたまま彼の口元に運ばれていった。危なかった。これが普通のコロッケだったら関係に亀裂が入っていたかもしれない。流石にジャガイモでは戦えまい。
「おいし〜! わたしは食べ収めかもしれないから、味わって食べないとね!」
「先日もそう言っておにぎり貰ってただろ」
「おにぎりにもコロッケにも罪はないのだ……。ねっコロッケ! 『ナイヨォ〜』 ほら……」
環くんはわたしの健気な腹話術を無視して、黙ってコロッケを頬張る。確かに、ヒーローの格好をした二人がコロッケを食べ歩いているのは少し行儀が悪いかしら、と辺りを見渡せば、商店街を歩く人たちも何かしらの食べ物を手に持っていたのでちょっと安心だ。
「今日は何事もなくて良かった」
「コロッケ食べて終わっちゃったね」
夕方の商店街に漂う、食べものの香りはやわらかくて懐かしい。わたしたちは空腹を感じながら帰路についた。
*
両親から日が落ちる前に帰って来いと言われていたから、今日はパトロールが終わったら失礼することになっていた。私服に着替えてファットさんに挨拶を済ませると、環くんに声をかけられた。
「あのさ、……すく、匙測さんは、どうしてヒーローになりたいんだ」
「すくいでいいよ。わたしも最近勝手に環くんって呼んでる」
ファットさんは環くんとわたしを名前で呼ぶから、周囲の人にも呼び方が伝染してしまった。
世間話にしてはやや重めの話題を選択してきた環くんは、口に出して後悔に襲われたのか、視線を泳がしたり壁を向いたりと忙しない。けれども前言を撤回しないことから、この話題自体は誤りではないようだった。わたしは少しだけ考えて口を開く。
「あれはわたしが中学生の頃……」
長くなることを予想した環くんがミーティングスペースの椅子を引いた。おしゃべりなのもすっかりバレているようだ。
「ありがと。全然大した話じゃないけどガッカリしないでね」
「俺が聞いたんだ。ガッカリなんてしないよ」
「……中学生の頃ね、駐輪場で自転車をドミノ倒しにしちゃった人がいて、何の気無しに手伝ったの。そしたら、その人がすごく感謝してくれたんだ。特別なことしたわけじゃないのに、そのとき「世界から見放されたかと思った!」て言われたの。なんか、すごく感動しちゃって……。嫌なことあった時とか、思い出すとにやついちゃうくらい、うれしかったんだ。だから、だよ」
一息で話し終えた後、向かいに座る環くんを見れば、彼の口元は歪んでいた。別に面白いこと言ってないのに。
「面接官は受験生の回答に笑っちゃダメなのに……。わたしの動機の浅さにウケてますか……?」
「違う! ……良い動機だなと思ったんだ。本当だよ」
目を見開いた環くんは驚いたのか椅子から立ち上がってしまった。真剣な顔でこちらを見てくるので、わたしのほうが気圧されてしまった。
「雄英入る時はもっとかっこいい感じで押し通したんだから、内緒だよ。でも……わたしのやりたいことって、ヒーローにならなくても、できるのかもしれないね」
自分で口にして、なんだか納得してしまった。わたし、わかりやすさに囚われていただけなのかも。人の役に立って、ありがとうって手を握ってもらえる仕事はたくさんある。ヒーローじゃなくても。
「きみは、まごうことなくヒーローだよ」
「ん?」
「…‥気を悪くしたらごめん。自転車を倒した人にとって、きみはヒーローだったと思う。だから、もし、個性が戻らなくとも……、だい、……いやこれはあまりに無責任な発言だな。忘れてくれ」
「へへ、環くんはやさしい人だね。よし! 個性が戻っても戻らなくても、あと1ヵ月お世話になります!」
環くんはわたしの言葉に何かを言おうと唇を動かした。けれどもそれが言葉になることは無く、唇は一文字に結ばれてしまう。
「環くんともすっかり仲良くなったし! 学校戻ったらみんなに自慢しちゃお〜かな〜!」
「やめて……」
復学できたら、新しい友達のことを大々的に自慢したい。今拒まれてるけど、できるかな。そんなことを頭の隅で考えながら、環くんに手を振った。
*
帰り道はケーキ屋さんに立ち寄った。今日は母の誕生日なので、母の仕事が終わる前に帰ってくるように、と父から言われている。最近苦労をかけっぱなしだったので、サプライズでおいしいケーキを用意するのだ。
店員さんが箱を開けて、注文していた品を見せてくれる。イチゴが沢山乗った生クリームのケーキは粉砂糖とアラザンがキラキラ光っておいしそう。プレートに名前まで書いてもらって、これなら母も喜ぶこと間違いなし。
美味しそうな食べ物って、見ているだけで幸せになっちゃう。バスの中で食べるための焼き菓子をちゃっかり2つ購入した。抱きしめるようにケーキの入った箱を抱えてバスに乗る。
普段は電車を使うのだけれど、たまにはバスも良い。高速バスならば3時間も揺られていれば家に着くだろう。
夕方のバスは適度に混みあっていた。運よく席に座ることができて、わたしは徐にスマホを触る。これから帰る、と父に連絡を入れて、ニュースを見たあとは本でも読んで時間を潰すつもりだ。――と、ひとつの記事が目についた。
『服役中のヴィランが逃走。関西地方に潜伏した模様』
そういえば今朝方、警察から事務所に連絡が入っていた。逃走した犯人たちは厄介な個性を持っているらしく、パトロール中も警察の車両が目に入った。
江州羽市の周辺には潜んでいないのだろうけれど、きっとこのあと、ファットさんと環くんは警察に協力して逃走犯探しに奔走することになるのだろう。
『――次、止まります。止まります』
アナウンスを聞きながら、わたしはふと異変に気づく。バスが減速しないのだ。
バス停で立ち止まる人々を気にも止めずに、そのままぐんぐんと加速していく。座席から首を伸ばす。窓から見える信号は、赤だ。
暴走するバスを見た歩行者が驚いた顔を浮かべる。けたたましい音を立てて、横断歩道を渡っていた数人が錐揉みのように吹っ飛ばされた。フロントガラスに血が張り付く。乗客の絶叫が狭い車内を埋める。喧騒を気にもせずに、バスは市街地を抜けていく。
車内を見回す。乗客はご老人や子連れのご婦人が多いようで、都合よくヒーローが同乗しているなんてことはなかった。早急に応援を呼ばなければ被害は広まる一方だろう。
助けを呼ぼうとスマホを見れば、いつの間にか電源が落ちていた。他の乗客の通信機器も電源が落ちているようだった。おそらく敵の個性だろう。
ともすれば助けを呼ぶのは二の次。運転手を止めるのが最優先だ。わたしは座席から飛び出して、通路を走る。
運転手はぐったりと首を傾けているが、ハンドルを握る手には力が込められているように見えた。
「運転手さん!! ブレーキ!!」
肩を掴む。また異変に気づく。バスの計器が狂っているのだ。行き先を標す電光掲示板には文字化けした言語が点滅し、時計もスピードメーターも針が狂ったように右往左往している。
(――精神干渉、電磁操作。こら厄介な奴等が逃げ出したなァ)
事務所でメールを読んでいたファットさんの言葉を思い出し、全身から汗が噴き出す。「精神干渉」の個性の持ち主の仕業だろう。運転手の意識を失わせて、バスを止めるしかない。少々乱暴な手段を取ろうとするわたしの前に、身体が割り込んだ。
「お姉さん、走行中は立ちあがっちゃいけないよ」
それは小柄な少年だった。目深にフードを被った少年は、白い歯を見せて笑う。わたしは警戒して一歩後ろに下がる。逃走した犯罪者は3名だった。精神干渉、電磁操作、それから最後の個性は、ーー「剛腕」だ。
その瞬間、巨大化した少年の腕が振るわれた。ぐわんと風を切る音が聴こえたと思った時には、わたしの身体は最後部の座席まで殴り飛ばされていた。背中が椅子に当たり、肺の中の空気が押し出される。空席でよかった。
悲鳴が鼓膜を揺らす。遅れて全身に痛み。身体を起こせばぼたぼたと顔から血が落ちた。隣の座に座っていた少女がガクガクと震えている。
ああ、怖い思いをさせて、ごめんね。大丈夫だから、大丈夫。わたしは全然なんともない。そう言いたいのに、呼吸ができない。
『あ、あー。皆さま本日は西共バスにご乗車いただき、誠にありがとうございます。さて、このバスは江州羽を出発いたしまして、2時間後にはサービスエリア……ではなく、地獄へと到着いたします。それまで、皆さまどうぞごゆるりとお過ごしください。当車には皆さまに満足していただけるように、操り人形から爆弾、銃器まで、揃っておりますので』
掠れた声のアナウンスが車内に響く。
わたしは鼻血を拭う。手の甲が真っ赤に染まって一旦躊躇してしまうが、後部座席で黙っている気はなかった。
小さい子供を連れたお母さん。お土産の紙袋を抱えたおばあちゃんに、家族に会いに行くお父さん、子どもだって、乗ってる。
ばかやろ、とわたしは鉄の味のする口の中で小さく呟いた。誰一人地獄になんて行かせるものか。足掻いてやる。ヒーローが来るまで、わたしが、この人たちを助けてみせる。
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